芸備線が問う経済合理主義の限界

中国山地の山あいにある無人駅に、1両の赤字ローカル線が滑り込んできた。空き家だらけになった、かつての城下町を励ますかのように―。

【経済合理主義に疑問】
 無人駅とは、広島県庄原市にあるJR芸備線の東城駅。大雨による線路脇の斜面の崩落で、東城―備後落合間は9月6日から運行を見合わせていたが、9月23日に運行を再開した。1日わずか3往復で地域の営みを支える。西日本の某所に住む私は、かねてから乗ってみたくて、遠路はるばる車を飛ばしてこの地を訪ねた。小学生の頃までディーゼル機関車の写真を撮りまくった、あのころの童心がうずく。「にわか鉄っちゃん再来」である。

東城駅を含む備後落合―備中神代間は、今春からJR、自治体、国を交え存廃議論が本格化している。それにしても、経済合理主義の物差しだけに頼り、本当に廃止してしまっていいのだろうか。

【高速道路網が過疎を招いた】
高速道と幹線道を整備し、ひたすら移動のスピードと便利さを追い求めてきたニッポン。その陰で、若者が流出し、廃屋と荒れ果てた山林の間を、芸備線の1両編成キハ120形は、健気に走る。複数あった車両は1両編成に縮み、10往復ほどあった便数は早朝と午後、夕の3往復だけだ。過疎の鉄路を廃線寸前まで追い込んだ資本主義の罪深さを思わずにはいられない。

【ノスタルジーが放つ魅力】
私が東城の地にやってきたのは、鉄道ファンの憧れの存在「秘境駅」を訪れてみたかったからだ。同時に、存廃の岐路に立つ日本の地方のリアルな現実と将来への可能性を探りたい思いもあった。寂れたまちと無人駅を訪ね歩く。密林のような山道に延びる鉄路、そして、「千と千尋の神隠し」の世界へと吸い込まれそうな卵形の真っ暗なトンネルの入り口―。 山あいの城下町は、芸備線も含めて、まるごとテーマパークになり得るのではないか。わずか2時間の滞在ではあったが、そう直感し、確信した。

【コスパ最高の天然アトラクション】
すれすれに迫る断崖と密林を車窓から眺めながら、川沿いの崖っぷちの鉄路をゆっくりと揺られる。まさに天然のアトラクションだ。東京ディズニーランドのビッグサンダーマウンテンもいいが、風情が心に染みる。コスパもいい。東城―備後落合は片道510円だ。
城下町跡の街道を歩けば、酒のほのかな風味がふくよかな甘みをもたらす1861年創業の竹屋饅頭もある。ミシン修理の店、古いれんが造りの写真館…。どれも昭和の往時の名残をとどめ、郷愁を誘う。木造のまち並みには香ばしい香りが漂う。

【地方再興のヒント】
鉄道を残すか、バスに転換するか。そういう議論ばかりでいいのだろうか。腐っても、かつての城下町ではある。同じように、埋もれた歴史と伝統を抱え、磨けば光る沿線のまちは他にもあろう。まちの魅力を徹底的に磨いて取り戻し、芸備線の本数を増やして客を呼び込む。そんな、まちと芸備線の両方を復活させるビジョンを描けないだろうか。赤字ローカル線が観光と地域振興の起爆剤に化ける可能性は十分あると感じる。日本再生のヒントは芸備線の沿線に転がっている。

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