【極超短編小説】今は今だけ
『18時58分。岬で待つ。ソーダ水と氷が必要』
彼女からのメールだった。
日曜の夕方近くで、明日からのことが徐々に頭の中に滲み始めた頃だった。
地図で指定の場所を確認してみると、すぐにでも出発しなければ間に合わないかもしれなかった。
高速道路に乗り、一路彼女のもとへ向かう。運転は嫌いではないけれど、明日が月曜であることを思うとさすがにその距離に少し気が重くなった。
アクセルを踏み続け瞬く間に時間が過ぎていく。そして明日からまた始まる日々の糧のことで、頭の中は満たされていった。
「断ればよかったな‥‥」
高速を降りる頃には後悔と、苛立ちと、少しだけれども怒りさえ感じていた。
18時39分。埼に彼女のグリーンのオープンカーが見えた。
ボンネットに腰かけた彼女は海を眺めていた。穏やかな潮風が彼女の髪を少しなびかせていた。
僕は彼女の横に立ち彼女と同じように水平線を見やる。
空の色は刻々と移ろい、変化していくグラデーションのパノラマに僕は思わず目を見張った。
彼女は氷の入った二つのグラスにラフロイグを入れ、静かにソーダ水を注ぐ。
ひとつを僕に渡し、そしてひとつは彼女。
18時58分、彼女はラッキーストライクを燻らせながら沈む夕陽に向けてグラスを掲げた。
「今は今だけ」
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