断章 days ー夕暮れの諧調ー
わが親が盗みを働けば、即ち私は泥棒の子になるだろう。
わが配偶者が詐欺を働けば、即ち私は詐欺師の連れ合いになるだろう。
わが子が人を殺めたら、即ち私は人殺しの親になるだろう。
自画像は、いともたやすく、問答無用に更新される。
私のプロファイルを決めるのは、私自身ではない。
鏡の中の自分に、そう言い聞かせる。
さはさりながら、わが親、わが配偶者、わが子に、私より愚かな者はいないようである。
彼らに囲繞せられて、私は鉄壁の手詰まりの中、途方に暮れて、蹲ってしまう。
或る日の夕べ、退勤間際に、私は所管する野球場の鍵を開けて、グラウンドに歩み込んだ。
係長たる職責に基づき、マウンドの高みに立ち、ぐるりを見渡し、異常がないかを検める。
業務は終えた。
続いて、徐に地面に仰向けに横たわった。
見上げる都心のグラウンドの空の、なんという広さ。
高層ビルの影すら、ここには及ばない。
ピッチャープレートの感触を、肩甲骨の下に確かめながら、手足をX字型に突っぱらかして、地団太を踏んでみる。
頑是ない子供のように、じたばた、じたばた、と四肢を振り乱す。
見たことはないが、あたかも毒を盛られた人の、絶命直前の痙攣のように。
昨夜、数万人の観客の熱狂を飲み込んだスタジアムに、今は人っ子一人いない。
観客席は、すでに青黒い影にひたひたと侵されて、しんとしている。
私は、世界と和解できるだろうか。
世界よ、お前は一体どうなんだ。
一片の雲の影すらない、夕暮れの空の、この彩りはどうだろう。
心吸われて、息もつけない。
その諧調の華麗な移ろいに、しめた、大事なことは、しばらくそっちのけで放っぽっておこう。そう思いつく。
ボニデ、ボニデ、心の中で念仏を唱え、あたかも我を忘れた人のように、私はいつまでも、名残の夕映えにすがって、目を瞠ることを止めずにいた。