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【極超短編小説】裏:輝きの中へ君は行く。そして僕は夢を見る⑭
カランコロンと鳴る下駄の音は、神社に近づくにつれ次第に大きくなる祭り囃子に埋もれていく。そして祭りの熱気と雑踏に僕たちは包まれた。
僕の腕にスルッと彼女の手が絡まる。フッと振り向くと彼女は少し上気した笑顔で見返した。
夕闇が近づく頃、大きな鳥居をくぐった。
「こっちこっち」
祭りの喧騒の中へと彼女に腕を引っ張られる。参道の脇に隙間なく並ぶ出店から、焼きそばやたこ焼きなんかの色んな匂いが漂ってくる。クンクンと鼻を鳴らす彼女と顔を見合わせ、僕は笑顔を取り出す。
人で混み合う参道をゆっくりと歩く。祭りの雰囲気がさらに盛り上がっていくのを感じる。彼女は僕の手をしっかりと握ったまま、右へ左へと落ち着きなく動き回って活気づいた出店を覗いていた。
僕は『ヤレヤレ』と軽いため息を漏らし、何気なく後ろを振り返った。
遠くの山の稜線に沈みかける夕日と、町の中心に立つ鉄塔の黒いシルエットが鳥居の二本の柱の間にあった。窓の格子越しに、外の世界を見ている気がした。
僕たちは手を繋いで参道を進んだ。出店の並びが途切れた辺りが盆踊りの踊り場になっていた。櫓の周りでぐるっと円に並んだ踊り手たちは、提灯のぼんやりとした灯りに照らされている。表情までははっきりと見えないが、陶酔した踊り手の熱量に圧倒された。
「お参りしよ」
彼女がグイッと僕の手を社殿の方へ引っ張った。
賽銭箱に小銭を投げ入れて、その先の本殿に目をやる。そこには背後の賑やかなお祭りと対象的に静寂と暗闇があった。その暗闇に踏み込みたい衝動に僕は駆られた。
パンパンとすぐ横で彼女の柏手が響き、僕も慌てて手を打った。
「何をお願いしたの?」
彼女はお参りの後、すぐに手を繋いできた。
「秘密だよ。君は?」
秘密も何も実際、僕は何もお願いなんかしなかった。何も思いつかなかったからただ手を合わせて、そういう仕草をしただけだった。
「わたしも秘密」
提灯の朧気な灯りに照らされた彼女の顔には、薄っすらと笑顔が浮かんでいた。
「ねぇ、わたし、やっぱり綿あめ食べたい」
帰りの参道で彼女は言って、目当ての出店を指さした。
「いいよ。行っておいで、鳥居のところで待ってるから」
肩を触れ合わずには歩けないほど人で溢れた参道に僕は辟易して、彼女の手を離した。
彼女の後ろ姿を目で追ったが、あっという間に彼女は人混みの中に溶け込んで、姿が見えなくなった。僕は彼女をあっけなく見失った。けれど不安な気持ちはなかった。少しの罪悪感に包まれた安堵を感じた。彼女の目に映るものを暫くの間は見なくて済んだから。
鳥居の柱にもたれて彼女を待った。
見上げると半月が所在なげに浮かんでいた。夏の熱を溜め込んだ空気が、半月の輪郭をぼんやりと滲ませている。夜空で闇を煌々と照らす満月でもなく、夜空で闇を際立たせる三日月でもない半月。どっちつかずの半月に僕は嫌悪感を覚えた。
(つづく)