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森の中に小さな足跡が

朝起きると、外は真っ白です。
昨夜のうちにたくさん雪が降ったのでした。
森の樹々も雪をかぶって真っ白にちがいない。
太陽が昇り始めたころ、森に向かいました。

森の入口に立ちます。
樹々の間から見える森の中は、届き始めた陽光のせいで青白く見えます。
夜の冷気で固まってできた小さな氷片たちが、雪面にばら撒かれてチカチカ光っています。
まだ誰も踏み入っていない雪面には緩やかな起伏がいくつもあって、動かない波が立っているようです。
長靴の下にかんじきを着け、ストックを両手に持ちました。
持ち上げた左足を、そおっと雪面に下ろします。
ギュルルリィ、かんじきが沈み膝下くらいの穴ができました。ギュルルリィ、ギュルルリィ・・・、ゆっくり前進して振り返ると、雪面に小判型の穴がジグザクにできています。

           見上げると空は淡い水色

見上げると、空は淡い水色。
今日は、森の中を歩いてみるか。
ギュルルリィ、ギュルルリィと進んで行くと左右に枝を広げた樹のところに来ました。「ここにおいで」と言ってくれるいつもの樹です。
「来ましたよ」
心の中で樹にあいさつします。
広げた一番下の枝まで雪が迫っていて、その樹は雪に埋もれて窮屈そうにも逆に綿に包まれて暖かそうにも見えました。

すっかり雪に埋まっていました

かんじきを着けた足を上げては下ろし、何本もの樹の横を通り過ぎ、これまで入ったことのない森の奥にきました。
おや、これは。
小さな楕円と真ん丸の足跡がふたつずつ、スタンプを押したように雪面に続いています。
ウサギが通ったな。
楕円が後ろ足、真ん丸が前足の跡。ウサギはピョンと跳ねるとまず前足を着き、前足を追い越す位置に後ろ足を着くので、真ん丸ではなく楕円の方に進んでいきます。
何も考えなくても、かんじき足が楕円の跡を追い始めました。
ふたつ並んだ楕円は樹々を避け、雪原を横切って続いています。その足跡を壊さぬように少し離れてかんじき足を下ろしていきました。
緩い勾配の斜面を楕円は登って行きます。登り切ると沢と森を隔てる樹林に向かっていました

真ん丸の前にふたつの楕円が並んでいます

と、足跡が消えました。
最後の足跡のすぐ横には若い杉の木。高さが三メートルほどの杉の木は深緑の針葉に絡んだ雪の重みで枝をしならせています。しなった枝が雪に埋まり、幹と枝の間には直径が二十センチほどの穴ができていました。
ぼくは体を屈めて穴の中を覗いてみました。深さは分かりませんが奥の方は雪をかぶらない土があるのか黒く茶色く見えました。
ウサギはこの穴に入って行ったのだろうか。
足跡からすれば、穴に入ったようにしか思えません。
長い耳でぼくの足音を聞き取って、穴の中でじっと丸まっているのだろうか。そして、これまで聞いたことのない足音が遠ざかっていく時を辛抱強く待っているのだろうか。
ウサギに会ってみたいと思いました。いや、会ってはいけないとも思いました。
ぼくは森の掟をまだ知らない。
それが分かる日が何時か来ると願います。
ぼくは足音を殺して穴から離れました。


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