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夕刻、森の中へ

冬至の一日前。
夕刻、森に入りました。
確か一年で昼間が二番目に短い日です。
森の入り口に着いた時、西の空は真っ赤でした。
いや、真っ赤というより地平線に近いところは橙色が圧し縮まり、熟した柿のような色を発しています。反対に地平線から離れて行くと空はピンク色に薄まってき、青白い灰色の中に溶け込んで見えました。

森に入ります。
昼間太陽が照らした地面の雪はぼくの体重を支えきれず、長靴がズガッ、ズガッと暗い穴を開けていきます。
鞄に付けた熊鈴が大きく揺れて鳴りました。
「また来たね」
この前、そばにタープを張らせてもらった樹です。
「じゃ、今日も」
ぼくはその樹の根元に銀色のシートを敷き、尻を下しました。
柔らかい雪がジャリッと音を立てて沈みます。体に余計な力が入らぬように尻を動かして姿勢を整えました。
西日が逆光になり森の樹々たちは黒い影になって見えます。
太いのやら細いのやら、その何本もの影の向こうには橙色の空があって、
そこから届けられた光が白い雪面を頼りなく光らせていました。

               カンテラが雪面を照らします

見上げた空は青白く灰色で、つま先から向こうの地面はぼんやりと白く広がっています。
ぼくは鞄からカンテラを取り出しました。ティーライトキャンドルに火を点けカンテラの中に設えました。
カンテラを雪面に置くとその周りだけが金色に光ります。
想像していたより遥かに小さな光でしたが、冷たい森の中で懸命に灯っていると見えました。
その丸い金色の火を暫く見つめ、顔を上げると目の前には随分と闇が濃くなっていました。
西日の橙色が地平線に隠れていくと、目の前の樹々たちが黒い壁になっていきます。
さっきまで樹々の形をはっきり照らし出していた西日が、もう地平線すれすれに橙色の細い線になって見えました。

地平線すれすれに橙色の細い線ができました

周りがかすんで見えません。
雪面に置いたカンテラを枝に引っ掛けました。明るさが増したように思いました。
シートの上で体操座りのように膝を抱えます。
今、この森には、ぼく一人か?
カンテラの光を見ているものは、ぼく一人か?
雪面に照らされて微かに見える樹々の影から、何かがぼくを見てはしないか?
ぼくがじっとしているように、森の小さな生き物たちもじっとしているに違いない。息を殺してカンテラに照らされた水色のジャケットを丸い瞳で見ているに違いない。
何も見えなくなってきました。
橙色の西日を見ていた時の気持ちの豊かさはもうなくなっています。
そろそろ尻を上げる時だな。
闇の中を見通せる目も、身を守るための牙も、ぼくにはない。
銀色シートを鞄に押し込むと、ぼくは逃げるように歩き出しました。

森の外に出ると、来た時見た西の空は他の方角と同じ青黒い灰色でした。
いつ森に受け入れられるだろう・・・
ぼくは暗い森に一礼しました。


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