見出し画像

小説/ヨロズ承り社 その3

蟷螂(かまきり)

のどかな田舎町に、大農家の三男坊である須藤康平のご家族の好意で、60坪の土地を譲渡していただいた。何でもこの辺一帯は須藤家の土地であったが、新駅誘致の話が決まると、須藤の親戚が此処で不動産業を始めた。新駅が出来て、新しい街もそれなりに落ち着いた時、たまたま売れ残ってしまった中途半端な空き地、それを譲り受けたのだ。話し合って、土地名義は会社にした。有難いことに、街場であり、駅にも近いという好立地だ。そこに工事現場などで使う安いプレハブ小屋を建てた。一応広さだけは5部屋確保した。出来上がった俺達の社屋兼住宅は、広い敷地に、ほったて小屋と言う外観であったが、一部を社屋として、登記する事にした。

季節は春! 冷暖房無しでも、過ごしやすい季節、4月24日登記完了。

社屋の方は、俺達が建てたのだから、それなりでしかなかった。社屋建設に関しては、清が過去に長期間建設関係のアルバイトをしていて、その時お世話になった親方や建築事務所の社長さん達のアドバイスが凄かった。頑固さと人数と口出しが、凄すぎて、取り敢えずプレハブになってしまった。追々、木材・建材も手配して、カッチリ仕上げることにする。いつかね、必ず立派なやつを建てようと誓い合った。

肝心の仕事は、営業活動をするまでもなく、知り合い、親戚、新しいご近所等から、次々と舞い込んで来た。仕事は有るだけ有難い!の掛け声の元、俺達は何でもやって頑張っていた。夜討ち朝駆けで働き、腹一杯飯を食い、シャワーを浴びる体力以外は全く無くて、夜は泥のように眠っていた。やっと来た週末、土日は久しぶりの休みだ。皆がそれぞれの部屋に引き上げる頃、会計を任されている俺は、1人パソコンに向かい、1週間分の経理を片付ける。最後に郵便物のチェックをしていると、町会長からの封筒があった。中を見ると、(敷地内の雑草が伸びて。増えすぎています。お忙しい所すみませんが、ご近所が虫などの被害に遭わない為に、至急草刈り、手入れをお願いします。)と言う手紙が入っていた。そういえば敷地はかなり草茫々だった。ウッカリしていた。俺は手紙を手に隆一のドアをノックする。「あんちゃん!寝ちゃったかい?」「起きてるよ!なにが あんちゃんだ バカ」事務所で手紙を見せていると、康平が来て「あんちゃん 何騒いでいるの」って言う、隆一が「明日は、草刈りだ! 何があんちゃんだ バカ」、清も来て「あんちゃん 起きてんならビール飲もう」なんて言って、同様に、バカって言われる。結局ウインナー炒めてビールを飲みながら、土曜日の早朝からの草むしり手順と役割分担を決めて、俺達は早々に眠りについた。

土曜日早朝5時、山寺の修行(?)のお陰か、すっかり早起きになった俺達は、コンビニの握り飯とコーヒーで朝食を済ませ、其々の分担場所の雑草除去に取り掛かっていた。昼の12時半ぐらいに、康平から「おーい! カレー出来たよー」の声に、でかい事務机に集まり。カレーを貪る! 旨い! 美味いなあ! 康平の野菜ジャワカレー最高だよ!幸せの余韻でカレーハイになっていたら、おかわりを取りに行く清に現実に引き戻される。2人がそれに続いて、二杯目を取りに行っている。大変だ急がないと無くなる。飛んで行って二杯目をいただく、なんだ、後一杯分ぐらい余るじゃないか、さすが康平だ。感心していると、イキナリ事務所のドアが、バンッと音を立てて開いた。明るい外の四角形の中に浮かび上がる三頭身、ソイツが「カレー食べる!」と声を張り上げたのだ。清がびっくりして「エッ だれ?」と言うと 「ユカリちゃん!」と大きな声だ。エッ怒っていらっしゃる? 康平が冷蔵庫から牛乳を取り出して、残りのカレーを温めながら。「だって、このママじゃ辛いもん」なんて呟きながら準備する中、俺達は、ダンボールで小さな椅子とテーブルらしきものを、急いて作り、テーブルに新しいタオルを敷いてセッティングした。やがて、器用な手つきでスプーンを頬張る三頭身、いや!ユカリちゃん、いくら何でも多すぎるだろうと、隆一が「残しても良いからね」と声をかけると、「ニューニュー」とおっしゃる。俺がエッと戸惑っていると、康平がサッと、小さな牛乳入り紙コップを差し出した。それを両手で持つと、コクコクと一気飲みする、口の周りの白ワッカをグイと拭って、プハーって、 おっさんかよ! 半分でごちそうさまなのね!と思って、俺が皿を下げようとしたら、スプーンで刺されそうになったよ、ユカリちゃんは猛然と残り半分を平げ、尚且つニューニューもおかわりして完食、清でさえ、一体どこに入ったんだと感心している。「ハアー、旨かったあ」と言われて、康平は嬉しそうだ。ユカリちゃんは、手を合わせて「ごちそうさまー」と言って、お皿と紙コップを持って流しへ行き、康平に渡した、良い子だなあと思っていたら、クルッと振り向いて「うんこ」と言ったのだ。「うんこ!うんこするってこと?」清が変な質問をしてしまう、俺が、「トイレそこだけど、一緒に行こうか? ひとりで出来るかな?」と、これまた無理なことを言ってしまう、無理だろ、三頭身だぜ! するとユカリちゃんは、「出来るに決まってんじゃん、レディのトイレ中に、来ないでね、エッチ」と言うので、呆然である。さて午後の除草作業を続けるかと、気合いを入れ直す、除草作業は後もう少しだ。ユカリちゃんもトイレから出てきた。手もちゃんと洗ったらしくスカートで拭いちゃっている。タオル汚かったかな、ごめんね、「ユカリちゃんは、今何才?」「4歳」「そっかー、お兄ちゃん達、まだ外でお仕事だから、此処で遊んでいても良いからね」と話していると、清の所に行って、「缶、返してえ」と言うのだ。清は社屋の裏手一番鬱蒼とした所を担当していた。「ああ、これかな、ユカリちゃんのだったのか、捨てちゃうところだったよ、ごめんね」と言ってゴミ袋を開け、ちょっと汚れたクッキー缶を出してきた。「何が入っているのかな」と、ニコニコ顔の康平が聞くと、「見せてあげるー」と、ユカリちゃんは缶を抱えて、爪を立てるように蓋をパカッと開けた。ザッと床に落ちてきたのは、緑色と茶色の菱形の宝物の小山だ。ビーズかな? 色ガラスかな? かがみ込んだ俺達はそのまま固まった。俺は気がつくと、デカイ清に抱きついていた。3人に抱き付かれた清は、大汗をかきながら、ユカリちゃんに「これは、何かな?」と、小声で聞いた。「これね、可哀想な蟷螂の頭なの」隆一は「頭が取れちゃった、可哀想な蟷螂?と、言うことかな?」「ちがうよ!ばあか!」ユカリちゃんは、悲鳴に近い大きな声で言うと、ポロポロ大粒の涙を流し、大泣きするので、鼻を拭いてやると、「あの子達は、みんな、針金虫にやられちゃった子達なの、カマキリは針金虫に入られて、動けなくて、苦しそうに頭だけ動かすの、カマキリの卵を見つけて、毎日見ていたら、卵から赤ちゃんカマキリがいっぱい出てきて、可愛かったのに、(この辺から、大きな目がまた潤む)針金虫にやられちゃったの、取ってあげようとしたら、お腹が、お腹からもげてしまって、カマキリはとっても苦しみ出したの、でも、頭が取れたら、苦しくなくなって、動かなくなったの、だから針金虫にやられた蟷螂は、頭をもいてあげることにしたの、」泣きながら、しゃくり上げながら、長い時間をかけて、話してくれたのだ。たくさん泣いてしまったので、喉が渇いたのだろう、康平に「お水ちょうだい」と言う、お水を飲んでもヒックヒックがおさまらない。

静かだと思ったら、公平に寄りかかったまま寝ちゃいそうだ。そーっと抱えて椅子に座ると、寝ちゃった。針金虫と戦った戦士は寝ました。隆一が、スマホでパシャっと撮影すると、「向かいの家の人に、どこの子か聞いてくるから、それまで姫のお世話頼んだよ、セバスチアン」隆一が出てすぐ、「いやあ、だいぶ綺麗になりましたなあ、お疲れ様です」「アッ町会長さん、お世話になってます。すみませんでした。今日中には綺麗にいたしますね、今可愛いお客さんが来ていて、事務所で寝ちゃったものですから、どちらのお子様かお向かいに聞いてみようと思っていた所です。」「アハハ、どれどれ、やあ皆さんこんにちは」清は、既に外の作業をしているので、俺が町会長さんにお茶を入れるために炊事場へ向かった。町会長は三頭身を覗き込むと、「こりゃあ、孫のユカリです。どうもご迷惑をおかけしちゃって、すみません」康平が「ああ良かった、ではお返しいたしますね」と、起こさないように、そっと渡すと、ユカリちゃんは目を開けて、「アッ、ジージだあ、あのね、美味しいカレー食べたの、ニューニューも貰ったよ、お礼言ってね、カマキリ見せてお話ししたの」ジージは、「ご馳走になったようで、ありがとうございます、カマキリ?? 全く分からん」「あはは、俺が話しますよ」と隆一が言って、会長の相手してくれる様なので、俺と康平は庭の作業に戻った。

夕方4時を過ぎる頃、庭はすっかり綺麗になった。裏手の水溜りも乾いた土を盛って、すっかり綺麗になり、これで針金虫も1匹だって発生するまいと思った。事務所に戻ると、事務机一杯にデカイ寿司桶が鎮座していた。寿司だ!と言ったきり固まる3人に、隆一が笑って言う、「町会長からの差し入れだよ、お茶入っているし、食おう食おう、咀嚼音のみの30分、旨いものは人を黙らせるって、本当だった。「ごちそうさまでした」4人の声が揃った。いやー寿司ってこんなに旨かったっけ、満足して、落ち着いたところで、「ちょっと聞いてくれ」と言う、隆一の話に耳を傾ける。「ユカリちゃんはね、ママが今2人目妊娠中で、具合が良く無くて、もう4ヶ月も入院中なんだって、急な入院だったので、ユカリちゃんは、ママの入院初日から、町会長のところで預かったそうなんだ。会長の奥さんは農業をしていて、急には手が離せない、会長は忙しいし、仕方なく次男も共働きだが、幸いなことに、小学6年生の女の子がいる、その子にお小遣いを渡すから、アルバイトしてくれないかと頼んだら、大喜びで引き受けたんだって、それで安心していたら、ユカリちゃんが毎晩オネショをするようになってしまった。今までそんな事がなかったので、心配した会長ご夫妻は病院へ連れて行って、カウンセリングの先生に、ゆっくりユカリちゃんと話をしてもらった。そしたら、6年生のお姉ちゃんが、夕方になると「早く寝ちゃわないと、とっても怖いのが来るよ、それが来るとすごく痛いお仕置きをするんだよ」って毎日脅かしたらしいんだって、6年生の女の子は、一人っ子で、喜んで引き受けたものの、ユカリちゃんは活発で、こちらも一人っ子だし当然、言うことなんて聞かない、なんで?どうして?攻撃をされたらしい、宿題もゲームも出来なくなったお姉ちゃんは、(そうだ!寝かしちゃえ)と思ったって、脅かしてごめんなさいって、泣いていたってさ、結局ユカリちゃんはお嫁さんの親御さんのところへ行くことになって、あちらのご夫婦に「何で早く言わなかった」って町会長夫婦は大目玉食らったそうだよ。会長は、カマキリの話で、ユカリちゃんの傷が想像以上に深かったことに頭を抱えていた。

それで、俺が提案したんだが、明日あちらのご両親が迎えに来るそうなので、ジジババ2組とユカリちゃんと俺たち4人で、カマキリ達の葬式を此処で行うが、良いよな?当然裏に、カマキリの墓が立つけど良いよね? ユカリちゃんの心に、それで、ピリオドを打つんだ。

隆一の仕切る葬式は、本格的なものだった。いつも持っていた四角い葛籠には、これが入っていたんだ。(あんちゃんは、何時でも弟の援護射撃する覚悟があるんだ)そう思った。ジジババはその読経の素晴らしさに驚いていた。でも皆んなが、一番驚いたのは、ユカリちゃんが、小さな手を合わせて1時間もじっと座っていた事だった。まだ4歳だぜ!

次回へつづく

次回は、黒い郵便ポストのお話です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?