【極超短編小説】アンコール
まばらな拍手。遠巻きに聞いていた人たちは、散り散りにいなくなった。
ギターケースの中には10個に満たない硬貨。
シールドを抜いてギターを立てかける。今夜はこれで終わりだ。
バンドのメンバーは、一人また一人と抜けていき、それぞれちゃんとした社会に帰っていった。残ったのはオレだけ。
昔はありきたりの浮ついた夢も見てたけど、今となれば別に興味もない。
それでも、なぜか歌っている。
くわえ煙草の女がひとりやって来て、目の前にしゃがみ込む。
上に立てた人差し指をこちらへ向ける。
アンコールか?珍しいな。
「それじゃ、新曲を」
目を覚まして窓を開けると相変わらずの街が
とりとめなくどこまでも続くだけ
今日もオレはブーツを履いて街に飛び出す
いつものように時間を過ごすため
人と同じに見えるかい?
でも忘れちゃいない
どんな時にでもオレは
「もっと真面目に生きてよお願いだから」
カノジョはオレに言って出ていった
ゴミゴミ電車に乗っていったいどこへ行くの?
行先分からずただ生きるだけかい?
赤い髪の毛も目も
破れたジーンズと鎖
誰一人オレのことなんて気づかない ここでは
それでも
オレは歌うだけ
死んでしまうそれまでは
オレは歌うだけ
おまえのために
オレは歌うだけ
子どもが無邪気に遊ぶ 大人は微笑む
ビルの谷間の小さな公園で
大きな世界もいつかはちっぽけに見えてくる
おどけて我慢すること上手くなる
少年は未来の夢を抱いて今日を生きるはず
テキストなんていらない
うつむくな うつむくな
イケナイ
オレは歌おう
死んでしまうそれまでは
オレは歌おう
おまえのために
オレは歌おう
途切れることがない人の波の中で
今日もオレは切り取られた空を見る
七日区切りの暮らしに何が待ってる
今すぐ教えてよ オレたちに
身体が切れるような冷たい雨が降り出す
それでもここに立って オレは歌おう
オレは歌うだけ
死んでしまうそれまでは
オレは歌うだけ
おまえのために
オレは歌うだけ
「あなた、そういう人よ」
彼女はギターケースの中にラッキーストライクを一箱置いてくれた。