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【極超短編小説】裏:輝きの中へ君は行く。そして僕は夢を見る⑯
クリスマスイブも年末年始も、僕は彼女に嘘をついた。
「バイト仲間がインフルエンザに罹っちゃって、代わりにシフトに入らなきゃならない」と。
本当のところは、自分から無理に頼んでシフトに入れてもらった。
そういった日を、そういう風に、そういう彼女と過ごしたくなかったからだ。そんな彼女を僕は見たくなかった。実際、彼女は僕とそういう風に過ごすのを望んでいたから。
「ごめん。シフト抜けられなくて……。バイト行ってくるよ」
僕は玄関のドアを開けながら、彼女に振り向いた。
「しょうがないよね……。気をつけてね」
彼女は笑顔を作って小さく手を振った。だがその声色には微かな不機嫌さが添えられていて、落胆や不満をほのめかした。
「行ってきます」
僕は後ろ手でドアを閉めた。
歩き出すと足が軽やかに感じて、自然と頬が緩んだ。『これは僕の嗜虐性か?』と少し期待して自問したが、限られた時間の中での気休めに耽っているだけなことは、とっくに分かっていた。だからそんな自問は、軽やかっだった歩調を逆に鉛のように柔らかくてずしりと重いものに変えてしまった。
引き摺るような足取りのままふと見上げると、灰を貼り付けたような曇天は今にも崩れ落ちそうだった。
一歩踏み出すごとに、むき出しのうなじに冷気がまとわり付いて、体温が奪われていくのを実感した。
靴を履いて玄関ドアのノブに手をかけたとき、マフラーを忘れていることに気づいた。靴を脱いで部屋の中に取りに戻るのは面倒だった。彼女にマフラーを持ってきてとも頼めなかった。ほんの少し億劫がったことと、小さくない無下に後悔した。
自然とポケットの中で拳を握り、首をすぼめて背中が丸くなっていった。 体が小刻みに震えているのは、12月の湿った冷たさが体に染み込むからだと、自分に嘘をついた。
冬休みが終わる頃、僕と彼女は少し遅い新年会に大学の友人から誘われた。
『これから就職活動が本格化する。だからこれが最後だ。派手にやろう』ということらしかったが、遊びたがりの大学生が騒ぎたいだけなのは明らかだった。
「どうする?」
僕は全く気乗りしなかったが、それを表情にも言葉にも出さないように気を付けて彼女に尋ねた。
「行こ」
彼女は即答した。
「そうだね、行こ。飲み会は久しぶりか。楽しみだな」
クリスマスイブや年末年始のこともあり、彼女の機嫌をとろうとした。それで笑顔を作ってまた嘘をついた。自分に嫌気がさした。
(つづく)