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制限時間100年

初夏の晴れた昼下がり。少し懐かしさのある香りとスズムシの鳴き声。遠くには電波塔が小さく見える河川敷。

ーなんか時限爆弾があるー

そう連絡があり、駆けつけた所、何やらおかしい。その時限爆弾らしきもの、幅五十センチ程の鉄製の立方体。カチカチという音と共に、正面には減り続ける赤いデジタル数字。想像していた時限爆弾とは形相が異なるものの共通点は多い。が、私たちは一様に首を傾げた。

876596:58:48:**
*:コンマ1秒以下

明らかにおかしい。制限時間がおかしい。数字は47、46、45、刻一刻と減少している。これは一体どういうことだろうか。876596時間58分45秒。計算した所、約100年分の時間であった。一般的な時限爆弾の制限時間は、短くて数秒から数分、長くて数日程度。制限時間100年の時限爆弾なんて見たことも聞いたこともない。

876596:48:35:**

爆発物処理班が見えた。彼らはしばらく目の前にある時限爆弾らしきものと睨み合い、時々持ち込んだ道具を見ては、首を傾げてコソコソと話し合っている。そして互いに目配せをして頷き合うと、こちらに顔を向けた。
「この爆弾の種類は見たことがない。そのため解除方法がわからない。解除をしようと中身の確認を試みたが、開封口が見当たらない。無理矢理開けることもできるが、それには危険を伴う。私たちにも家族がいる」
必死に説き続ける彼らを、私たちは黙って見つめていた。話の着地点を見失ったのか、彼らは様々な言葉を言い残し、どこか決まりの悪い顔をして去っていった。

ーこれ、本物なのかなー

最初に発見した少年が呟く。少年はなぜここにいるのか。誰かここから遠ざけなかったのか。音は鳴ってる、鳴り続けている。
本物かどうか。確かにそうだ。誰かを驚かすために作ったびっくり箱的なおもちゃではないのか。数字が0になった瞬間、突然何かが飛び出してくるとか。しかしこんな鉄の塊、おもちゃとしては考えにくい。それに、“100年後の誰かに向けて作ったびっくり箱”いくらなんでもやりすぎである。
この数字の表記。本当に時間を表しているのだろうか。何かを暗示しているとか。数字は時間の経過と共に減り続けている。何かを暗示しているのであれば数字が減少する必要はない気がする。
100年間。そんな長期間動き続けられるのだろうか。100年間ももつ電池が入っているとか。そんな電池見たことがないが、例えあったとしてそんな珍しいもの、爆発したら散ってしまう時限爆弾に入れるだろうか。

876596:28:34:**

警官二人が近くの河川敷で時限爆弾を囲っている。辺りの住民が聞きつけたのか、河川敷道路には十数人ほど野次馬が集まっている。気を利かせた後輩がそばにいた少年を野次馬の方へと向かわせる。
もしも、本当に100年後、この時限爆弾が爆発するとしたらどれ程の威力になるのだろうか。100年分の威力なのか。もしそうだとしたら一つの地域を、国を、下手したら世界をも揺るがす大爆発になり得ない。そうなったらあそこにいる野次馬はきっとひとたまりもない。

876596:23:42:**

カチカチカチカチ。時限爆弾らしきものは特段変化もなく動き続けている。私は腕を組み、時限爆弾らしきものの周りを歩いてはしゃがみ、ただひたすらに考え込んでいた。
「どこかに放っておくのはいかがでしょう」
重い空気の中、口を開いた後輩に私は「いや」と間髪入れずに言葉を返した。
「さすがに放っておく訳にはいかないだろ。仮にも時限爆弾だぞ?警察としての立場もある訳だし」
「でもこれ自体本物かどうかもわからないじゃないですか。例えこの時限爆弾が本物だったとして、爆発物処理班が解除出来ないのなら、いくら考えた所で僕らじゃどうすることもできないですし」
後輩はスゥッと大きく息を吸った。
「それだったら安全な場所に隠しておいて、起こり得る被害を最低限に抑えるというのが最善ではないでしょうか」
正直、爆発物処理のプロである彼らに解除方法が分からなければ私たちには手のつけようがない。制限時間が来るまで、爆破の影響が少ない場所に隠しておくというのは正しいのかもしれない。
「問題はどこに隠しておくか、ですよね」
一体どこに隠しておくのが一番安全といえるのか。
海底や地中の奥深くに埋める。ロケットに乗せて宇宙空間へと放つ。核シェルターの中に隠す。とまあ様々な案が浮かんだが、我々は首を縦に振ることはなかった。
海底や地中の奥深くに埋める。これは津波や地震によって起こる多くの人的被害の危険性がある。それらを避けるためには都市圏から離れた島や、人気の少ない広大な砂漠、森林に埋めるとか。しかし爆発の規模が分からない今、このどれもが人的被害の危険性を孕んでいるのではないか。
ロケットに乗せ、宇宙空間へと放つ。宇宙空間であれば人的被害の危険性は少ないのではないか。しかし、これには多くの費用と時間がかかることが懸念される。ロケット一発に数十億〜数百億の費用がかかり、その他ロケットの製造、宇宙飛行士の訓練、度重なる打ち上げの失敗等考えると、これもまた名案とは言えない。それに、ロケットの打ち上げを秘密裏に進めるのはほぼ不可能である。
核シェルターの中に隠す。国が隠し持っていると噂の特大核シェルターで、100キロトンの衝撃にも耐えられる優れ物らしい。これは二つの案の問題点を多少解決できているのではないか。しかし、外側からの衝撃に耐えられたとしても内側からの衝撃に耐えられるのだろうか。そもそもこの核シェルター自体、実在するかどうかすら不明である。
そして、これらの案全てに国の許可が不可欠であり、この時限爆弾らしきものが本物であるという確証がなければ、"100年後に爆発する"なんて馬鹿げたもの、国が信じるはずがない。どうするべきかと考え込む私に、追い討ちをかけるように後輩は言い放った。
「あ、でもそっかぁ、動かせないんですよね」
爆発物処理班が去り際、こんなことを言っていた。
―こんな得体の知れないモノ我々も無闇に触ることができない。時限爆弾の中には触れただけで爆発するものもあり、微かな振動も命取りになるー
触れただけで爆発。微かな振動も命取り。そう言われてしまっては別の場所に動かすなんて到底出来やしない。

876596:05:45:**

結局、今日のところはこの河川敷に放置しようという決断に至った。おもちゃだ、きっとこれは何かのおもちゃだ。こいつを作ったのはどこかの天才少年で、周囲の人間をちょぴっとだけおどかそうとしただけ。決して悪意はない。そうに決まっている。この場に放置したところでなんの影響もない。私の脳内は後に書く始末書への対策のために言い訳を拙く紡いでいく。

876596:02:03:**

表示を写真に収め、私たち二人は慎重に野次馬の方へと後ずさる。数メートル程進んだその時だった。

―あれ、なんだろうー

私たちのずっと前方、少年が時限爆弾らしきものに向けて指を差していた。先程遠ざけたはずの少年だった。彼のそばに寄り、じっくりと目を凝らすと何やら上面端にシールのような捲りが見えた。あれ、なんだろう。私たちは近くでその捲りを確認し、爆発物処理班の言葉を無視してその捲りへと手を伸ばした。
「慎重にだぞ、慎重に」
ペリペリペリ。思いの外簡単に捲れたそれは鉄ではなく紙のようなものであった。中はすっぽり空洞で底には一枚の写真。少年少女数人の姿と裏面には“100ねんご”の文字。
タイムカプセル。近年タイムカプセルは色々な形がある。やはりどこかの子供が作ったんだ。良かった、良かった。写真を元に戻そうとすると、箱の中にもう一枚便箋が入っていることに気がついた。私は丁寧に折り畳まれたその便箋を取り出した。その時、どこからかカチッという音が聞こえた。

―100ねんごへー

そんな書き出しで始まった文章を読み進め、私はそっと便箋を折り畳んだ。
何か変だ。
写真には何人もの少年少女の姿がある。それなのにそんな彼らのタイムカプセルには写真と便箋がそれぞれ一枚だけ。彼ら一人一人の思い出の品はどこにも見当たらない。加えて、一行空けて平仮名と数字だけで構成された奇妙な文。考えてみれば100年後の自分に向けたタイムカプセルだっておかしい。そんな先まで自分が生きている保証なんてどこにも無いではないか。
ピーっと高い音が鳴る。表示の数字は凄まじい速さで減少している。カチカチという音はジリリリと耳の障る音へと変化し、辺りで鳴くスズムシの声と同化してゆく。ジリリリ。ジリリリリ。呆然としているのも束の間、あっという間に0になる数秒前。私と後輩は思わず目を瞑りその場にうずくまった。

ドゴンッッ

大きな音が鳴る。振動が全身を包み込み、生暖かい風が肌を撫でるように突き刺す。瞼の裏はうっすら靄がかかりシュナシュナと音を立てる。こめかみで汗が蒸発し、首許からは息が漏れる。おそるおそる瞼を開くと、私は視界に映る光景に思わず絶句した。
河川敷は一瞬で白黒へと化していく。河川は黒く塗りつぶされ、遠くの電波塔はボロボロと崩れ去っていく。まるで逆再生しているかのよう。野次馬は地に影浮かべ、空は暗雲立ち込める。人声はまるで聞こえない。コロン、パリパリ、ペキペキ。奇妙な音は破れるように鳴り響く。

100ねんごへ

あつさほおてりすずむしはなく

まきもどしまきもどし

せかいはどうにもなりひびく

どごんどごんとなりひびく

まきもどしまきもどし

すなぼこりけむりたつにおい

みんなみんなとけてゆく

まきもどしまきもどし

鳴り響いていた音は止み、時限爆弾らしきものは無くなった。白黒の世界の中、私は電波塔のあった方角を見つめ、ただただ拳を強く握りしめていた。ジリリリ。ジリリリリ。スズムシは変わらず鳴くのを止めなかった。

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