![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/147197463/rectangle_large_type_2_c72492e00f7ad7f89484ce051855ec5b.png?width=1200)
自己認知に係る精神的負荷と合理的解決方法についての考察
まえがき
こんにちは、浪人生のぽんにゃです。
今回の記事は少々大衆性を逸脱する内容となることが予想されますので、
論文のようなタイトルをつけてみました。
ですが、内容は前回の自己認知の記事の二面性に言及したものですので、
あまりにも理解されがたい内容にはいたしません。
ですので、以前のように敬体のまま書いていこうと思います。
前回記事の要約
前回の記事、”自分を知って自己実現しよう”では、
自己実現に向けての自己認知の重要性を挙げました。
そして、その難しさについて、欲求不満と葛藤に対する無意識の反応である防衛機制による影響を指摘しました。
そこで、その解決策としてAIの活用を推奨し、実践例を紹介しました。
今回の記事の着眼点
前回の記事でも少しだけ触れましたが、
自己認知のために防衛機制の影響を考慮したアプローチをとる場合、
それはストレスから身を守る鎧を、自ら脱ぐような行為になります。
そのため、精神に大きな負荷をかける行為になる、といえます。
この記事では、その精神的負荷に対して、
合理的解決方法をとることの重要性と、その方法について考察します。
☆注意☆
この記事は筆者である私の経験をもとにして書かれたものです。
また、私は大学で心理学を履修したわけでもない、ただの浪人生です。
ですから、ここで紹介する内容が一般性を持つものであると断言することはできません。
筋は通った内容ですが、
あくまで私の場合はという前提条件付きのものです。
ゆえに、実践されるかは読者様の自己責任となります。
その点をご了承いただいたうえで、こんな考え方もあるんだなー。と、
物事の判断基準の一つ、視点の一つにしていただくといった受け取り方をしていただけると幸いです。
精神的負荷の原因について
無意識を認知するということ
防衛機制をさかのぼる自己認知の方法は、
インプットされた情報に対して無意識下で行われた処理結果に着目し、
逆算することで、防衛機制でどのような処理がなされたかを考察します。
そこで、防衛機制が自分の考え方に与える影響を読み解くことで自己認識につなげる。というものです。
この過程で、無意識で行われていた反応を認知することになります。
自分の目標や信条と、実際の行動との乖離。
この矛盾が、自己否定などネガティブな方向にとらえられてしまうことで
精神的負荷がかかるものであると推論します。
認知的不協和
上記のような、同時に抱く複数の矛盾する認知に対して感じる不快な心理的緊張状態のことを”認知的不協和”といいます。
例えば、
あまり頑張ってないのに、偶然よい結果を得られ、それを褒められたことに不快感を覚えた。という事例があったとします。
この時の不快感を認知的不協和を用いて説明することができます。
この場合、
努力によって得られた結果が称賛されるべきだ。という信条と、
不完全な努力によって得られた結果が称賛された。という事実が、
矛盾した認知となります。
合理的解消方法についての考察
認知的不協和の解消
自己認知の過程で起こる認知的不協和が精神的負荷につながっている、と考えると、その合理的解決には認知的不協和の解消が必要となりそうです。
認知的不協和の解消方法には、以下のような方法が挙げられます。
認知の追加・変更
行動の変更
回避行動
それぞれ、認知を追加、変更することで矛盾を解消する、
行動を変更することで矛盾を解消する、
矛盾する状況や情報を回避する。
と言い換えられます。
さて、自己実現に向けてとるべき方法は合理的解決です。
しかし、合理的解決方法は状況によって流動的に変化することが考えられます。
例えば、過去での後悔に対して、行動の変更や回避行動によって解決を図るのは合理的とは言えません。
では、どのようにしたら合理的解決をすることができるのでしょうか。
★合理的解決方法
ここでは私も使っている方法の紹介になります。
ズバリ、それは解決の先送りです。
おいおい解決していないじゃないか。
そう感じられた人は少なく無いはずです。
この考え方について、順を追って説明します。
これを、先に挙げた解決方法に照らし合わせると、
2,行動の変更と、3,回避行動の合わせ技になります。
しかし、これだけでは不十分です。
なぜなら、2と3のみによる解決は問題を先送りするだけで、根本となる原因と解決には至らないからです。
そこで、1つの認知を追加します。それは、
果てなき学習と、経験の蓄積によって認知的不協和が解消される。ということです。
ここで、この認知の真偽についてですが、多くの場合に真です。
これについては、私を信じてもらうしかありません。
…流石に暴論だと思ったので、抽象化してみましょう。
あなたは、私たちは、旅人です。
世界で起こっていることを何も知りません。
でも、旅をすることで世界を知り、
交流することで経験を積みます。
そうして少しずつ、世界を理解していくことができます。
こういうことなのではないでしょうか。
自分を知るということは。
最初は理解も、納得もできないことはいくらでもあります。
でも、いつかは理解し、受け入れられるようになる。
さて、この認知を追加することの最大のメリットは、
学習と経験を積もうとしないという行動をすることにより、認知的不協和が発生することにあります。
私にとっては、この解決法が最も合理的に感じられます。
結論
自己認知をするにあたって生じる精神的負荷は、無意識に作用していた防衛規制の鎧を外すことによって生まれる、認知的不協和によるものです。
また、これを解消するには、生じた認知的不協和を合理的に解決する必要があります。
そのためには、果てなき学習と、経験の蓄積によって認知的不協和が解消される。という認知を追加し、適切な範囲で問題を先送りにすることが必要である、と考察します。
あとがき
今回の内容は如何だったでしょうか。
この記事が、読者の方に新たな視点を提供し、成長につなげてもらえることを願っています。
前回の記事