【極超短編小説】ワタシ、スティーヴ、ダヨ
当時の俺はというと、いくつかのバイトを掛け持ちしてなんとか食いつないでいた。
その日は”西”で週2のシフトが入っているバイトだった。そのバイトがある日は”北”の弁当屋に寄って、メンチカツ弁当を買うのがちょっとした楽しみだった。でも、その日はバイトがやけに忙しくて、帰る時間がいつもより大分遅くなってしまった。
『もう弁当屋、閉まっているだろうな』と残念な気分で自分のアパートへ向かって自転車を漕いでいると、なんといつもの弁当屋に灯りがついているのに気づいた。
弁当屋の中を覗くと誰もいなかった。
「ごめんください。まだ、やってますか?」
と言ってダメ元で店の中に入ると、奥から小走りで人が出てきた。
「あれ、スティーヴは?」
と俺は思わず尋ねた。奥から出てきたのは、いつもの20代でブラウンの髪で白人男性のスティーブではなかったからだ。現れたのは褐色の肌で、黒髪、インド系らしい30代くらいの男性だった。
「ワタシ、スティーヴ、ダヨ」
と片言でその男性は言うと、エプロンを付け始めた。
「スティーヴ?」
俺はもう一度聞いた。
「ソウダヨ、スティーヴ、ダヨ。チョット、マッテ」
と言ってそのスティーヴは調理を始め、しばらくするとレジ袋に入れられた弁当がカウンターに置かれた。
俺はアパートに帰って弁当を開けた。いつものメンチカツ弁当の大盛りだった。
それから半年ほど経って、その日もいつものように弁当屋に寄った。
弁当屋に居たのはヨーロッパの東欧系らしい30代くらいの金髪の白人男性だった。
「あれ、スティーヴは?」
俺は聞いた。
「スティーヴ、ワタシダヨ。スコシ、マツネ」
とそのスティーブは片言で言った。しばらくするとカウンターにレジ袋に入った弁当が置かれた。
『マイド、アリガトゴザマス』という片言に見送られ、俺はアパートに帰った。開けてみるといつものメンチカツ弁当の大盛りだった。
さらに半年ほど経った頃だった。バイトが終わって、いつものように自転車で弁当屋に向かっていると、外国人の家族を見とがめた。4、5歳くらいの男の子を真ん中にして父親と母親の3人が連れ立ってこちらに向かって歩いていた。母親は片手にカバンを持ち、父親は大きなリュックを背負ってスーツケースを持っていた。ちらりと顔を見ると東欧系のスティーヴだった。スティーヴも俺には気づいていないようだったし、声をかけるのは何だか気まずくて、そのまますれ違った。
弁当屋に入ると、カウンターの向こうに二十歳になったばかりくらいの黒い直毛でメガネをかけた東洋系の男性がいた。
「さっき、スティーヴとすれ違ったけど…」
そう俺が言いかけると
「僕、スティーヴです」
とその男性はきっぱりとした口調で言った。
「スティーヴ?」
と俺は聞き返した。
「はい、スティーヴです、僕…。少々お待ちください」
そのスティーヴは目をそらしながら言って調理を始めた。
アパートに帰って弁当を開けてみると、メンチカツ弁当の大盛りがちゃんと入っていた。
ほどなくして、俺はある会社に正社員として就職が決まった。今では仕事に忙しい毎日で帰りが深夜となる日もある。そんな日はタクシーで鉄塔近くの道を通って帰ることもしばしばで、”北”のあの弁当屋の辺りには、ここしばらくは行ってない。だからスティーヴが今でも居るのかは知らない。