一流のアスリート
私はスポーツとはおよそ無縁である。
しかし、大学で体育は必修科目だったから、何かしらの科目を履修しないと卒業できない。
ボクシングを履修したのは、くじ引きで負けたからである。
この科目のメリットは、合宿に参加すれば半年で単位が取れたことだ。
師走の一日、合宿所に赴くと、夕食後に教官である教授が「よーし、明日はまず朝からサッカーだ」と宣言した。飲み慣れぬビールをたらふく飲んだ私たちは、唐突な宣言に面食らった。
教官は元五輪選手である。私たちが生まれたころ、1ドル360円の時代に国費で世界大会に派遣された輝かしい経歴の持ち主だった。
サッカーとボクシングに一体どんな関係があるのか、サッカーはボクシングの肥やしになるのか、説明はなかったが、言い渡された以上は従わざるを得ない。
昧爽5時半、疎林の向こうに陽光の差しそめたグランドの表面は一面の霜柱に浮き上がりフコフコに乾いている。踏めばザクザクと崩れて、びっくりするほど長い透き通った霜柱の腹が朝日を受けてキラキラと輝いた。
はく息が白い。
このスポーツ施設は常磐炭田の跡地に造ったのではないかと思う。
付近には、かつて蒸気機関車の大きな車庫があったはずだ。私はみんなの息が等し並みに白いのを見て、往時機関区にたむろしていたSLの群れさながらだと思った。
ウォーミングアップのランニングの途中、幾人もの同輩が離脱して倒れ込んで、げろを吐いた。
見渡せば、グランドは馬鹿馬鹿しいほどに広い。
半ば遊びのような、こんなゲームにまともに取り合う気持ちなどさらさらなかった。
私はグランドを目視で見当をつけ、6つだか8つだったか、勝手に区切って、誰にも断らず、ここは自分のエリアと思い定め、とにかくそこに入り込んだボールは絶対敵に渡すまいと心に決めた。
シュートを決めよう、などという野心はこれっぽっちもない。専守防衛の構えである。
ボールを蹴るのは、平安貴族の末裔ならぬ私が試みるところではないと悟っていたから、専ら闖入者の足ばかりを狙い、脛を、踝を、ふくらはぎを、アキレス腱を、蹴って蹴って蹴り飛ばした。足が間に合わなければ、上体をぶつけ、覆いかぶさり、敵がボールの主導権を握ることだけは徹底的に阻止した。
自分がされたら嫌だ、と思うことにのみ全力を傾注した。
私は狂犬を真似ようとした。
結果を追求しない、素人ばかりの、所詮仮初めのゲームだったから、私の戦略・戦術の異常さに気づく者はなく、或いは気づいた者がいたかもしれないが、身内からの注意も、敵陣からの抗議もなかった。
そう推察していたから、卑怯な振る舞いを卑怯とは考えず、自由に戦ってみたのだった。
どっちが勝ったか負けたか、もう覚えてはいない。
私は実に清々しい気分でゲームセットを迎えた。
なるほどスポーツマンシップとはかようなことか、と勘違いを勘違いと意識しつつも、ひとり秘かに陶然とした。
試合終了後、元オリンピアンの教官は、私をつかまえ、
―お前、なかなかうまいな。高校でサッカーをやっていたのか
と訊ねた。
評価されたことに驚いた。
―ほんのちょっと齧っただけです
高校3年間に私がサッカーをやったのは体育の授業の延べ4時限に過ぎなかった。
高校の教師は、戦の折に捕えた敵将の首を狩り戦勝の証として自分たちのお城まで蹴り飛ばしながら帰ったのがサッカーの起源だ、と教えた。
雨の日があった。雨だから中止などということはないのだとも教えた。
野蛮にルールをかぶせて作った競技であれば、無論雨など物の数ではないだろう。
前髪から雫を垂らしながら、次の授業、数ⅡBの教室に急ぐばかりだった。
もっとも数学の授業には身が入らなかった。
蕪村の
鳥羽殿へ 五六騎いそぐ 野分かな
という好きな句に、功を急ぐイングランドの首狩り武者の姿を重ね合わせる妄想に耽っていたからだ。
―どこの高校だ?
出身校の名前を告げた。当時の日本サッカー界の「重鎮」が出た高校である。
ボクサーだった教官ももちろんその校名は知っていて、
―やっぱりそうか。そんなところだろうと思った。お前は足が頭とひとつだった、と深く頷いた。
本来のリング上でボクサーたる私のファイトを、教官がどう見ていたかは知らない。
彼は私の評定に「優」をつけた。
はるか後年、サッカー界の重鎮は、私の子が通う幼稚園の運動会に来賓として出席した。
豚児は大太鼓を敲いて得意満面、さして広くもない園庭をぐるぐると行進した。持ち前の笑顔に、手を振る観客席の方々から、名前を呼ぶ声や、かわいい、などと歓声が挙がった。
レジメンタルタイを締め、胸に大きな花飾りをつけた重鎮は、齢80に近かったはずだが、わざわざ席を立って、しゃがみこみ、笑顔で豚児の肩を抱き
―君は太鼓がうまいな
と言った。
私は、はたちの自分の体験を重ね合わせて、なるほど一流のアスリートというものは、種目の違いを超えて、後進の才能を見抜く眼力を備えているものらしいと、つくづく感じ入った。