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ほんとは怖いけど、森の中にいたんだよ

森の中にいたいなあ。
身体の中でそんな声がする日が数日続きました。
仕事を午前で切り上げて、知り合いの坂もっちゃんの森へ。
「何しに来たの?」
「何も。ただ森でじっとしていたいだけなん」
森の中を少し案内してくれた坂もっちゃんは「じゃ」と手を上げて事務所に帰って行きました。

一人で森に入ります。
坂もっちゃんの森はたくさんの人が自然遊びにやって来る森ですが、今日はぼくだけの貸し切り。
昨日降った雪が地面一面に残っていて、ひんやりした空気に包まれています。樹々たちの枝にも薄く雪が被さっていて、溶けだした雪水が地面の雪に小さな穴をたくさんつけていました。
「ここにおいで」と枝を広げた樹のそばにタープを張り、中に銀色のシートを敷きました。

               三角のタープを張りました

シートに尻を下ろします。たちまち厚手のスキーズボンを通して雪の冷たさがキューンと浸み上がってきました。
「どれ」と思い切ってシートに寝ころびます。
グジグジッと背中が地面の雪を押す音がします。地面の雪がぼくの背中の形になって寝心地よさを感じたので目を瞑りました。
地面はこんなに冷たいのか・・・
じっとしていると冷たさが薄らいできます。ぼくの体温と雪の冷たさが混じり合って身体と地面の境目がなくなっていくようです。

そっと目を開けました。
タープの中からは森の西側に立ち並ぶ樹々が見えます。西に傾いた陽はまだ高く樹幹を照らしていました。
ミズナラたちの木肌にはひび割れのような縦じまが走っていて、斜め上に伸びる枝はすっかり葉を落としています。
太い枝から分かれて伸びる針金のような枝には、まだ茶色い枯葉が付いていました。
ザザザッ・・・サラサラ・・・
細い枝にしがみ付いていた雪の塊が陽光に炙られて地面に落下しました。
途中、何本もの細い枝にぶつかっては砕け、地面に行くほど千切った紙片のように広がっていきます。その雪片を追っかけるように茶色の枯葉がハラハラとおくれて落ちて行きました。

西日が優しく樹々を照らします

樹々の間に西日が入って樹幹が黒い影に見えてきました。
タープの中で横たえたぼくの身体は地面に落ちた枝のように見えるでしょうか。
目を瞑りました。
ポタパタとタープを叩く雪水の音。
ザザザッ・・・と枝から落ちる雪の音。
それらの音に慣れたころ、ザンッと大きな音が近くでしました。
思わず目を開けました。
雪が落ちたのだろうよ。
そうは思ったのですが、もしもと思い直し、起き上がりました。
タープからそおっと顔を出し音がした方を見ます。
イノシシも猿も鳥も、動くものは何も見えませんでした。

やっぱり怖いのですね。
本当は、この怖さを感じたくて森にやって来たのだと思います。

1時間半ほどして、タープを鞄に詰めました。
西日は森の樹の根っこ辺りまで沈み辺りは薄暗いです。
「また、来ます」
一礼してぼくは森を出ました。


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