見出し画像

正月に何もしない幸せを享受できる幸せな私いま幸せ

正月に何もせずに過ごす。
コタツに入ってひたすらゲームをしてひたすら飯を喰らう。
たまにタバコを吸いに換気扇の下に行ってはこたつに戻る、その繰り返しで1日が終わる。
これが幸せでなくて何になるのか。
そう思えるのは私が中年になったからなのだと思う。

若い頃、何もしない暇な時間が苦痛で仕方なかった。
少しの暇さえあれば友達と遊び呆けていた。
遊び相手がいなければ暇から逃げるためにパチンコを打った。
これから遊んだら寝る時間がなくなるとわかっていても睡眠時間を犠牲にして遊んだ。
それがイベント事ならなおさらで、GW、盆、クリスマス、正月、この辺は寝たら負けだとさえ思って生きていた。

それがどうだ。
今はとにかく動かずに生きていたいと望み、それが叶った悦びに細胞が歓喜している。
好きなだけ眠り、好きな時に飯をつまみ、早い時間に風呂に入り、ひたすら時間を無駄にする。
たまらなく贅沢だ、と思う一方で、おじさんだなぁと痛感する。

思うに、時間を無駄にする悦びとはこの年齢だからこそ味わえるのだと思う。
若い頃には見えなかった寿命が年齢を増すごとにハッキリとした輪郭を帯びるからこそ、この無駄を贅沢に感じるんじゃないだろうか。
きっと後30年もすれば私は死ぬ。
もしかしたらもっと早いかもしれない。
あと何回、正月を迎えられるのかと考えたら
無駄にダラダラなんてしていられない。
だからこそ逆に無駄に過ごすこの時間に贅沢を感じるのだ。
正月の過ごし方で人生が変わる?
人が何もしていない時こそ差をつけろ?
うるせぇ。
餅食って寝て餅食って寝る。
最高だぜ。

新年あけましておめでとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!