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【農業小説】第15話 緑のビジョン|農家の食卓 ~ Farm to table ~

ある時、農場へ行くとバイヤーが朝早いのに農場に立っていた。普通は事前にアポイントがある。何事かと思っていると、昨日の夕方の会議で量販店チェーンの店頭にオーガニックコーナーを新設することが決まったらしく、そのバイヤーが責任者になったそうだ。張りきっていたので朝早く連絡なしのサプライズだったというわけ。

その打診を受けた瞬間、私の心の中は矛盾でいっぱいだった。有機栽培というものに対しては、最初から信じていたわけでも、環境に配慮したいという強い意志があったわけでもない。それでも、この突然の打診は新たなビジネスチャンスとして魅力的に映った。

「まあ、試しにやってみるか。」

そう心の中でつぶやきながら、有機栽培へのシフトを決意した。新たなプロジェクトとして、まずは一部の畑で化学肥料や農薬を使わない栽培方法を試みることになった。

「これ、本当に大丈夫なのかな?」

初めての有機栽培は、従来の方法とは大きく異なり、正直なところ手探り状態だった。かつて頼りにしていた化学肥料や農薬が使えない。だからといって収穫量が大きく落ちるわけにもいかない。投資家からのプレッシャーもある。売上を上げ、利益を出さなければならないという現実は、有機栽培に移行したからといって消えるわけではない。


ちょうどその頃、農業に関するセミナーなどに講師として呼ばれることが増えていた。ある時に講師として呼ばれ、講師ばかりが待機する控室で出会った人物との出会いが、新しい扉を開くきっかけとなったのだ。

彼はタイでオーガニック農法を実践し、見事な成功を収めた農業経営者だった。とても魅力的な人物で僕は何か心の中で引っ張られるものがあった。そして、その直感に従い、タイへ飛ぶ決断をして彼の農場に半ば強引に押しかけたのだ。

現地で目にしたのは、オーガニック農法によって土地も人々も豊かになっている素晴らしい風景だった。タイの農業経営者は笑顔で私に言った。「オーガニックは単なる方法論ではなく、持続可能なビジョンを形作る哲学なんです。」

単に肥料や農薬の使用を控える手法に過ぎなかった。そこには土地の持つバランスを理解し、微生物や動植物と共生するような農場設計があった。また、地域の気候や土壌に適した作物選び、収穫時期の調整など、多くの微細な調整が組み合わさっていた。

帰国後、僕は早速、新たに得た知識と技術を自分の農場に導入する。まずは小さなテストプロットから始め、そこで確認したデータを基に次第に規模を拡大していった。

しかし、数ヶ月が過ぎると驚くべきことに、有機栽培の方が思っていたよりも順調だった。それどころか、新たな付加価値として、オーガニックというブランド力を背景に、商品の価格設定も高めにすることができた。この新しい方針が功を奏し、利益は確実に上昇していった。

「なんだ、こんなに簡単に儲かるなんて。」

その言葉を聞いた社員たちは、不安げな表情から解放され、明るい笑顔を取り戻した。そして、量販店で展開されたオーガニックのコーナーは大盛況。私たちの商品が瞬く間に売り切れる日々が続いた。

有機栽培に踏み切った当初、環境や持続可能性に対する深い思いはなかったが、結果として地球にも優しく、しかも利益を上げることができるこの方法に、今では心から感謝している。

「どうだ!」と投資家や初めての批判者に言いたい衝動に駆られながら、私は新たなビジネスモデルの成功を実感した。そして、かつての疑問や迷いは、持続可能な農業がもたらす新たな可能性へと変わっていったのだ。

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