【極超短編小説】裏:輝きの中へ君は行く。そして僕は夢を見る⑥
彼女は涙を拭うと、自分の頬を両手のひらでパンと叩いた。
「ライブの打ち上げ、あなたも一緒にね」
そう言って彼女は笑顔を作った。
「えっ、僕も?」
関係者のパスを首からぶら下げてはいたが、僕はライブの裏方をやったわけでもないし、彼女のバンドとは何の関わりもない。場違いな感じがした。
「そうよ。当たり前じゃない。あなたはわたしの……」
「すみません。ちょっといいですか?」
彼女が言い終わらないうちに突然話しかけてきたのは、バンドのマネージャーの女の子だった。
彼女が立ち上がるとマネージャーは耳打ちする。僕に視線を向けながらもマネージャーの言葉に何度か頷く彼女の眉間に皺が寄る。
「先に打ち上げの場所に行ってて。ちょっと用事を済ませてくるから」
彼女はマネージャーに目配せすると、小走りで楽屋を出ていった。
「さ、さあ、どうど。打ち上げはこっちです」
僕は促されてマネージャーの後をついていった。
打ち上げ会場は、ライブハウスにあるもう一つの楽屋に作られていた。さっきまでいた楽屋よりも大分広い。
部屋の真ん中に長テーブルがいくつか並べられていて、その上にはビールやウィスキー、ジュースなどの飲み物の他に、ピザやサンドイッチ、スナック菓子といった軽食がところ狭しと置かれている。ポツポツと関係者が集まり始めていて、互いに抱き合ったり、肩を叩きあったりしてライブの成功を喜び合っている。ライブの余韻が残っているようで、一様にテンションが高い。数十人かそれ以上の人数の派手な打ち上げとなるのだろう。
徐々に人々が集まる中、知り合いもいない僕は居心地の悪さを感じていた。
「どうも。はじめまして」
握手を求めて手を差し出してきたのは、彼女のバンドのドラマーだった。ステージでもそうだったが、上半身は裸で首にタオルをかけている。こちらに伸ばした腕は筋肉質で、ライブが終わった今でも玉のように汗が吹き出している。
「あ、あ……ど、どうも」
僕はバンドとか音楽をやっている人たちと、これまで知り合いになったことがなかったから、どう受け答えすればいいのか戸惑ってしまった。
「うちのボーカルの彼氏さんですよね?」
ドラマーは握手した手をブルンブルンと上下させる。
「は、はぁ……まあ、彼氏というか……」
「あいつも、ついにいい男をみつけたのか。ハハハハ」
ドラマーは豪快に笑う。ライブの興奮が冷めていないのか?
「それで、あいつとは……」
そう言いかけたドラマーは急に後ろを振り返った。さっきのマネージャーが肩をたたいていた。
マネージャーが耳打ちするとドラマーの表情が険しくなったのが見て取れた。
「彼氏さん、ちょっとごめんね。打ち上げもうすぐ始まるから、もう少しここで待ってて」
と言い終わらないうちに、ドラマーはマネージャーを引き連れて部屋を出ていこうと歩き出した。
一瞬彼女のことが頭をよぎった僕は、思わず二人の後を追っていた。
(つづく)