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西日の当たる森
快晴、雨天と続いた次の日です。
夕暮れ前でしたが森に気持ちが向きました。
仕事の疲れは全くありません。
かんじきとストックを持って森の入り口に立ちました。
森をつくる樹々たちはすっかり雪を落としています。どの樹も久しぶりに雪の重みと冷たさから解き放たれ、天に向かって思い切り背伸びしているように見えました。
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一礼して森に入ります。
昨日一日雨に打たれた雪面は、増してきた冷気に固まりつつあって、かんじき足に噛みつきます。ザリッ、ザリッと荒いザラメを踏む音が耳に返ってきました。
森の中は薄暗く、葉を落とした樹々たちは黒くやせ細って見えます。その樹々たちの後ろに立つ樹々たちは更に細く見え、奥にいくほど白い空気が濃くなって樹々の線がぼんやりとしか見えません。
顔を上げると重なり合った枝の間から薄い青空が見えます。針金のような細い枝たちはネットのようで、冬の空が広く見えました。
黒い幹の上の方が薄い橙色になってきました。雪面にはぼくの横に立つ樹の黒い影ができています。
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振り返ると、雲が切れて西日がモヤモヤと射しています。目を細めるほどではありませんが、掌で庇をつくって光線を浴びました。
「夕暮れまえに森を温めているのかい」
ぼくは白い雪面にできた樹影の縞模様の上を歩きます。そうしようとは思わないのに、西日に向かって、明るい方へ明るい方へとかんじき足を振り出していきました。
足元から小さな枝先が顔を出しています。
屈んで、枝先を引っ張りました。10センチほど枝が雪の中から現れましたがそれより根元の方はガッチリ雪に固められています。少し力を入れると、柔らかい枝がピンッと張って「痛ぇじゃねえか!」と言っています。
「すまん。こりゃ迷惑千万だな」
ぼくは枝が埋まった雪を掘り返します。湿ったザラメの中から枝分かれの小枝をもった枝が現れました。
枝分かれの先には芽が付いています。
まん中に鷹の爪のような形の芽、その左右に球形の芽が付いています。
クロモジの冬芽でした。
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立ち上がって視線をめぐらすと、クロモジの枝がここにも、そこにも雪面から伸びています。
何だか嬉しくなってきて、たくさん冬芽を付けた枝の横に屈みました。
素手で冬芽を触ってみます。
鷹の爪型の芽は春のはじめに葉になる芽で、少し赤みを帯びた三枚の皮で包まれています。親指と人差し指でそおっと摘まむと微かな弾力が伝わってきました。
左右の球形の芽は花の芽です。ツルツルした表皮の先んちょは少し尖がって、弾ける前のザクロの実に形が似ています。
もう一度、まん中の葉になる芽を触りました。指先に返ってくる微かな弾力に芽の中の幼葉が生きていることを感じます。
立ち上がると、雪面にあった樹影がなくなっていました。
クロモジの芽が開けば、折った枝や葉からは甘い香りが漂ってくるのでしょう。
「春になったら、爪楊枝用に枝を一本、もらっていいかな?」
クロモジは答えません。
ぼくは静かに森の入り口へと向かいました。