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独身、女、36歳、ITスタートアップに転職する
人材エージェントのマークさんと六本木のアマンド前で待ち合わせて、二人連れ立って向かった先は、外苑東通り沿いにある雑居ビルのバーだった。
「ん? バーで面接??」 真冬の夕方、午後4時。六本木の繁華街を歩きながら、私はこれから何が起ころうとしているのかわからず混乱していた。
薄暗く、細長い店内を進んでいくと、突き当たりのソファーに銀髪メガネの白人中年男性、そして小柄で色黒のアジア人男性が座っている。
こちらに気づいた銀髪メガネが、「ハ〜イ〜♪」とハイテンション笑顔を向けてきた。彼の口元から覗いた銀歯、瓶底メガネの奥からのぞくギョロ目、そしてエキゾチックな店内。それらの記憶の断片が奇妙な渦となって私の瞼裏を駆け巡る。
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誰にでも、その後のキャリアや人生を変える「運命の仕事」との出会いがある。私にとってのそれは、SprinklrというITスタートアップ企業との出会いだった。
2016年、私は日本支社(当時はジョイントベンチャー)の立ち上げメンバーとして、Sprinklr Japanに入社した。
そして冒頭から述べたエピソードこそが、そのSprinklr Japanとの最初の出会いである。六本木のバーで日本代表とお酒を飲むという謎の一次面接であった。
改めて思い出すと、これが外資系IT企業への転職面接だったかよ!と呆れてしまう。まるで新人俳優とマネージャーが協力して舞台の役を勝ち取ろうと奮闘していたみたいじゃないか。
この面接の一週間程まえ、エージェントのマークからSprinklrの企業情報を渡され、徹底的に研究することを言い渡された。面接の直前には、彼と念入りに予行練習までした。
転職市場でここまでエージェントが念入りにケアしてくれるケースは珍しい。敏腕エージェントの周到な準備とサポートにより、無事に私はSprinklrに入社したわけだが、それから6年間続いた私と会社の関わりは、すでにこのはじまりから奇妙だった。
36歳、崖っぷちの再スタート
しかしこの奇妙さ滑稽さとは対照に、当時の私は真剣だった。上司とソリが合わず、勤務していた化粧品会社を干された私は、まさに崖ぷちで、このスタートアップ企業での再スタートに懸けていたからだ。
当時の私は、独身、女、36歳。交際相手もおらず、もしかすると一生独身で自分の生活を支えなければいけない身としては、あまりリスクを取れない気もしていた。実際、メガベンチャーGで部長をしている先輩からは「やめておけ!」と止められた。
それでもなぜか当時の私は、このSprinklrという会社に運命的な何かを感じていて、実際その直感は正しかった。
直感は正しかった
この6年後、既存営業として私が担当する顧客の売り上げは、シート数(ソフトウェアのユーザー単位)にして、たったの5シートから2,500シートまでに拡大し、それは売り上げ金額にして数億円にのぼった。
会社の成長が自分の成長と重なった経験が、私にとっての「やればできる」という信念を育てた。
Sprinklrはニューヨーク証券取引所 (NYSE) で株式上場を果たし、私はストックオプションを手に入れた。
ストックオプションを取得する、そして売却する手続きを通して、私は資本主義経済の仕組みというものを体感し、ただただ労働者として雇用されていた今までの生き方を考え直した。
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だから、振り返ってみれば、あの時の直感は正しかったと言える。でもそれは、あくまでも結果論の話だ。
実に多くの人が会社を去ってゆき、残った人も満身創痍だった。
スタートアップで生き残るということ
Sprinklrの後、数社のスタートアップ企業に関わったけど、愛着をもって語れるものがあまりない。
きっとある会社について愛着を持って語るには、理屈では説明できない何かを感じる必要があるのだろう。
この奇妙な面接の後、G先輩に忠告をうけてもなお、当時の自分はなぜか、この会社に呼ばれているような「直感」を感じていた。
けれど、それが何なのかは、自分でもよく分からず、うまく説明できなかった。
後に知ったが、実は私はこの数年前に創業者が開発し売却した製品に出会っており、それが私がIT転職を考えたきっかけになっていた。この不思議なシンクロニシティに気づいたのは、入社してしばらく経ってからのことだけれど。
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今日は最後まで私のnoteを読んでくれてありがとう。キャリアに悩む誰かのために「お役立ち情報」を書こうと思ったのに、今日もまた結局オチのない思い出話を書いてしまった。
もしオチを捻り出すとするならば、スタートアップ企業なんか入るのはやめておけ、そんなところか。
このnoteを読めば、スタートアップがどれだけカオスかは伝わるだろう。
自分の裁量で仕事がしたい、役職につきたい、上場して一攫千金を狙いたい、そういう動機でスタートアップを目指す人がいる。はっきり言って、そういう動機で入っても大抵の場合うまくいかない。
高い志をもって働くことは素晴らしいことだが「スタートアップに行けば、きっと自分はこうなるだろう」、そういう期待をもっているということは、裏を返せば「打算」で動いているということであり、浮き沈みの激しい環境で、その「打算」は十中八九裏ぎられてしまうからだ。
たまに君はラッキーだったね、と言われることもある。しかしそんな事はまるでなく、実は数えきれないほどのアンラッキーで「クソ」みたいなエピソードが埋まっている。
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ただ自分はこの会社の成長を見届けたい、そんな理屈で説明できない想いがあって、そのために、何かわかりやすい成果を語れるぐらいまで、長く居続けてしまっただけなのだ。
しかし「クソ」みたいなエピソードに「愛着」が混ざると、それらは最高の思い出として胸に刻まれるらしく、今でも私を励ましている。
だからもし、あなたがある会社に強い「直感」を感じているなら、流れに乗って飛び込んでみてもいいのかもしれない。
その「直感」は必ずあなたの人生になんらかの意味があり、きっとあなたはそこから自分の後の人生に力を与えるようなストーリーを編集することができるだろうと思うから。
さて、あなたは今どんな「直感」を感じていますか? それではきょうは、このへんで、ごきげんよう。