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「友だち」

友だちについての記事をいくつか読んだので、今日はこの話題で。

「友だち」を辞書で調べると、以下のようなかんじ。

友だちとはー
互いに心を許し合って、対等に付き合える人。
一緒に遊んだりしゃべったりする親しいひと。友人。

Weblio辞書

どのくらい気を許しているか、どのくらい対等か、どのくらい親しいか。
これらの加減は人によって違いはあると思う。
学生なら、クラスメイトとか部活のメンバーとか、
社会人なら、同僚とか、近所の人とか、子どもの友だちの親たちとか。
「知人」「知り合い」と呼べる範疇の人はたくさんいるはず。
果たしてどのあたりから「知り合い」から「友だち」になるのか?

学生なら、学校や部活以外でも一緒に遊ぶ、とか
社会人なら、休みの日に会ったり家族ぐるみで交流する、とか
そういった付き合いができる相手は「友だち」と言えると思う。

さらに、遊ぶだけじゃなく、悩みを相談できたり、
弱音を吐けたり、カッコつけずにいられたり、
立場や境遇が違ってもお互いを尊重できたり、
ずっと会っていなくても、距離感が変わらなかったり。

そして、ここがかなり重要だと思っているんだけど、
相手もわたしを「友だち」と思ってくれていると確信が持てる人
これこそ「友だち」だと思う。
”片思いじゃない”の、”両思い”なの。

書きながら、わたしの頭には何人かの「友だち」の顔が浮かんだ。
彼らも間違いなくわたしのことを「友だち」と思ってくれているはず!
(じゃなかったら悲しいぞ!)

ちょっと脱線するけど、昔の友だちにこんな人がいた。
彼女はTちゃんという。
Tちゃんはとても面白い人で、単独行動が平気なタイプで、大学の講義も一人で全然平気な人だった。
ある日、Tちゃんがみんなのために席を取っていてくれたことがあった。
Tちゃんが!?ってすごく嬉しかったのを覚えている。
わたしたちは彼女に聞いた。
「なんで席を取っててくれたの?」
T「いつも取ってもらってるし」
「でもTちゃん、Sちゃんと一緒に座るのかと思ってたよ」
「Sちゃんと友だちでしょ?いいの?」
T「Sちゃん?ああ、あの人は友だちじゃないよ」
「え?だって…一緒に講義…」
T「あの人は知り合い」
「…知り合い。…友だちではない?」
T「知り合いと友だちはぜんぜん違うでしょ」
「あ、あの、わ、わたしたちは?」
T「友だちだよ」
「あ、あ、そ、そうだよね!ありがとう!」
「よかったー!」

Tちゃん、「友だち」と「知り合い」をはっきり区別する人でした。
ハタチそこそこのわたしにはちょっとしたショックだった。
Tちゃんのそういう考え方を、否定したいとかではない。
むしろその若さで、人間関係のベースになる考え方をすでにしっかり持っているTちゃんに感心しきりだった。

そして、思った。
「わたしは相手を友だちだと思っているけれど、
 相手がわたしを友だちだと思っているかどうかはわからない」

「友だち」という言葉はもっと大事に使うべきなのかも。
”わたしがあなたを友だちって言ってるんだから、
あなたもわたしを友だちと思いなさいよ”、みたいな押し付けはNGだと。
独りよがりな「友だち」ごっこはいけないな、と。

Tちゃんとは大学卒業後、付き合いがなくなってしまったので、今はもう「友だち」ではないです。
でも、「友だち」という言葉を使うたび、彼女を思い出します。
そして、今わたしの「友だち」でいてくれる人たちには、友だちでいてくれてありがとう、っていう気持ちを忘れないようにしています。
いや、マジで。
縁ってふとしたことで切れちゃうからね。

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