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雪ふる森へ

昨夜から雪が降り続いています。
森はどんな表情だろう。
お昼過ぎ、雪が止んだ隙間に森に行きました。
心が弾むわけではありません。でも、気持ちが森に向いている自分を自分自身がちゃんと分っていました。

長靴の下にかんじきを着け、両手にストックを持ちました。
森は標高600メートルにあります。降り積もった雪は30センチを超えているでしょう。ギュリッ、ギュリッと新雪を踏みつけて森の入口に来ました。

かんじき゚を着け、ストックを握って新雪の道へ

若い樹も老いた樹も平等に雪をかぶり、その重みで細い枝をしならせています。
樹々の間の空気は白くもやっていて、森がどこまで続いているのか分かりません。
「今日も来ました」
いつもの樹にあいさつし肩から鞄を下ろします。以前タープを張ったその樹は枝を左右に広げ「ここにおいで」と言っているように見えます。
かんじき゚の足で雪面を畳半畳ほど踏み均します。銀色のシートを敷き尻を下ろしました。
新しい雪の中にいると寒くありません。手袋を取って掌を顔に押し付けました。頬は温かさを感じ、掌は冷えた頬の温度を受け取ります。
たたたっーん
指の隙間から窺うと、真ん前の樹の枝にへばり付いていた雪塊が雪面を叩いた音でした。サラサラと粉雪が舞い落ち、その上の方でさっきまで雪塊に押されていた枝が上へ下へと揺れています。

胡坐をかいた黒いスキーズボンにビーズ玉くらいの雪片が降りてきます。その雪の子どもは溶けて小さな水球になるとつうとスキーズボンの局面を滑ります。中にはズボンにできた窪みに溜まっていく球たちもありました。
ウインドウブレーカーのフードを被っているので前しか見えません。
瞬きをすると、動く睫毛か眉毛かがフードの内側に擦れコソコソと小さな音を立てます。
後ろの方で雪が落ちました。
思わず身体をひねってそちらを観ます。
動くものはありません。
右奥の方からガサガサッと聞こえました。
足音か?
じっと待ちましたが、その音は続きませんでした。
こんな昼間から動き回る動物はいないだろう。
もしいても、ウサギくらいか。
高をくくって目を瞑りました。
キュルル
風が枝を巻いているのだろう。
カサカササ
隈笹は雪に埋もれているはずだが・・・。
大丈夫さ。ぼくはじっとしたまま耳だけを使いました。
耳に入る音は生き物たちが立てる音に思えます。
だが待てよ。
これまで森の生き物たちの足音を聞いたことなぞあるのか。
ないな。
森の中の音をびくびくしながら受け留めるぼくは、まだ本当に森の中に入っていないのじゃなかろうか。

少し可笑しくなって目を開けました。
胡坐をかいたスキーズボンが白くなっています。
見上げると枝の間からふわりとした雪片が降りてきます。
また本降りになりそうです。

     甘い紅茶を魔法瓶に埋めました

そうだった。
魔法瓶に紅茶を詰めて持ってきたことを思い出しました。
植村直己は北極探検の時、砂糖をたくさん入れた甘い紅茶を飲んだ。
植村さんを真似て作った紅茶ですが、甘すぎず甘く、ぼくの気持ちは緩んでいきました。
「今日はここまでだな」
枝を左右に広げた樹に一礼して、ぼくは森の入口へ歩き出しました。


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