里見八犬伝まとめ
子供の頃に里見八犬伝を読もうとしたが挫折した記憶がある。なので読みたい。と思っていた。今なら読めるだろうか?しかし幼い頃に読んだ通り、登場人物が多く覚えられない。なのでメモしながら読みたい。そんな記事。
里見八犬伝は、滝沢馬琴が28年かけて完成させた長編小説である。
手元にある数冊の本、どれもエピソードが抜けているのでわかりにくかった。それらを補いながら追加した。
しかし、たぶん原典はもっともっと長い。
やってるうちに、本編の縮小版のようになりました。やってるうちに足りない話を別の書籍で補っています。
5万文字になってしまった。
では、いってみましょう。
時代背景
世は京都の足利将軍がおさめる室町時代。江戸はまだ開かれていない。1458年に姫は16歳という時代。鉄砲伝来以前。
太田道灌が江戸城を築城するのが1457年である。
房総半島南の安房の国には、「安西景連」と「里見義実」というふたつの殿様があった。
伏姫と八房
八房
里見家では犬を飼っている。犬は黒く、牡丹のような白いフサフサが8つついているので八房と名付けられた。黒ブチの大型犬である。
房総半島の「富山」のふもとで産まれた犬。通常犬の出産は数匹で産まれるところをたった1匹だけ生まれた大柄な犬である。生まれてすぐに母が狼にかみ殺されたが、不思議なことにメスのたぬきが乳をやりに里に降りて、毎日飲ませて育てた。
噂を聞いて里見義実に城に連れてこられた。
伏姫
里見家の娘伏姫は3歳になっても、声を出さない娘だったので、心配した母が洲崎明神に願掛けをした。房総半島西南の神社である。役小角がこのあたりで霊験をあらわしたので神社が建てられた。ここは安西領なのだが、母五十子は無理を言ってお参りに行く。
7日7晩一心にお参りをすると、帰り道で仙人のような白髪の老人にあう。
「この子はたたりをうけている。この数珠を進ぜよう、これからも神仏に祈るがよい」
老人は立派な水晶の数珠を首にかけてくれた。母が両手を合わせて深くお礼を述べるが、顔を上げた時にはもう老人はいない。幼い姫も深く頭を下げ、
「おかあさま…」と初めて母に呼びかける。声が出るようになったのだ。
弟に里見義成がある。
神秘の数珠
数珠は水晶でできており、108個の玉が連なっている。数とりの8つの大玉に
《仁》《義》《礼》《智》《忠》《信》《孝》《悌》
という字がほの白く浮かんでいる。
安西と里見の戦い
安西領で飢饉があった時、里見は安西へ米を送った。次の年、里見が飢饉にあい米がとれなかったので、里見は金碗孝徳を、安西へ使者として立たせた。しかし安西の軍は里見の城を奇襲し、とりかこみ兵糧攻めを行った。
金碗孝徳
金碗は里見から伏姫の婿にしたいと思われるほど信頼の篤い男だが、その知らせを聞いて安西の者たちは里見を攻め滅ぼそうと軍をあげる。使者の役割は失敗したのである。
金碗は安西を説得できなかった不甲斐なさから、国に戻るより鎌倉の副将軍に安西の不法を訴えようと鎌倉に向かった。
八房と里見の約束
里見の殿様は八房を見ていた。
「お前がもし安西景連の首を持ってきたら、なんでもしてやるのだが」
八房は、この時人語がわかるような眼差しを殿様に向ける。
「そうか、もしそんなことができるなら、うまいものをたらふく食わせてやる」
八房は顔をそむける。
「うまいものより領地か?領地をやろう」
八房はまたも首をふる。
「では娘をお前の嫁にやろう」
八房はうなづき、いっさんに駆け出す。まさか犬にできるはずはない。
殿様は、家臣と最後の軍議の中、いよいよ戦に出ると決意したが、なんと八房は安西の首をくわえて軍議の中に姿をあらわす。
里見は急いで出陣し、安西を攻め返す。主を失った安西はすぐさま逃げ出し、もともとやましい出陣であるゆえ降服し、領地はすべて里見の治めるところとなった。
約束の果て
八房は伏姫と結婚できると思っているが、里見は犬と娘が結婚するはずないと思う。里見は約束を反故にしようと考えている。
戦が終わって一年以上たつが、里見は八房を大切にするが、姫からは遠ざけるように命じていた。
八房はそんな里見が許せない。日に日に情欲にかられ狂暴になり伏姫をさらって逃げようとする。
里見はそんな狂犬を生かしてはおけぬ、槍で殺そうとするが…
伏姫はそんな里見の槍先に袖をかざし、八房をかばう。
「この家が栄えるのもこの八房あってのこと、わたしは八房のもとへまいります、恩をあだで報いるくらいなら、いっそ自害いたします」
伏姫はその場で泣き崩れる。
その夜、伏姫は白装束に法華経と水晶の数珠を持って、八房の背に乗って旅立つ。
伏姫は八房に
「約束なればこそ今からお前のもとにゆくが、もしおまえが、人と畜生のさかいを忘れることがあったら、みよ、この懐剣が、ものをいいますぞ」
八房は誓うように遠吠えをする。
里見は忠臣のひとり蜑崎輝武に後を追うように命じるが、蜑崎は翌日、富山を流れる川の下流で死体として発見される。
悲しい最後
金碗は、不甲斐なさから城に戻れずにいた。しかし八房の横暴と蜑崎の死を聞き八房を殺すために山に入った。
父里見義実もまた、偶然同じ時期、伏姫を探しに富山に入る。
伏姫は谷川のほとりに自然にできたであろう岩屋の奥で一心に法華経を読み続けていた。八房はつのる恋慕をぐっと抑えて法華経をじっと聴き、姫のために木の実をとって食べさせていた。すでにその目に欲望の色は無く浄化されている。
金碗は遠くに法華経の声を聴くが、霧が濃く進めない。
「南無、洲崎大明神。なにとぞこの川霧をはれさせたまえ」
祈りが届くと霧が晴れ、川向うの岩屋が見えてきた。伏姫と八房もいる。
「おのれ、八房め、いまこそ」
金碗は鉄砲のねらいをさだめ、ずどんと一発うつと、みごとに八房に命中した。
喜び勇んで川を渡ると、弾は八房を貫通し伏姫の胸も貫いていた。
「姫ぎみ、お許しください…八房を憎むあまり主君の最愛の姫ぎみまで、あやまって手にかけてしまうとは。今すぐあの世におともして幾重にもお詫びいたします」
金碗が小太刀を抜いて腹につきたてようとしたとき、矢が金碗の右ひじにあたり、小太刀をとりおとしてしまう。なんと矢を放ったのは主君、里見義実である。
「その心はくもう、犬を殺して姫を救えるものならなぜ私が1年もためらうものか、ふびんな姫、そして不憫な孝徳、お前もふびんなやつじゃ」
父が涙すると、伏姫がふしぎなことに目をひらく。
「父上、金碗さま、私は、身も心も清浄で、今あの世から仏のおむかえをうけております。心のきよさは、かねてからしたためましたこの遺書に、また身のきよらかさは…」
そう言いながら姫は自分の小太刀をとり腹にぐさりと突き立て、ぐっと右に引く。どこにそのような力が残っていたかと思うほどである。死して犬の子を孕んでいないと証をたてたのであろうか。
伏姫の腹から白いもやがたちのぼり、首にかけている水晶の数珠をつつむようにして宙に持ち上げ、月明かりの空高くに登って行くと思うと、小玉がパラパラと降って来る。大玉は落ちずしばらく空を飛び交っていたがやがて一斉にそらの八方へわかれて姿を消す。
旅立つ金碗
「殿、これはまさしく神仏が姫君のきよらかさを告げられたものに相違ございません。私の忠義は八房にも劣るこの金碗、これより『ゝ大』と名乗り仏門に入り姫の菩提を弔うために八つの玉の行方を追い、終生姫の冥福をお祈り申し上げたいと思います」
そう言って金碗はまげをざくりと切り落とした。
父義実は
「伏姫の伏の字こそ、人にして犬にしたがうという因縁のある字なのに、娘にその名をつけた私の愚かさこそ責められるべきだ。伏姫、ゝ大よ、私を許してくれ」
そう言ってまた涙を落とす。
岩屋のほとりに伏姫を弔い「義烈節婦の墓」と名付けた。
少し離れたところに八房も弔い、「犬塚」とよぶことにした。
ゝ大は城主里見を山のふもとまで送ったのち49日そこにとどまって伏姫を弔った。その後、八つの玉のゆくえをたずねて、全国を行脚するのである。
第一の玉、犬塚信乃戌孝
伏姫の死から9年後、応仁元年、今日の豊島区大塚に、犬塚信乃という少女がいた。少女は4つの足先が靴下のように白いおおきな犬与史郎にまたがり、近所の子供達を従えていくさごっこをする。信乃は侍の子で軍略にすぐれ、木に登って古い扇をかかげ子供たちに「鶴翼の陣!」「魚鱗の陣!」と号令をかける。いつも信乃のいる方が勝利するので一目置かれているが、負けた側はくやしさから信乃に「やあいふぐりなし!」とからかう。
信乃の母手束は身体が弱く、3人の兄は幼くして死んだため、四人目の子信乃は女として育てようと神仏に願をかけた。そのため女として育てられるが、まわりの者は信乃が男であることはみな知っていた。
やがて母の容態が悪くなると、子供たちは信乃を遊びに誘わなくなる。信乃は家を助けて薬をとりに行ったりするようになったからである。
信乃は母の命がながらえるならば私の命を減らしてもよいと、不動の滝に水ごりをし、願掛けをしていたが、あやまって滝つぼに落ちる。
「危ないところでした」
すんでのところで隣に住む百姓の糠助に助けられ息も絶え絶えに家に帰り着く。
母はなんと孝行な息子だと感激し涙を流し、信乃の産まれを話す。
「不動の滝の弁天はお前の生まれるまえにこの母が願掛けしていたところなのよ。帰り道で犬がじゃれついてきたので連れて帰ろうと拾うと、夜明けの空の、紫色にたなびいた雲の中から犬に乗った女神様があらわれたので、おどろいて思わず頭を下げて拝んだの。女神さまは私に近づいて玉を投げたのね。私は玉を拾おうとしたんだけど、もう女神様も玉も消えてたのね。夢じゃなかったと思うわ、玉が落ちる音も聞こえたもの。その時の犬が与史郎、そしてそういうことがあってから産まれたのがお前なのよ、信乃」
信乃の父、犬塚番作
信乃の父、犬塚番作は鎌倉公方足利持氏に仕えていた。京都で将軍職につく足利義教とは親戚にあたる。
しかし京都の将軍と東方を平定する鎌倉公方は険悪で、持氏の父、足利氏満の頃から、鎌倉がたは京都に対して対抗する心があった。
しかし持氏は永享の乱と呼ばれた戦闘に敗れ、茨木県西の結城城まで落ち延び自害する。残った息子たち、春王丸、安王丸は京都に護送される。
結城城での戦いではかの里見義実の姿もあった。
犬塚番作はまだ幼い春王丸、安王丸をお救いするために行列の後を追った。背中には番作の父が副将軍から賜った名刀「村雨丸」がある。
しかし警護は堅くなかなかチャンスがない。美濃の垂井まで追う(関ケ原のほどちかく)が、京都将軍家で足利義教が暗殺されると、二人の遺児は首を切られることになった。
その情報を番作が知ったのは事が済んでからのことである。番作は竹垣をやぶっておどりこみ、両若君の首を奪い取るや、宵闇に乗じて逃げのびた。
このとき4歳だった永寿丸、あるいは万寿丸は処刑を免れ、のちに第五代鎌倉公方 足利成氏となり、のちの関東戦国時代の下地を築く。番作の主君はこの成氏となるが、このときまだ行方は知れない。
番作は足のかぎり木曽の山まで逃れ、涙のうちに手厚く葬り、そこで妻となる手束と出会う。
番作と赤岩一角
赤岩一角は、古河の城に仕官するために3年大塚村に住んだ。息子の名前は赤岩角太郎。村で寺子屋のようなものをやっていた番作と気があい、親子でともに鍛錬した。
番作は足が悪いが、道場では一角と互角以上に打ち合った。しかしある時の勝負で番作は体を痛め、そこから少しづつ弱り始めた。
赤岩一角親子は、渡し守安平の船で北に帰った。
番作と蟇六
結城の合戦で体を痛めた番作は郷里大塚へ戻るが、鎌倉方だったこともあり名を「犬塚」と改め身をかくす。元来大塚は番作の父が治めた土地だったが、腹違いの姉亀篠が、わるがしこい村長弥々山蟇六の妻に収まったがため、土地をすべて奪われてしまった。
番作にとって蟇六は義理の兄でもあるから、黙って従ったのだが、蟇六は番作が恐ろしく、また憎くもあるため、いやがらせを重ねた。
ついに、下男を集めてひそかに命じて、番作の飼い犬、与史郎を叩き殺すように仕向けた。そして役所の書類を踏みつけたなどと因縁をつけ、「村雨丸」を差し出すように要求してきたのである。
番作の死と孝の玉
重度の怪我を負った与史郎を手当し、番作は息子、信乃を呼ぶ。
父が手に持つ村雨丸は、敵を切れば白刃からひとりでに水気がほとばしり、血潮を洗い清める。それはさながら村雨が梢をはらい清めるさまに似ていたため、村雨丸と名付けられた。
番作は信乃にここまでの事のなりたちと、元来の主君足利成氏が結城に近い古河の城にいることを伝える。
「信乃、もともとこの村雨丸は鎌倉副将軍家の宝刀。おまえはこれをいずれ古河の足利成氏公におかえしして、身を立てるがいい。そして犬塚信乃戌孝と名乗るがよい」
そう言って腹に村雨丸をつきたて横一文字に引き切った。
与史郎のうめきごえも聞こえる。主人の冥土のともをするべく息をひきとるのか。
戌孝は心で「与史郎ゆるせよ」と首を落とすと、犬の血潮の中から白く光る玉が飛んでくる。中には「孝」の文字。いまいましい。両親を失ってなにが孝か。戌孝は庭石に投げつけるが不思議とふところに戻る。3度投げても3度とも懐に戻るではないか。
惑わされてはならん、自分も父の後を追って死のう。そうして父の亡骸の横で腹を切ろうとするが、自分の腕に牡丹の形をしたあざができたことに気が付いた。妙なこともあるものだ。しかしそれがなんだ、われとわが心をしかりはげまし、村雨丸を腹につきたてようとしたとき、再びとなりの百姓糠助に止められ命を救われた。
大塚の百姓糠助
糠助は子供がいた。子供がいたが、貧乏のため人に預けることになった。もとは里見領で漁師をしていた。子供の顔には牡丹のあざがある。ああ、どうしているだろうか。生きていれば信乃、お前さんと同じくらいの年齢なんだが。犬飼という名のさむらいに預けたのだ。行徳の方に住んでるはず、元気だったらいいのだけどなあ。そう信乃に話して聞かせた。里見ではご禁制の浜で漁をして投獄された。鯛の腹から水晶の玉が出たので息子のお守りにしてる。という話をする。
蟇六の娘浜路
蟇六の娘浜路は、信乃の事が大好き。いつか結婚しようと約束をする。
浜路は蟇六の本当の娘ではない。練馬家が扇谷定正に滅ぼされたときに逃げたものだという。本当の父の名は犬山道策兄の名は犬山道節と言うらしいが、扇谷のものが残党狩りをしているのでそれは秘密なのである。
信乃の父が切腹すると、もともと、土地を奪った卑怯な男と村でうわさされている弥々山蟇六は、体面のため信乃を養うことにした。もともと親戚だからというのと、信乃が浜路と結婚すればすべては自分の思うままになるだろうという算段もあるのである。
第二の玉、犬川荘助義任
伏姫を追って川に死体としてあがった蜑崎輝武。彼には親戚があり、伊豆の堀越公方と呼ばれる足利政知に仕官していた。あるとき殿様のあやまちをいさめて切腹を申し付けられ、妻と息子を残して世を去る。息子は犬川荘之助妻と息子は蜑崎を頼って伊豆から里見へ向かっていたが、母が病に倒れる。
厳しい冬の寒さの中、苦しむ母と暮れ行く夜。ようやくたどりついたこの大塚の村長屋敷の前で必死で戸を叩くがけんもほろろに断られる。
雪の中に突き出された母はそのまま死に、6歳だった荘之助はそのまま下男として、蟇六の家で働くことになり、名を額蔵とあらためた。
番作の死から、蟇六に信乃の世話と監視を言いつけられ、下男として接していたが、信乃の腕のあざ、そして水晶玉を見ることで、
「おや、坊ちゃんも玉を…」
自分の手にある「義」の玉を見せ、肩の牡丹のあざを見せ、実はさむらいの子であることを明かすのだった。
「犬川荘之介殿、知らないこととは言いながら、どうか下男としてあつかったことをゆるしていただきたい。あなたは私より年も上だし、私は弟、貴女は兄。おなじ牡丹の花のあざ、おなじ不思議な玉の縁で、これからは兄弟になりましょう」
「信乃殿と兄弟となるとはこんなうれしいことはありません。これからは犬川荘助義任と名乗ります。今は蟇六に仕える身ですがいずれ二人で立派に身をたてましょう」
すりかえられた村雨丸
蟇六は、扇谷の息のかかる大石家の者に、浜路を嫁にくれと
言われ困っている。あんなところに嫁にやるのは本当の娘でないにせよかわいそうだ。なんとか諦めてくれないか。そうだ。信乃戌孝
の村雨丸を自分のものにし、それを渡して色気を収めてもらえば、村長としての地位も盤石となる。そこで蟇六は、信乃戌孝を殺して村雨丸を奪う作戦を練った。家に出入りする浪人網乾左母二郎に命じて信乃戌孝を亡き者にしようとする。網乾左母二郎はひそかに浜路に恋心を抱いている。
「あなたももうそろそろ、二十歳におなりだし、村雨丸を古河の足利成氏公にささげて出世なさる時も近いだろう。明日にでも旅立つのなら滝の川の弁天さまにお参りしてはどうか。実は大石家のものが村雨丸をよこせと言っておるので、ここを離れた方がよいだろう。出立したとなれば先方も諦めるだろうし」
そう言うと、信乃戌孝は旅立ちを決意し、弁天に祈りをささげに向かう。帰りしな、蟇六は、網乾左母二郎とともに信乃戌孝をさそって川で漁をする。
渡し守安平の船であるが網乾左母二郎が櫂をとるらしい。
手元が狂ったと見せ蟇六は水中へ身を投げると、信乃戌孝は蟇六を助けに着物を脱ぎ水中へ。しかし蟇六は信乃を水中へひきずり込もうとする。その間、船の上の網乾左母二郎は村雨丸をすりかえる手はずだったのだが…、網乾左母二郎は村雨丸の美しさに魅せられ、自分のものとすりかえる。
信乃戌孝は、蟇六に命を奪われそうになったことはわかっているが、船の上で刀がすりかえられていることまではわからない。一日も早くこの弥々山蟇六の家から出ようと考え、次の日の朝、丁寧に礼を言い家を後にする。
古河への旅
蟇六が信乃戌孝の旅の供につけてくれたのは下男の額蔵である。義兄弟の荘助義任その人だった。
「きみはうらやましいな、古河城主の足利成氏公にお目にかかって村雨丸をささげれば、家臣になることは間違いない。俺はあいかわらず下男としていつというあてもなく機会を待たなきゃならない」
「そう聞くとなんとも心苦しくなく申し訳ない。俺が足利家に仕官したら必ず、きみのことを殿様なり家老なりに推薦しよう、ふたりそろって仕官できたら楽しいだろうな」
そのように語り合いながら城下町まで見送った。
「実は、蟇六はお前に追っ手をかけていたのさ」
「え、どこで?」
「俺がその追っ手だったんだよ、ほうびはいくらでもやる。そう言ってね、ほかにどんなくわだてをしているかわからないのでこうして君を守りながらここまで来た、俺は明日大塚村に帰るよ、きみを討ち果たしたと報告する」
「きみの好意がまったく、なんとお礼を言ったらいいかわからない。ありがとう、本当にうれしく思う」
こうして二人は別れの盃をかわしながらなごりを惜しんだ。
古河の城下町-古河城での申し開き
古河の城下町にて、信乃戌孝は家老に会う事がかない、明日城主である足利成氏に会う約束をとりつけた。その夜最後の名残に村雨丸を眺めようと刀に手をかけるが、いつもと違いジャリっと抵抗がある。抜いてみるとすっかり錆びついた刀だった。蟇六がすり替えたのか、信乃戌孝は腸が煮えくり返る思いで即座に大塚村に戻り蟇六を斬り殺してやりたいと思うが、明日足利成氏に会い、正直に言上しお許しを願い、再度村雨丸を取り戻し献上しよう。心を落ち着けて使者を待った。
古河城で、大勢の家臣たちにかこまれて、御簾の向こうの足利成氏に謹んで平伏した。
「犬塚信乃戌孝殊勝なことであるぞ」成氏公が語り掛ける。
「それでは、ご当家重代の名刀、村雨丸を」と、家老が促す。
「まことに面目次第もございませんが…」と、犬塚戌孝がここまでのあらましを答え、村雨丸がここに無いというが
「だまれ、よくもぬけぬけとにせ刀でこの城内深くまで入り込んだな。城の模様をさぐる扇谷家の間者に違いない。みなのもの、こやつをからめとれ!」そのように家老が叫ぶと、城内のさむらいが戌孝めがけてとびかかるが、戌孝はここでつかまるわけにはいかん、とっさに家来を投げ飛ばす。
「おのれ、御前をさわがす不届きもの、かまわぬ、討て、討ち果たせ」
家老がさらに檄をとばす。
足利成氏も声をかける
「はよう討て、犬塚なる家来はかつて耳にしたことがない。まさしく間者、はよう討ちはたせ」
その言葉に戌孝の状況を絶望的にする。城内のものたちはいっせいに刀を抜き八方から斬りかかる。
戌孝は屋根に上がって逃げながら追手をいなす。ついに三階建ての楼閣に近づく。これこそが利根川の流れを一望できる芳流閣である。
芳流閣の戦い-vs-犬飼現八信道
戌孝は城のものに追われ、矢を射かけられている。無我夢中で逃げるうち芳流閣の最上階を越え屋根の上に出た。地上から矢を射かけられてもここまでは届かない。屋根の上から関東平野を一望する。はるか北西から流れる利根川とその向こうに見える山々は、ぐるりと北関東を望み、南は関東平野を一望できる。
戌孝は屋根に腰をおろし奮戦のつかれをやすめながら、ゆうゆうと壮大な景色を眺めていたが、一人の若いさむらいが組み梯子をするすると登ってくる。それが犬飼現八信道である。
もともと理由なく主君に嫌われ牢に入れられていた信道は、ここが使いどころとばかりに牢から出され、戌孝にけしかけられるのである。
信道の手には十手、それを迎え撃つ戌孝の手には刀。壮絶な死闘のうちに戌孝の刀は折られる。
「よし、こうなるうえは組みうちだ。よき敵、こい!」
「おう、のぞむところだ」信道も十手をからりと投げ捨てて組み合って互いに力をつくしてもみあう。2匹の若鷲が争いあうさまにも似て屋根を転がりまわる。やがてもみあいながら空中へ投げ出され、利根川につないである小舟の上に水しぶきをあげながら落ちる。ちょうど綱がはずれたらしく、二人を乗せた船は利根川を勢いよく下流に流れ、城のものも負えない速度で見えなくなってしまった。
第三の玉-犬山道節忠与
犬山道節忠与は、忠義の男である。犬山家はもともと練馬家に仕えて、主君もろとも扇谷定正に攻め滅ぼされた家筋だが、必ずや主君と父の仇をとると心に決めている。ある夜、男女が夜道で言い合っている声が聞こえたがどうもただごとでない。
浜路と網乾左母二郎
ここは本郷、円塚山。
「浜路、いやな男と結婚するくらいなら俺と一緒になれ。この手の村雨丸があれば京の足利家に仕官することも叶うだろう」そう言って村雨丸を見せる男は、かつて村雨丸をすりかえた網乾左母二郎である。浜路が首をくくろうとするところをさらってきた網乾左母二郎は、浜路を説得しようとするのだが…
「それは戌孝様の村雨丸、おのれぬすっと浪人め」浜路は村雨丸をとっさに奪い取り網乾左母二郎に斬りかかろうとするが、すぐに太刀をもぎとりかえして浜路の再度の説得を試みた。しかし浜路はいっこうになびかないし、怒りがおさまる様子もない。
「かわいさあまって憎さ百倍、浜路、思い知るがいい」網乾左母二郎が浜路の胸もとをぐっと刺し貫くと悲鳴を上げてその場に倒れる。
同時に、網乾左母二郎もまた、それを見ていた忠与が放った手裏剣を、眉間に受けて即死する。
死にゆく浜路と兄忠与
忠与が娘を抱き上げ介抱しようとするなか、身の上を聞くと、どうもこの娘、我が実の妹浜路である。お前は犬山家の浜路。やっと会えたと思ったのにこのようなところで出会うとは。
「おい浜路、兄である証拠に牡丹の花のようなあざと、その中心のこぶを見せてやろう、なに聞いてない?」
「私はもう死にます、この村雨丸を戌孝様にお返しください」
「これが村雨丸…結城の戦いで犬塚番作が殿から預かっていたもののはず、なにその戌孝殿がその息子だと」
忠与と義任の戦い
この会話を聞いていたのが荘助義任、額蔵その人である。なんとか戌孝殿を殺したと蟇六に報告したものだろうかと思案していると、この兄妹の声が聞こえてくる。
「まて、くせもの」義任が刀をきりかける。
「はやまるな、私はこの娘のかたきを討ってやった兄、犬山道節忠与である、きさまこそ何者だ」
「俺はその浜路どのの暮らす弥々山家に縁あって暮らしている犬川荘助義任。村雨丸をあずかる当代の犬塚信乃戌孝とは義兄弟の契りをかわした仲である。浜路どのが命をかけて奪い返したこの村雨丸をもちさろうとするとは、たとえ兄というのが真実だとしても見逃せるはずがない」
たちまち二人で斬りあう。
いずれ劣らぬ勇士だが、どちらも引くわけにいかぬ。
「まて、俺は大望ある身、ここで命のやりとりはできぬ」
「ならば村雨丸を置いて行け」
「望みが叶えば返すというのに」
犬川義任の刀が犬山忠与の肩をかすめると、ぼたんのあざのこぶがやぶれて水晶の玉があらわれる。
「わからないやつだ」犬山忠与はそう言うとにわかに白煙につつまれそのまま姿を消す。忍術でも使うのか?義任はぼうぜんと立ち尽くすが、手には水晶の玉。よくみると自分や戌孝の持っているものと同じ。中の字は「忠」自分の玉とくらべてみようと思い、とりだそうとしたがどうやら「義」の玉を入れていた守りぶくろが無い。
戦いの最中に玉が入れ替わるとは。やつもまた我らの義兄弟なのかもしれぬ。
殺された蟇六村長
弥々山家に戻ると、血まみれのさむらいが屋敷から出てくる。どうやらやつは浜路の夫となるはずだった大石家の陣代。
「貴様は額蔵だな、主人は無礼討ちにしたぞ」
そう言われて屋敷を見ると、そこは弥々山家の主人蟇六、その妻、その他使用人が殺され、浜路の嫁入り道具がむざんに散乱しているではないか。
「なにをほざく、主人のかたき、かくご」
額蔵こと義任は、ふところの「忠」の玉の効果か、忠義の太刀筋するどく相手をひと太刀に斬り殺す。
間もなくあらわれた捕り手たちが「御用、御用」とさけびながらあらわれたが、おとなしく義任はとらえられた。すべての誤解は話せば解けるであろうと思っての事である。
処刑場の義任
「額蔵、きさまは下男の身でありながら浜路に恋心をいだき、花婿を見るや逆上して惨劇を作り出したのであろう」
あまりな言いぐさに義任も反論しようとするが
「よし、きさまは入牢だ。白状するまで打ちのめせ」
義任は牢に入れられ拷問を受けることになる。
毎日ひどく痛めつけられるが義任はけろりとした様子。
夜のうちに「忠」の玉を傷口にかざすと、不思議と痛みがひくのである。傷が治るわけではないがけろりとしている。
牢の役人はきみがわるいので早く死刑にするに限ると、はりつけの判決を下して巣鴨の処刑場に額蔵をひきたてた。
ああ、親のかたきをうつ望みも、犬川家を再興するのぞみもついえたか、俺は名もなき額蔵のままここで死ぬのか。義任は戌孝の事を想いながら処刑を待つ。
第四の玉犬飼現八信道
芳流閣の死闘のあと、小舟の中で気を失っている犬塚信乃戌孝と犬飼現八信道であるが、行徳まで流れ着き、旅籠屋である古那屋の文五兵衛の目にとまる。文五兵衛が船の中をよく見れば、小舟の中に寝ているさむらいの右の頬に牡丹のようなあざがある。良く知る男かもしれない。文吾兵衛が信道を起こそうとする。
「これ、あなたは犬飼現八信道殿ではありませんか?」
その言葉に先に目が覚めたのは犬塚信乃戌孝である。
芳流閣で死闘を繰り広げた相手が小舟の中で寝ていることに驚いたが、その頬に良く知る牡丹のあざがあることに驚く。文吾兵衛は戌孝にこの場所と自分の身とこの男の名を伝えると、戌孝もまた問いかける。
「もしやその信道殿の父は糠助ではありませんか?私の家の隣に住んでいてとても親切にしてくれたのですが、臨終に際して、自分にもあなたと同じ年齢の子があり、貧しく食うに困って身投げするところを、犬飼なにがしという侍に、私の家には子供がないのでという理由で助けてもらったと言っておりました」
「その通りです、犬飼なにがしという侍がわたしの屋敷に来て、子供を預かってほしいというのですが、わたしにも子があったので同時に育ててきました。あかんぼうの現八信道はまもりぶくろに『信』と書かれた水晶玉を持っていました。また、我が息子小文吾も赤子の祝いのときに碗の中に『悌』と書かれた水晶が浮かんできました。信道殿の顔に牡丹のあざがうかぶように、小文吾の腰にも牡丹のあざがなにかのひょうしにできたのです」
第五の玉-犬田小文吾悌順
行徳の古那屋の息子小文吾は、体が大きく相撲大会で行徳の代表として出場する。対する市川の山林房八は、妹のぬいを嫁にもらったこちらも体の大きな義理の兄である。義理の兄だが小文吾は手加減なく、年上の房八を投げ飛ばした。それを房八はうらみに思っているようだ。しかし、小文吾は根が優しいため、いさかいがないようにしたい。
行徳と市川のけんかの仲裁をたのまれ街に出た小文吾は、房八が出てくることを今かと待っているが一向にあらわれない。しかたない、今は手配者である犬塚信乃戌孝をかくまっている。むなさわぎがする。早く家に帰ろう。
戌孝の人相書きはすでに市中に触れ回られている。昨夜かくまったことを誰かが見ているともかぎらない。家に帰ろう。
捕らえられた文吾兵衛
古那屋では、戌孝が破傷風に苦しんでいた。犬飼信道も、店主文吾兵衛も、戌孝を布団に寝かせ、信道は
「芝浦の薬屋に破傷風の薬を売ってくれるところがあるというので行ってきます」
と、駆け出した。小文吾も信道も不在のなか
「古那屋のだんな、代官様から急な御用だ、すぐ来てくれ」
そう外から呼ばわる声がする。さては戌孝をかくまっていることがバレたのか。文吾兵衛が外に出ると
「神妙にしろ」4~5人の捕り手に捕縛される。
それを帰りしな見かけた小文吾は急いで役人のところにかけだしたが
「小文吾、いいところで出会った、きさまも同罪で引き立てるからそう思え」
さては発覚したか、文吾兵衛は小文吾にめくばせをし、小文吾は機転をきかせる
「もしそんなくせものがこの店に泊っているならば、ただちに召しとるなり、首をうつなりしてさしだしましょう、そうしたら父は許していただけましょうね?」
「うむ、なるほど承知した、ぬかるなよ小文吾、貴様にも一枚人相書きを渡しておく」
文吾兵衛はそのまま引き立てられ、その後姿を、小文吾は涙をうるませて見送った。
古那屋に入ると、戌孝は破傷風で苦しんでいるし、どうすればいいのだろうか。静かに尺八の音が聞こえてくる。これは宿泊している修験者念玉坊の尺八の音。その尺八の音が近づいてくるようだった。
古那屋の惨劇
古那屋の玄関先に駕籠が乗り付けられ、駕籠屋が店内を呼びつける。誰だこの大変なときに。小文吾が迎えに出るとそれは妹のぬいが、幼い息子大八を抱いて帰って来た。
「房八どのからひまをだされました」
なんと、それでは密告者は山林房八か。小文吾は怒りにふるえる。
「ぬい、すまなかった。山林房八は見かけが乱暴でも、もっとずっと情が深く頭のよい男とばかり思っていた」
そこに大声で怒鳴り込んでくる男がいた。房八の声である
「おおい小文吾、出てこい、おたずねものの犬塚信乃戌孝をかくまっているだろう」
「なんだ房八か、ふざけるのもいいかげんにしろ」
「俺は知っているぞ、おたずねものともう一人怪しい男をかくまったな、そこをどけ」
房八が土足であがりこむところを「待て!」と小文吾がとめると同時に刀に手をかける。
「お兄様、…あなた」
必死に間に入ってとめるぬい、大八を抱いている。
「なにがあなただ!ふざけるな!」そう房八が怒鳴りぬいを蹴り上げながら刀を抜くと、どうやらそれで大八は死んでしまう。
「大八や、大八や!」ぬいは気がふれたように大八をゆさぶるがすでにこと切れているようだ。
「小文吾覚悟」そう言って大八が小文吾に斬りかかるが、小文吾も怒りで房八が許せない。互いに殺気を放ち切り結ぶなか、ぬいはその様子に耐え兼ねて「ま、まって下さい」と割って入る。
「ぬい、ひっこめ」と兄小文吾。
「じゃまだてするな」と、夫である房八。
房八の方に手を伸ばしたぬい、それをはらいのけるようにして房八が刀をふると、そのはずみにぬいを切り下げてしまった。
「ああっ」悲鳴とともにぬいは我が子大八の後を追って息絶えた。
「おのれ!」怒りに震えた小文吾が房八の肩を斬り割いた。倒れ込んだ房八にとどめをさそうと近づく小文吾に、房八がかたりかける。
房八の思い
「小文吾、ゆるしてくれ、ぬい、大八、ふびんなものだ、これもすべて前世の悪徳の報いか」
「ひきょうもの、まだ俺を油断させるつもりか」
「妻と子供を手にかけるつもりは毛頭なかったのに、すまなかった」
あえぐように語り始めた房八は人がかわったようである。
「お前の家犬田家は、俺の家山林家と、安房の国にいたのだ。俺の祖父が、おまえの伯父を殺害していたので、俺たちの家は国を追われてこの下総まで流れてきた。どうかしてこの業をつぐないたいそう思っているうちにお前の家に犬塚信乃戌孝をかくまっているところを見た。よほどのことがあるのであろう、よく見れば戌孝の人相書きはどことなく俺に似ている。俺の首を持って代官所に行くがいい。そのために俺はお前に憎まれるようにふるまったのだ。そして父上文吾兵衛を救ってくれ。ぬい…大八…おまえたちはなんと不幸せなものどもだ、この房八を、悪い夫をどうかぞんぶんに恨んで憎んでののしってくれ…そうしてそのうえでどうか許してくれ。あの世でいずれすぐ会おうぞ」
息も絶え絶えにそう言うと、いつしか房八は息絶えた。
「房八どの…そうとは知らず俺はこの手で…」
まつりばやしの音が聞こえる。ただ小文吾は惨劇の中手をあわせていた。
そして思いついたことがある。
血気盛んな男女の血をあわせて用いれば、おもい破傷風に効く不思議な効果があると。ものはためしに小文吾は血を集め合わせた。もし本当に効くのならこのぬいの死も無駄ではなかったといえる。
戌孝のねている座敷に向かった小文吾は血の器を戌孝の上にとりおとしてしまう。血をあびた戌孝は、苦し気なあえぎがおさまり、ほどなく正気づいた顔を小文吾に向けたのだ。
第六の玉-犬江親兵衛仁
いつの間にか尺八の音が聴こえない。すべてを見ていた念玉坊。お上に真実を申し出るようならこの場で消さねばならぬと小文吾が身構えていると、当の念玉坊が侍をひとり連れて部屋に入って来た。戌孝の手にも緊張が走る。
念玉坊は語り始めた。
「拙僧の念玉とは仮の名、まことの名はゝ大であり、安房の国里見義実公の家臣である。この侍もまた蜑崎輝文殿。姫様おつきのものをつとめた蜑崎輝武の息子である。」
戌孝と小文吾はゝ大法師より伏姫と八房のことを聞き、また数珠は八つあるということを初めて耳にする。
二人は自分の水晶玉をとりだしゝ大法師に見せると、深い感動もただならぬさまであった。
彼らは人として生まれ人として育ってきたが、その不思議な玉のめぐりあわせを知ると、もしかしたら同時に伏姫と八房の間の子供なのかもしれぬと思えたのである。
「いずれ、八人の兄弟がそろったあかつきには、あらためて8つの玉をひとつの緒につらぬきましょう。それにしてもあとの玉はどこにあるのか」
ゝ大法師が小玉だけの数珠をもみながら、幼い大八の体をもちあげた。
「この子は死んだにしては生気が残っているような」
すると大八が息をふきかえし、その手のひらには「仁」の文字のはいった玉を握っている。
「大八が生き返った!」小文吾は喜ぶ。
「この子も八犬士の一人であるならば名乗りがほしいだろう、犬江親兵衛仁はいかがか」
そうゝ大法師が言うと、みなが良い名だとひざを打つ。
「では私もこの機に犬田小文吾悌順と名乗り武士の身分にかえることとしよう」
こうしてまつりの一夜にさまざまなことがこの古那屋で起こった。
犬江親兵衛仁はその後里見領で暮らすためにゝ大法師らとともに安芸に向かうが途中で丶大一行は暴漢に襲われ、親兵衛は神隠しに遭う。
義任奪還作戦
犬塚信乃戌孝は、かねてより義兄弟として交流していた犬川荘助義任に、新たに出会った犬飼現八信道と犬田小文吾悌順をひきあわせると、どんなに喜ぶかと思い、その日のうちに大塚へ向かった。午後には大塚村に到着しているが、ものものしい雰囲気で、弥々山蟇六の家は閉鎖され村人に効けば額蔵こと犬川荘助義任は主人殺しのかどで処刑されるとのこと。
巣鴨の刑場では、はりつけ台にしばりつけられた犬川荘助義任の姿があった。ふたりのものが槍を手に命令を待ち構えている。
「つけっ」
号令一下、二人のものが突きかけようとした瞬間、ひゅっと風をきって二つの矢が刑吏に命中し、二人は倒れた。
「犬川荘助義任殿!犬塚信乃戌孝が参ったぞ」
「同じく、兄弟の縁によって助太刀いたすは犬飼現八信道!」
「犬田小文吾悌順これにあり!」
おおうろたえの警護のものどもは、三犬士の太刀風に追われつつ逃げまわるほかなかった。相手はたった三人でも芳流閣の勇士と、士分復帰で意気の高い犬田である。警護陣はみるみるやぶられ、はりつけ柱から犬川荘助義任を助けおろし、そのまま北の方へ走ってのがれたのだった。
逃げる中、顔見知りの船頭安平に行き会い戌孝は助け船に乗る。「このような命がけの時にすまん」
船頭安平(姥雪世四郎)
船頭安平はもと犬山家に仕えたさむらいである。浜路をつれてきたのは彼だった。犬山といえば確かに浜路が兄の名を言っていた。
「あなたをお助けできて幸いです、命を助けるかわりに、というと図々しいですが、お願いです、信乃様、扇谷を滅ぼしてください。ちなみに川岸でこちらに戻ってこいと叫んでいる侍は私の息子、力二郎、尺八の2名です。私の名ももとは姥雪世四郎と言います」
「俺を助けたとなれば大石にいられまい」
「大丈夫、息子たちも今夜あなたがたをお助けして荒芽山に向かう予定です
。信乃さまも世をしのぶならば上野(群馬県)の荒芽山のあたりなどいかがでしょう、あのあたりですと私の女房音音と息子の嫁ふたりもおります」
「それはありがたい、ぜひともお世話にあずかりたい」
川岸を見れば二人の裸の侍が騎馬をあいてに奮戦中。
「あれがわたしの息子です、あなたがたは先に行きなさい、私は息子の首くらい拾って向かいます。いのちがあればまた会いましょう」
「かたじけない」
その後四犬士は下仁田の妙義山にさしかかり、犬川荘助義任が遠眼鏡でふもとを見ていた。そこに見えたのは、犬山道節忠与の姿である。なにやらただならぬ、思いつめた様子。さては、敵討ちの実行か。いまこの近くの白井の城に彼の仇扇谷定正が来ているはずだ。
扇谷暗殺未遂事件
犬山道節忠与は、忠義の男である。犬山家はもともと練馬家に仕えて、主君もろとも扇谷定正に滅ぼされた。その仇を今こそ討つ日であると心に決めている。
刀売りに扮して、忠与は扇谷の大名行列が通るのを待った。周りの町人が行列に平伏しものを言わないなか、刀売りはひとり
「さあ、この太刀を買わぬか。かわぬか」そう呼び立てている。
「おのれ無礼者」
「じゃまをするな!」
忠与は兵士らを投げ飛ばし、その間に扇谷の乗馬がすぐそばまできたので、忠与はあみがさを脱ぎ捨て乗馬の前に転げだし、うやうやしい態度で言上する。
「殿様、お願い申し上げます。これなるは村雨丸。天下の名刀でございます」
「なに、村雨丸?してそなたは何者だ」
「名も無い浪人ながら、仰せのままに。あえて名乗れば大出太郎と申すやせ浪人。とし老いた母の薬代にあてるため、やむなく太刀を手放す次第でございます」
「ふうむ、では村雨丸である証拠を見せよ」
「は」
刀売りがするりと村雨丸を抜くと、刀からきらめく水気がほとばしり、見るものに肌寒さをおぼえるほどであった。
馬上の扇谷定正も感心した様子で、
「うむ、いかにも村雨丸と見受けた。よし、望み通り予が買い取ってつかわそう。これへもて」
浪人大出太郎は扇谷に近づくと、足をつかんで馬からひきずりおろす。
「いかに定正、よくきけ。わがまことの名は、犬山道節忠与なんじの野心のため滅ぼされた練馬家の家臣犬山堅物の一子、忠与なるぞ。父のかたき、今こそ思い知れ」
そう叫ぶと、扇谷定正の胸元に村雨丸を力の限り突き刺したので、
「あああ」
悲鳴もろとも扇谷定正は、もろくも息たえた。
「くせもの!逃がすな!」
宿望を果たしたので、もはや思い残すことはない。討たれたとしても何を言おうか。数十人の敵を相手に村雨丸の白刃をきらめかせあばれまわったので、従者たちは主君の遺体を見捨ててわれ先にと逃げ出した。
「まて、臆病者ども、主君をみすてて逃れるとは何事だ」
「たわけめ、その首をよくみろ、その者は殿ではない、むざむざお前のあさ知恵にはかられると思うか」
「むねん、はかるつもりでかえってはかられたか」
歯ぎしりをして悔しがる犬山道節忠与。白井城からさらに増援が来るのが見えた。
ここまでか、ここで死ぬわけにはいかなくなった。その時
「犬山道節忠与どの、犬川荘助義任が、兄弟もろとも、味方にはせつけましたぞ」
「つづくは犬塚信乃戌孝」
「犬飼現八信道」
「犬田小文吾悌順」
その声もろとも敵の囲みがみるみる崩れ、顔見知りの犬川をまっさきに、強い勇士たちが味方にあらわれたので、犬山はどれほど喜び奮い立ったことだろうか。
「かたじけない、おのおのがた。いざともに」
忠与のさけびとともに、五犬士は一同そろって周囲の敵を斬りまくってその場を逃れた。
「ひとまず難をさけ、またの機会を待つことにしようではないか」
おのおのが各自に血路を開く中、中でも犬川義任は先の恩義をおもったのだろうか、最後までふみとどまって、死に物狂いの大奮戦をみせたのだ。
荒芽山のあつまりとわかれ
助けてくれた船頭、安平の妻、音音のいる荒芽山で、初めて5犬士は集まり互いの再会と出会いを喜んだ。
世四郎もまた練馬家に仕えたものであったため、本日の犬山道節忠与の活躍を喜び、また残念がった。
犬山道節忠与と犬川荘助義任の間で入れ替わった玉をもとにもどし、村雨丸はようやく犬塚信乃戌孝の手に戻った。
犬塚信乃戌孝は浜路の最後を聞き、心で手をあわせる。
「村雨丸を無理やり借り受けたのは悪かった。今日の失敗もそのためだろう」
「なんの、忠与どの、それよりも浜路のあだをうってくれて俺は嬉しい」
そのようなやりとりをし、「いずれ仕えるわれらの主君のために」まだ会わぬ『礼』の玉と『智』の玉の兄弟のために」そう言って盃をかわす。
荒芽山の怪異
力二郎、尺八の妻はそれぞれ「ひくて」「ひとよ」といった。その日二人は偶然にも手傷を負った力二郎と尺八を家に連れて帰る。実はまだ会ったことの無い夫婦たちだったのだ。
力二郎、尺八は再会を喜び、犬山道節忠与はよくやったと褒めた。
二人は、母にお願いがあるようす「母上、父上をゆるしてください、そして祝言をあげてください、一緒に私たちの祝言もあげましょう。子供としては心配なのです」
おとねは、信乃たちに説明するように答える。
「もうずいぶん昔、お前たちの父と私が犬山家にいたときに、私と父が結婚する前にお前たちができたのを、子供ながらに心配していたのね。別に父さんを恨んでなんかないし許してるわよ。犬山様にもよくしてもらったでしょう?お父さんはなぜか帰りたがらず船頭してたわ。でもあんたたちが安心するってのなら今日いっしょに祝言やりましょうか」
おとねがしっかり準備をし、息子たちがひくて、ひとよと三々九度の盃をかわした後、ようやく父世四郎が帰って来た。
「お前、かえってきたぞ」
世四郎の手には、力二郎、尺八の首があった。
「息子たちは信乃様たちを助けるために討ち死にした。立派な最後だった」
一同は、さきほどの力二郎と尺八を見るが、そこには裃だけが残されていた。幽霊となっても母と妻のもとにかけつけたのであろうか。
しかしその夜、山に扇谷定正の追手が大軍を率いてやってきた。奮戦むなしく彼らは散り散りになってしまうのだった。
おとね、姥雪夫婦、ひくて、ひとよは里見領で息子を弔うことにする。彼らを乗せた2頭の馬の周りを鬼火が守るように旋回していた。
第六の玉-犬阪毛野胤智
小文吾の捕り物、捕られ物
荒芽山で別れた5人のうち犬田小文吾悌順は、その翌春、隅田川のほとりを歩いていた。ほかの四人にまためぐりあわないかと考えて浅草寺の近くに住んだ。
昨夜は色々あって寝不足だ。襲い掛かるイノシシを倒して、お礼にと宿泊した農家の主人、並四郎が俺の寝込みを襲うので返り討ちに殺した。その犯人の妻、船虫は、「わたしはもともと鎌倉北条家に仕えた武家であり村長の娘だったが家が衰え、ダメな男を婿にした、夫を殺してくれてありがとうございます」などと言う。現在は夫の放蕩に困り果てていたらしい。家のために夫の不始末を黙っていてくれるならば贈り物をいたしたいとまでいう。そう言って価値の高い尺八を渡して来た。これはおかしい。この壁を修理していない家が、思い付きで旅人を襲う家か?なんにせよ夫を殺されて恨み節のひとつもなしというのも気味が悪い。常習犯に違いないと思い、ひそかに尺八を部屋に置き戻しておいた。
船虫は浅草の千葉家の下屋敷に小文吾が盗人であると突き出した。尺八は千葉家の家宝であるらしい。尺八はどこだと問われたので並四郎の家にあると答える。はたして宿屋に尺八はあった。小文吾の嫌疑は晴れた。
「やい女、お前ひとりでこの尺八を盗みはすまい、仲間を吐け」
「何も知らぬ役人め、黙っておくのは累がおよぶためよ、知りたければ家老に聞きなさい、ちょうど笛の持ち主千葉介自胤が狩りにきているだろうから」
殿様がちょうど通りかかったので、捕り手の畑上語路五郎がひれ伏して頭をあげ、うやうやしく下知を待った。
殿様に事情を話すと、殿様は笛を手に非常のよろこびよう。
「この尺八と同時に失ったものに、名刀小篠・落葉があり、今も探しているが、この笛こそ我が家に最も重要な家宝。小鳥を狩りに行くが、これを取り返してくれた犬田殿を家臣にできるならこれ以上に大きな獲物はないだろう。家老、馬加大記よ、犬田殿と話して私に仕えるよう手配せよ」そう言って殿様は去る。
「お前さん仕官がかなうといいな」畑上語路五郎がいう
「いや、俺は人を探してるんだ、今は仕官したいわけじゃない」そう犬田は言うが、ともに家宝を救ったお礼に、また非礼の詫びに、千葉家の家老、馬加大記からぜひ一献さしあげたいと、墨田川の馬加邸に招かれた。
馬加邸の軟禁
馬加大記はしきりに悌順に礼を言う。立派な屋敷の離れの座敷に通され、親し気に酒肴をすすめてくる。
「あなたは命の恩人です。千葉家の家宝が失われたら切腹を言いつけられてもおかしくはないものでした」
「それほど大切な家宝とは知りませんでした、千葉家の家宝が無事だったことはまことにご同慶にたえません」
良い気持ちで酒を飲んでいると、馬加は中座する。しかもなかなか帰ってこない。座敷まわりをよく見ると、3方を掘割にかこまれて残る1方は高い石塀で母屋から仕切られているため、敷地全体がはなれ小島のようだった。これはおかしい。
食事を運んでくれた老人にといかけると、気の毒そうに答えてくれた。
「お気の毒に、千葉家の家宝を救ったばっかりにこのような座敷牢に」
「なに?ここは座敷牢なのか」
「馬加大記は大の悪人でさあ、実は、だんなが倒した並四郎は馬加大記の手のもので、大記がそそのかして千葉家から家宝を盗み出させたので、実は大記に仕えていたんでさ」
「えっ」
小文吾はただ降りかかる火の粉を払うだけに並四郎を倒したのに、こんな災難にあうとは。
老人は、過去に馬加大記の行った悪行を話して聞かせた。
どうやら千葉家の重臣粟飯原首胤度は馬加大記に命じられ籠山 逸東太 縁連によって殺害された。という。
「おそらくですが、馬加大記はだんなを味方にひきいれたい、だけどなびかないようなら毒殺するでしょう、お気をつけくださいよ」
それから食事はその老人が運んでくれたのだが、いつからか姿が見えなくなってしまった。小姓に聞くとおしゃべりが過ぎてクビになったとのこと
そう聞いてまもなく馬加大記から使者がつかわされた。
「実は家宝の盗難に関して犬田様の疑いがまだ晴れていなかったためとどまっていただきました、まことに申し訳ないしだいと主人も大変恐縮しております。つきましては母屋の方で田楽を楽しんでほしいとのこと」
小文吾は表面上は快くうけいれ、酒宴を楽しんだ。女芸人の中にひときわ美しい十五~六の娘がいた。
「あれは、あさけ野と申して、姿も舞もあれほどのものはあるまいと言われる娘でござる」馬加大記は説明する。あまりの美しさに、この馬加家に逗留させているのだという。
小文吾は、心のどこかで、なぜこんなもよおしに俺を呼んだのだろうと思う。俺は色恋がよくわからんが、普通の男なら、何をおいても手に入れたいと思うほどの美しさなのだろうか。目の前に来ても目を逸らした。一晩中芸能を楽しんだ。
「どうです、小文吾殿、美女を見たあとには自然を見るのも良いです、こちらの対牛楼へおこしください、夜明けの景色と薄茶をさしあげます」馬加大記は二階づくりの部屋へ小文吾を促す。
席を立つときそばに桃の花のかんざしがあることに気がついた。そばの芸人に問いかけると、これはあさけ野のかんざしであるという。ではこれをあさけ野に返すようにとかんざしを渡した。
ついていった部屋は、ここはまた墨田川を目の前に牛島、葛西を一望できる景色だった。
馬加大記は語り掛ける。
「実は自分はかねてから主君の千葉家を滅ぼそうと考えているが、もしあなたが力を貸してくれたらあの葛西の地を差し上げましょう」
小文吾はそらきた、と、すべての申し出をはぐらかすように答える
「ははは、御冗談を、船は水があって浮かぶものです。あなたが言っているのは水が船に乗るようなものだ。家臣は水、家は船のようなものですよ、臣君の間には礼がある。礼のないところは舵のない船のようなものです」
「いや、さすがはお見上げ申した、悌順殿、これまでのことはご明察どおり、殿のご意向もありますので、こうして試すように申し上げた次第。重ねての非礼をお許しください」
うってかわった態度で弁解をするのだった。
「主君から再度沙汰があるまで、いましばらく離れでご辛抱願いたい」そう言うので小文吾はしかたなく監禁生活に戻った。部屋に戻ると庭の手水鉢の水の上に、手紙が置いている。
「分け入った 栞途絶えし麓路に 流れも出ろ 谷川の桃」
これは、あさけ野の歌かもしれない。なぜかそう思った。
あさけ野との密会
食事に毒が盛られている。そう気が付いたのはそれからしばらくしてからだ。どうやら長く食べ続けることで効く毒らしい。毒見役として、膳を運んだものに食べさせてもなんともないようだ。しかし膳を運ぶものは日々変わる。
しばらく腹痛を理由に食事をとらずにいたが、体は弱るばかりである。
ある夜、ふと人の気配で目が覚める。月明かりの障子に刀を抜いた人影が。こちらも刀を抜いて障子戸を開けると馬加家のさむらいが倒れているではないか。のどもとに、なんと桃の花飾りの美しい銀のかんざしが突き刺さり、月にきらめいていた。
このかんざしは…先日、女田楽のあさけ野が髪に刺していたもの。すると庭に人の気配。
「だれだ!」
刀をかまえ、そう叫ぶと、相手は夜目にあざやかな派手な姿でこちらに走り寄り、「小文吾さま、私です、女田楽のあさけ野でございます」
「夜も明けないうちに、話をしたこともない男の部屋に忍び込むとは若い女のすることではないぞ」小文吾は手裏剣で俺を射殺すつもりかもしれないと思い警戒している。
「話をしたことがなくても、夏の男女の花の露、あなたに会いたくて神に願掛かけてここにまいりました。手水鉢の手紙の意味もまったく思うことなく私を殺すというならそうなさいませ」
「俺はいま、見おぼえぬ罪でここに軟禁されている。そんなときに芸者にうつつを抜かすなんてないだろう」
「私がかんざしでこの家のものを殺した意味がわかりますか?わたしの思いがつたわらないならどうか私もこの場で殺してください」
そう言われて刀を下ろす。あさけ野は手をあわせてかしこまっている。
「その思いが本当だというのはわかったけれど、俺と夫婦なんてここを出なきゃ無理だよ」
「その思いだけで充分です、私とともに、ここを逃げましょう」
「どうやって?」
「私はこの屋敷に20日います、夜には夜の通行証がありますし、私は軽業も身に着けています」
「わかった、無事ここを出て、友との約束を果たしたらお前と夫婦になろう、このかんざしはお前のものだ、返しておくぞ」
「このかんざしは明日の成功を祈って神にささげましょう」
そう言ってかんざしを池に投げ入れた。
「話したいことはたくさんあります。しかし夜が明ける、私をお待ちください」
あさけ野はふたたび月明かりの中、塀をつたって部屋に戻って行った。
小文吾は死体を隠して明日を待つ。歌の意味か。よくわかんねえな。
馬加邸からの脱出
いつものように飯がはこばれる。聞き耳をたてると今日も向こうでは宴会があるらしい。小文吾はじっと縁側に座っている。
あさけ野は、成功するだろうか、失敗して殺されたら可哀想だ、あいつにとって、ここで命をかけるような時ではないだろう、また俺も手伝えたかもしれないのに、ここで座っているだけなんて。
そうは思うが、できることはない。小文吾はとにかくすぐに出立できる準備だけは整え、夜をまつことにした。
垣根を越えて人影が飛んでくる。
「あさけ野か?」小文吾の胸は緊張につつまれた。
あさけ野の髪は斬り割かれ、服は血まみれ、右手の刀も血にぬれている。
「お待たせしました小文吾さま。通行証はこれでございます」
左手に持っていたものをゴトリと縁側に投げる。そこには馬加大記の首があった。
小文吾は驚き尋ねる。「お前、あさけ野!なぜ?」
あさけ野は返り血に染まった顔でにっこりとほほ笑み答える。
「そうでした、ここに至っては隠し事は無用ですね、私は実は男なのです。馬加大記が嘘の裁判でおとしいれた粟飯原首胤度の側室の子なのです。奸計のために父の一族はことごとく打ち首になりましたが、側室はゆるされました。母はその時私を身ごもっていたのですが、病気とうそをついて私を腹にかかえたまま3年隠しとおし、田楽で太鼓をたたくことで生活をたて、私が産まれても女として育て、いつか仇を討つことを夢にみて育ってきました。本当の名を犬坂毛野胤智と言います」
小文吾は黙って聞いていた。
「今夜の宴が終わり、みなが寝静まると宴席にはさむらいどもはみな酔いつぶれて寝ているし、仇は家族と寝室です。私は馬加の枕元でしっかりと名乗りをあげ奴を起こし、そのうえで八つ裂きにしてやりました。子供は梯子から落ちる母の下敷きに、他のさむらいたちを討ち殺しているうちに、屋敷の下人たちも俵の下敷きになり全員死にました」さらりと言う。
「とても優れた女性だと思っていたが、想像していた以上のものだった、しかし男だったとは」
「あなた様のことは、ひとづてに、とても素晴らしい勇士であると聞いていましたので、ここで殺すより一緒に逃げたいと思ったのです。色になびくか試してみたのですが、思った以上の男振りでしたね」
「聞きたい事は山ほどあるが、ここから逃げなければ明日の朝には兵士に囲まれるぞ」
「お任せください、この屋敷のからくりはすべて把握いたしました」
馬加大記の首を腰にくくりつけ、あさけ野あらため犬坂毛野胤智は裏口から小文吾とともに忍術を駆使して脱出した。
「ここまで来れば大丈夫だろうか」
「そうでございますね、墨田川を渡った方がよろしいでしょう」
遠くに人を集める太鼓の音が聴こえる、討ち漏らした下男が人を集めたのか。ものの数ではないな、小文吾が身構えるが、毛野が止める。
「わたしにはもう一人、うたねばならぬ仇がありますれば、ここは逃げて機会を待ちとう存じます」
「よし、急いで渡河しよう」
上流から渡し船が来る、毛野が呼び止めるが無礼にも止まらない。
「頼んでるのに止まらないなどありますか!」毛野は12mをひとっ飛び、船に乗り込み船頭を打ち負かして櫂を奪うが流れが速い。
悌順は泳ぎが達者だがどうにもなかなか追いつけない。別のいかだ船が上流から流れて来るのでそれにつかまると、船頭が
「米泥棒か、朝早くから不届きなやつ、ふんじばってやれ!」と、船員をけしかけるので、悌順はここぞとばかりに大暴れ、夜明けの光に照らされて船頭が声をかける。
「なんと、もしかして古那屋の若旦那??」船頭は知った顔だったのだ。
そのまま、悌順と毛野は別れてしまうことになる。
歌の意味か。分け入った、死の檻が途絶えるときに外に出ろということか。あいつがいなければ死んだのは俺だったかなと小文吾は思う。
第八の玉-犬村角太郎礼儀
化け猫退治の山
犬飼現八信道は、足尾銅山のあたりを、兄弟を探して旅していた。茶屋のおかみが色々と教えてくれる。
「このあたりは化け猫が出るのです」
「なんと馬鹿な」
「以前、赤岩一角という剣士が化け猫を倒したのですが、その時の化け猫はオスだったかメスだったか、もう一匹出るのですよ」
「へえ、赤岩一角はもう一匹を倒さなかったのかい?」
「赤岩様は、化け猫を倒したら少し気がおかしくなってしまって、妻を追い出して子供も養子にやってしまったのですよ。今の奥さんは船虫といって本当に恐ろしい悪女ですよ」「これお前やめなさい」奥のだんなが止める。
「ふうん、化け猫が出るなんて」
話好きな茶店の主人にそう言って、犬飼現八信道は山に入る。赤岩一角っていえば犬塚信乃戌孝が幼い頃世話になったというな。
長く歩き、だんだん暗くなってくると、遠くに光が二つ見える。まさかあれが化け猫か?
「フーッフフュー」猫のような息遣いも聞こえてくる、光がだんだん近づいてくるではないか。突如光は強く輝いたので、目がくらんだが、
「ばけ猫には弓だろう」
弓をつがえて光にめがけて放つと、狙いは的中、山全体に響き渡るほどの大音声で猫の叫びが聞こえる。
やったか…犬飼現八信道はそのまま山にあゆみを進めると、小さな岩屋に人骨がある。
これは…もしや修験者かなにかが、化け猫にやられたものかもしれん。犬飼現八信道は骨を集めて念仏をとなえると、岩屋の壁からさむらいが現れて言う。
「私の名は赤岩一角、17年前に化け猫を討とうとしてやられたものだ。そのため妻は化け猫にとり殺され、一子角太郎は家を追い出された。今化け猫が射られたことを嬉しく思う、やがて奴は息絶えるだろう。息子角太郎も、このような勇士と縁があって嬉しく思う。よろしくたのみますぞ犬飼現八信道殿」そう言いのこし、亡霊は消える。
「あっなぜ私の名を、もし、赤岩殿!赤岩殿!」
気が付けば夜は明けている。しょうがない。山をおりて赤岩の住み家を目指そう。
赤岩道場の戦い
赤岩一角が化け猫に化けたものであるならば、今の赤岩一角は退治せねばならん。道場に行くと八党東田という男がニヤニヤと弟弟子たちをつれて「相手になってやる」という
犬飼現八信道は、ものの数秒でこれらを打ち返し、赤岩のところに案内せよと伝えた。
「籠山 逸東太 縁連の四天王である俺がっ」妙なことを言う。どうやら籠山 逸東太 縁連は尺八を盗まれたことを恥じて逃げ出してここにしばらくいた様子。
待っていると籠山 逸東太 縁連とともに目をおさえたにせ赤岩一角、そして船虫とみられる女が出てきた。
にせ赤岩一角は、この男ではお前たちではかなうまいと言う。
犬飼現八信道は籠山 逸東太 縁連と真剣で勝負をすることになる。赤岩一角の独眼が再び金に光ると、犬飼現八信道は道場を逃げ出した。息子角太郎に会おう。
犬村家の惨状
犬飼現八信道は、妻の家である犬村家の角太郎の家に行き、昨夜からあったこと、そして赤岩道場の話を聞かせた。お前の父は人間でないと伝えたのである。本当の父の遺骨を渡した。
やがて、にせ赤岩一角が角太郎の家に来る。
「その男は私の目を射った」
「この方が射ったのは化け猫の目です」
「お前の妻の腹の子をよこせ、目の傷に聞く」
息子角太郎は、どう見ても正気でない父をどうしていいかためらっている
横の船虫が、角太郎の妻雛衣をののしり始めた。
「雛衣、なんたの嫁は不貞の子をはらんでいる」
「不貞の子などではありません」雛衣は涙声で答える
「ならばなぜおまえの夫角太郎は離縁を言い出したりするのか?」と、船虫が執拗に責め立てる。
確かに、雛衣の懐妊は不可解なものだった。角太郎は考える。しかし
「たとえそうだとしても、腹の子を食うからよこせなど。およそ人間の言葉とは思えない。雛衣よ、奥に行っておれ」
「生き血だ!いま、俺の目を直すには雛衣のとその腹の子の生き血がすぐいるのだ!」
赤岩一角は、そう叫び雛衣を斬り殺し返り血を苦し気に浴びる。返り血の中から水晶の玉が出て一角にうち当った。
「ああっ」一角はその場でうずくまる。
「父とはいえあんまりな所業、容赦できませぬ」角太郎はきりかかるが、一角はそれよりはやくとびおきて
「今度はまたたびだ!」と庭に出てまたたびの木に体をこすりつける。
角太郎はすべてをようやく悟り
「おのれ妖怪め、よくも父に化け、我が妻雛衣を斬ったな」
すべて見ていた犬飼現八信道がひと突きに刀を根元まで突き入れると、とたんに、ばりばりと天地をくだくほどの雷鳴といなびかりが走った。一角はもんどりうって井戸に落ち込んだ。
籠山 逸東太 縁連と船虫、そして他の弟子たちは逃げ出した。
井戸の底から大猫の死骸をひきあげ、角太郎は言う
「仇を討ってくれてありがとう。私は不思議な水晶玉を持っていました。思えば、妻雛菊は、船虫がそれを見てよこせと言ったときにとっさに飲み込んだのです。腹が大きくなってきたのはそのころからでした」
「もしかして、牡丹のあざはないでしょうか」
「あります、あなたのほほを見ていながら不思議に感じていたのです」
そう言いながら角太郎は背中のあざを見せてくれた。玉の文字は『礼』、ついにめぐりあった兄弟。ともにこの村を出ないかともちかける。
「私も、妻の死の悲しみをまぎらわすためにも、この村を当分離れようと考えていたところだったのです。これからは犬村大角礼儀と名乗ります」
こうして二人旅立った。
甲斐物語
猿石村の災難
犬塚信乃戌孝は、甲斐の国穴山付近を旅していた。そこで猟銃で謝って撃たれる。弾は横腹をかすめる程度で大事ではないが、戌孝はその場でじっとうずくまる。
やがてさむらいが、下男とともにかけつけたのだが…
「しまった、あやまって旅人を撃ってしまった…」
うろたえたさまで
「もし、旅の方…もし!」声をかけるが戌孝は気を失ったふりをしていた。無言のままでいるとさむらいは、腰の村雨丸に目をつけ
「死体にはもったいない」そう言って奪おうとする。
さむらいが村雨丸に手にかけた瞬間
「えい!」
戌孝は起き上がりざまにさむらいを投げ飛ばし、蹴り飛ばした。さむらいが刀をぬき向かってくるので、鉄扇で二、三合受け、たちまち刀を地面にたたき落とした。
「おゆるしください、まったくの出来心、面目次第もございません」
そう言ってさむらいは地面に手をついて戌孝に詫びるが、戌孝はおさまらない。
村に案内され、四六城木工作という村長もさむらいにかわってしきりにあやまるので、なんとか戌孝は怒りをおさめた。
その日から戌孝は四六城木工作の家にとどまることになる。
四六城木工作には妻があり、それは後妻で、娘もいるが、娘は前妻の子でもない。拾った子だという。
村長の娘-浜路
その夜、娘浜路が戌孝の部屋に入ってくる。
「浜路殿、なにか御用か?」
「戌孝殿、許嫁である私をお忘れですか?大塚村の浜路を」
戌孝はぞっと肌寒さを感じた。しかし浜路が語る内容は、死した浜路しか知りえないことばかりである。
「浜路どの、あまりの不思議さにあながち嘘でもないような気はするのですが…若い娘のあなたが夜遅くにここに来るのはよくありません、明日昼にうかがいます」
「戌孝殿、四年ぶりなのになぜそのようにつれないことを」
そう言って浜路は戌孝に近寄ってくる。
「まて浜路、なつかしくはあるが俺とお前は許嫁であっただろうか」
その時ふすまがスっと開く、そこには浜路の母四六城木工作の妻が立っている。
「お前、なんというふしだらなまねを!戌孝様も戌孝様ですよ、嫁入り前の娘をどうしてくれるつもりなのです」
後ろに四六城木工作が立っている。
「これお前、事情も聴かずに怒鳴ってはならん」
見れば、母の剣幕に浜路も正気を取り戻している様子。戌孝はさきほどの不思議な出来事と、大塚村の浜路の事を話した。
「それは不思議な縁でございますな、実は浜路は私の実の娘ではないのです。ずいぶん昔になりますが、黒駒山に狩りに出て、赤子の鳴き声のする方に向かい木陰の大鷲を射止めたのですが、そのわきに落としていたのがなんとこの浜路だったのです。神様が恵んでくださったのだろうと大切に育てましたが、もし戌孝殿が…もし縁を感じてくださって…浜路を大切に思ってくださるのなら、嫁にもらっていただけませんでしょうか」
戌孝は、この村についてからこの浜路の気品や美しさに心ひかれるものがあったことは自覚していたが、死霊に憑かれているというのも気味の悪い話である。
「せっかくですが私は旅の身、すぐには決めかねまする」
しかし、その日から浜路のことが頭から離れないし、なかなか雪のため旅立つこともできない。ある夜浜路がふたたび部屋に来た。
「実は、先日部屋に伺った時のことですが、白い龍が私の枕元にあらわれて、『宿世の縁がようやく結ばれる時が来たぞ、東南の部屋に行け』と言われたのです。そうすると、ゆめうつつのまま、話をしたことなどはすべて覚えておりますが、まったく怖いとも思わず言う通りに動いたのです。もし、戌孝様が私のような身分の低い女を、気に入って下さっているならとても嬉しい。父からそのように聞きました、まさか結婚など大それたことだと思います、少しでも親しく思ってくださるなら、これほど幸せなことはありません」
「浜路殿」
そこに、父四六城木工作が再び入ってくる。
「戌孝様、何度も読書を邪魔してすみません。このように娘も本心から慕っている様子、この心をくんでもらえないでしょうか」
旅の身である、また主君も定まらないという生活にもかかわらず、この浜路のことも手放してはいけないような思いにかられ、結局戌孝は、許嫁ならば…と、承諾するのだった。
二人の代官
さて、猿石村に到着したときに戌孝を誤射したさむらい、名を淡雪奈四郎と言った。
彼はすでに仕官した侍で、ひそかに浜路をわがものにしようと考えていた。
そこに戌孝があらわれたので、なんとしても一泡ふかせてやろうと考えている。そんな折に四六城木工作が現れる。
「ウチの浜路を戌孝殿の嫁にやりたい、そのためにはなんとか戌孝殿を仕官させてもらえるように、奈四郎殿からとりなしてもらえないだろうか」
「そんな話ならもっといい話がある。殿様が浜路を側室として城に招きたいというのだ」
「なんと、そんなことを頼みにきたのではない、勝手なことを言うな」
そう言って四六城木工作が怒って帰るところを、奈四郎は後ろから鉄砲で打ち抜いた。四六城木工作はそのまま息絶え、下男に言いつけ死体を四六城家の裏庭の雪の中に埋もれさせたのだ。
たまたま、雪の解けた日があったので死体はすぐに発見され、浜路は非常に嘆き悲しんだ。戌孝も目をうるませて冥福をじっと祈っていたのだが、妻だけは悲しむよりもむしろ忙しそうに
「代官様がまもなく取り調べに来ます、お出迎えしなければ」と言う。
不思議に思うがこれも妻のつとめか、戌孝が手伝いを申し出る。
「奥の座敷からお重を持ってきてください」
「わかりました」
戌孝が奥の部屋にはいると外から「がちゃり」と音がする。
「かかったわね、夫を殺し、娘を奪い、奈四郎さまをおとしめる戌孝殿、いずれ思い知るがいい」
外から細君の声がする。しかたない、破って出るのはたやすいが、じっとしていようと戌孝は思う。
やがて代官が来る。
代官は甘利尭元という新任の代官である。
「犬塚という浪人が短刀一撃で刺殺したというのだな、奥方」
「さようでございます代官殿」
「なるほど、しかしこの傷口は、短刀で突き刺したにしては、返り血のぐあいに心得難いふしがある」
代官甘利は遺体を仰向けにさせると続けていう
「傷は背中から胸へあきらかに鉄砲で撃ちぬいた跡がある。木工作は鉄砲で撃たれ、しかるのちそれを短刀で刺したようにみせかけたものであろう」
木工作の妻は青ざめ一言も言えずふるえだした。
甘利は続けて述べる
「代官所にて犬塚は直接取り調べる。娘浜路も参考人としてひったててまいれ」
すると木工作の妻は得意げに
「すでに閉じ込めております」
「それはなかなか殊勝なこと」
代官甘利が犬塚を連れてゆくと、木工作の妻は代官に
「お忘れ物でございます」と、金銭を懐に押し込む。
「うむ、さようか、うかつであった」甘利はそれをさりげなくうけとった。
代官の後ろ姿を木工作の妻は見送ったのだが、ほどなくして別の役人が、やはり供をしたがえてやってくる。
代官は先ほど帰ったばかり…木工作の妻はたいそう驚くが、先のものがにせの代官だと知ると、いちはやく心をとりもどし、代官あいてにあることないことを吹聴する。しかしこの代官も手ごわい新任代官らしく、
「きさまの言う事も不振な点が多い、この女をひったてい、また泡雪奈四郎もつれてまいれ。そういって代官は二人をひったてていったのだ。
指月院にて
猿石村から離れた八代に指月院という寺があった。そこでにせ代官はやっと姿を見せる
「戌孝殿、俺だよ」
にせ代官はなんと犬山道節忠与である。
「戌孝殿、なつかしや」
代官の手下は犬川荘助義任の変装であった。
「あの捕り手たちは?」
「彼らは本物だよ、甘利さんにお願いして手伝ってもらったのだ。新代官の甘利殿は義侠心にあふれたりっぱな人で、わかりも早く信頼してくれたのだよ、さあみなのもの、いくらはいってるかわからないが、あの女わいろをよこしやがった、これはみんなで分けてくれ、あとで甘利殿には私から報告するから」
そう言うと、捕り手たちはにこにこ顔で帰っていった。
「それにしても、戌孝殿許嫁とはさすがだな」
そう言うと、入って来たのはゝ大法師、蜑崎輝文そして四六城家の浜路である。
口々に二人を祝福し、法師は父の菩提はこの寺で弔うと約束し、安心させた。
再会を喜ぶ会話の中に安房の里見家がどのようであるか話題になった。蜑崎輝文が答えて言う。
「義実公は隠居し、今は息子の義成公が治めているのだが、いま五人目の姫の消息を心配していなさっている。義成公の5人目の姫は幼い頃に神隠しにあって、行方知れずなのだ。父義実公も伏姫をなくして思いわずらっていたように、義成公も娘が気がかりなのだ」
「そうだ、鷹にさらわれたのかもしれん」ゝ大法師が続ける。戌孝はまさかと思い浜路と目をあわせる。
「浜路、まさか昔の着物など持っていないか?」
「はい、幼い私が着ていた服の一部を切り取って肌身離さず持ち歩いております」
戌孝《もりたか》がみなに、木工作からきいていた浜路の出生の秘密を話し、浜路がとりだした着物を見ると、そこには色褪せてはいるものの確かに金糸で里見の笹りんどうの家紋が縫い付けられていた。
部屋のものは同時に浜路に頭をさげ
「浜路殿、知らぬこととは言いながら非礼の数々お許しください」
「みなさまどうか、お手をおあげください、戌孝様まで、わたしは許嫁の妻ではございませんか」
犬士たちは、姫君を安房の国に送り届ける目的ができた。
越後物語
越後の闘牛
犬田小文吾悌順は犬坂毛野胤智にもう一度めぐりあわないかと探していた。南へ、鎌倉にゆき、下田から船に乗り伊豆の大島へ。吹き流されて三宅島へ。乗り合わせた船で難波へ、疲れから有馬で湯治し奈良、堺を歩いているうちに、馬加邸での手配書が期限切れになったので、北陸をまわって武蔵に戻ろうと考えていた。
越後の刈羽郡で出会った相撲好きの大男、名を亀石屋次団太という。相撲の会話で意気投合し、そろそろ発つと伝えるも
「もうすぐここで闘牛祭りがあるのだ、見て行かないか?」
「それはよい、見てみたかったのだよ」
小文吾も闘牛を見て、大盛況を楽しんだが、結びの一番で竜種、龍の子と呼ばれる須本太牛が暴れ、会場を走り回るところ、小文吾が突進をひらりとかわして両角をしっかり持って、牛を相手に相撲取り。がっぷり押し合い大地に根が張ったように動かない。そうして右に左に疲れさせてついに
「えい!」
牛を押し倒してしまう。会場は沸き、親方衆はかしこまって小文吾に言う
「今日この日のことを子細に語り継ぎたいので、本国や名前を教えてくださらないか」
亀石屋次団太は得意げに
「おやじどの達は知らないか、この方は武蔵の国から武者修行に来られた犬田小文吾悌順殿だ。宿を貸しているのは俺だぞ、この騒ぎで興ざめのところを、この勇士相手にさっそく名乗れとは、おやじ殿たちは失礼なことだ」
「それは確かに、知らぬ事とはいえ失礼いたしました」
小文吾は年寄りたちに
「武士は戦場で名のある勇士を討って誉れにするものです、あばれ牛を止めたからといって自慢にはならないですよ」
そう言って顔をあげさせる。
その夜、亀石屋次団太とともに闘牛を見た磯九郎は、助けを求める声に騙され、野党に襲われ命を落とす。そこにいたのは、船虫だった。墨田川で並四郎の妻を演じ、小文吾に尺八盗みの罪をきせようとした。赤岩一角の妻におさまり息子の妻を追い込んだ悪女である。
按摩師-船虫
船虫は、闘牛場で小文吾を見ていた。はじめは恐ろしいながらも、なんとか並四郎の恨みをはらせないかと思っていた。そんな折、亀石屋次団太の店に逗留する勇士が目を病んだと聞く。これは良い機会を得た。船虫は盲目の按摩師を装って、近隣を毎日客をとることにした。
「小文吾殿、目のつかれは肩こりからくるということもある、あんまを頼んではどうか」そのように亀石屋次団太が案内するので小文吾はためしに按摩をうけようとした。
船虫は
「目の病はのぼせによっておこるのが普通のことです、まず揉んで、そのあと鍼で治療いたします」
そう言って小文吾にマッサージを始める
「痛い、少しやさしく」
「私の力は全く弱々しいものです、ツボを突いているとそう感じることがあるやもしれません」
船虫が手をゆるめ、その隙に小刀を抜き小文吾の首にあてようとする。
「この女、目が悪くともやられはしないぞ」
小文吾は刀を叩き落とし船虫を押さえつける。
あわてて入ってくる亀石屋次団太は縄で船虫を縛り上げた。
おれが按摩をすすめたからこのようになったのか、次団太はどのように詫びたらよいか考えつつ、船虫から奪った短刀を見ていた。
「小文吾殿、この短刀、焼きのところに血糊が残ってます。最近人を殺してますね」
「なんと、まさか磯九郎はこの女に?まてよ、この女、姿は見えんがこの声は…俺に笛を持たせようとした船虫ではないか」
「やい女、お前は並四郎の妻だったものか?いままでやったことと仲間の居所、すべて吐け!」
そう言って次団太は杖で強く船虫を打ち据えた。
「うっ」苦しそうな声を上げる船虫が口をひらく
「この状況で何を隠し立てできますでしょうか、私の話をお聞きください」
船虫は語り始める。
「わたしは…武蔵の国の女ではありません、私の夫は赤岩一角と申します。夫は弟子である籠山に闇討ちにあい命を落としました。私には子がなかったので、女の手だけでは敵討ちもかないません。なんとか恨みをはらせないかと神仏に祈っていると、夢枕に越後にいるとお告げがあったのでこの地に来ました。闘牛祭りで見かけたときに、顔も声も籠山にそっくりだったので仇を討とうとしたのです」
「ふうむ、そういうことか」次団太が言うのを制し
「まて、この女は命惜しさに嘘しか言わない、すべて嘘だ」
「しかしここで鞭を打ち続けてもうるさいばかりですぞ…そうだ、ではお堂に吊るして鞭を討ち続け、神仏に答えを託すのはいかがでしょう」
「この地方に伝わる私刑ですな、それでは死後にあとくされが残る、可能であれば領主に訴え、公的な裁きをうけさせたい」
「このへんでは、長尾様まで行くのは距離があるし、長尾様も訴えだけで証拠を見ずに判別せねばならんから公正な裁きができないときがあるのです。また近隣に長尾家の別館があって殿の母上がおりなさるが、ひいきで判決を言うこともあるのです。ここはまかせてください」
そう言われると、任せるほかない。船虫はお堂に吊られて夜ごと鞭を打たれることに。
船虫が鞭を打たれることに、小文吾は言う
「あの女が盗人で、俺を狙う刺客かもというのは推量だろう?もう少し手をゆるめて、食事を与えて詰問してもいいのではないか、この地域のしきたりというのもわからないでもないが」
そうして、船虫は尋問に入る。小文吾は宿に戻り、この目がしっかり見えていたら船虫かそうでないか、痛めつけるまえにわかるのだがと心をいため、手元の「悌」の玉を握り、額にあてて祈る。なんと玉の効果で目が開いた。これは神仏の加護か。忘れていたなんて俺のバカ。
船虫と義任
犬川荘助義任は、義の男である。今こうして鷹にさらわれた幼い犬江親兵衛仁を探して歩いていた。たどり着いた場所は、船虫が鞭を打たれるお堂であった。
「お前、なぜそのように縛られている。妖怪変化の類か?俺を惑わそうとうのなら容赦はしない」
船虫は答えて言う
「私は妖怪変化などではありません、この近くの宿屋で働くものです。兄のつてで先日からそこで働いていたのですが、宿屋の主人が私に欲情し夜這いにくるのをずっと断って遠ざけていたら、金庫の金が少ないと言って私のせいにしたのです。明日も明後日も私が盗んだと白状しないなら殺してしまうと言っております」
「なんとかわいそうに、兄はどこにいますか」
「ここから2キロほどのところに小屋をたてて住んでいます。名前を酒顚二と言い、子分も多い、なんとか降ろしてくださいませぬか」
「ああ、降ろしてさしあげよう」犬川荘助義任は縄を解き、家まで送ってやることにした。
酒顚二のねぐらへゆき、一夜の宿を借りることになる。
犬川荘助義任が酒を辞退し寝静まると、盗賊どもは、このアジトが割れてはいかん、と、犬川荘助義任を襲うことを決意する。
「しかし親分あいつ強そうですぜ」
「だらしねえ、見てろ!」酒顚二はだんびらを持ち上げて犬川の寝所に向かうが姿を消している。
「おのれ」すぐさま外出する準備をするが、外から帰ってくるものがいる。それは媼内である。
盗賊退治
媼内は、かつて甲斐に住んでいた。泡雪奈四郎が村長を後ろから撃ったときに、下僕として働いていたものである。 媼内は国を追われた泡雪奈四郎について旅立ったが、途中で泡雪を刺し、路銀をすべて奪って逃げていたところ、この越後で盗賊団に入っている。
犬川荘助義任はすべてのたくらみを寝所で聞いていた。『義』の水晶玉からヒソヒソと声がする。それによって理解した。
俺は盗賊の女に騙されたのか、情けない。しかし小文吾がここにいるのはわけがあるのか、やっと見つけ出したぞ。ここはおそらく、こいつらは小文吾の宿まで行くだろうから、後をつけるようにするか。犬川は音もなく屋敷を出て、手ごろな藪の中に身を隠し、駆け出す盗賊どもの後をつけた。暗がりの中一緒に走ると、盗賊どもも、犬川を仲間と間違えている様子。
酒顚二の一味は亀石屋次団太の宿をかこみ
「小文吾を出せ!こちらはやつに恨みがある!黙って出さねえとこの家のもん全員みなごろしにするぞ!」大声でのたまう。
亀石屋次団太はどうすべきかと悩み、小文吾に静かに伝え裏手から逃げるように促す。
すると、盗賊団の中から気合の掛け声一発、犬川荘助義任の持つ槍が酒顚二の脇腹を刺し貫いた。
「我が名は犬川荘助義任!小文吾!主人!恐れるな、外の敵は俺に任せろ!」
そう言うと荘助は盗賊団を総崩れにした。屋敷から出てくる小文吾と亀石屋次団太は残党を倒し、ついに酒顚二も絶命せしめた。
再度アジトへ向かうと、残されているのは盗賊2名と船虫、媼内4名。アジトへ踏み込むと盗賊は捕まえたが船虫、媼内には逃げられた。
小文吾と犬川は道中積もる話を交わした。
「俺が探している犬坂毛野胤智も、同じように兄弟だと思うのだよ」そう小文吾は伝えた。
さて、連れ立って宿に戻ると亀石屋次団太に奥の部屋に案内される。
そこには越後の代官の手のものがおり、盗賊団をとらえた手柄からか二人は執事の老臣の館に招待される。
招待された先の館で良い感じに茶を呑んでいると、力士が30人あらわれて二人を捕縛する。なにをする!と暴れてみるが理由もあるかもしれない。次回お楽しみに!
大刀治御前の裁判
執事、稲戸津衛由充の館に捕らえられた二人
「卑怯だぞ!」二人はわめく
稲戸津衛由充は答えて言う
「お怒りごもっとも、今回の件は殿の母上からの命令でして、お許し下さい、これは我が主君、長尾景春の母箙の大刀治御前の命令でございまして」
「よくお聞きください、我が殿景春には二人の妹がおりまして、ひとりは大塚を任された代官に嫁ぎ、もう一人は千葉家の側室として石浜に嫁いでおられます」
それを聞いて二人とも、覚悟を決めたようす。
しばらくして、その母御前殿が座敷に現れた。
「よく来たの、わらわはそなたらの事をよく知っている」
母御前殿は、犬士たちのこれまでの悪行をならべたてた。特に、大塚で額蔵を奪い返すために何名もの官吏を殺していることをあげ、馬加邸での皆殺しのことをあげ、どうやらあさけ野が犬坂毛野胤智という名の少年であるということさえ知られているのだった。
それらは…特に小文吾にとっては当事者であり、母御前にとっては仇敵になることだろう。
このようなことで命を失うというのはなんだか残念だが、こうなっては申し開きをしたところで無駄だろう。
小文吾、犬川両名、覚悟を決めた顔でしっかりと答える
「申し上げた内容はその通りです、われわれは行く先々で悪事にまきこまれる。心残りは兄弟たちのことなど様々ございますが、稲戸津衛由充殿のような善人による最後であるならせめてものことです。なんと申しますか、弁明することはたくさんありますが、どれも愚痴となりそうです」
「立派なものだ、男はこうありたいものだ」そう稲戸津衛由充は答える。
「お前たちの首をはね、首を大塚と千葉に送る」母御前はそのように言う
「お待ち下さい、今は正月なので正月から3か月は死刑を禁じられています」
「さようであったな、では大塚、石浜(千葉家)に手紙を送る。持ち物も確認させよ」
そう言って母御前は退室する。
越後の出立
それから5か月、やがて、東国からの使いが来て、母御前の前で首桶と二名の刀を確認する。
「やや、この犬川荘助の刀は、我が殿の宝、小篠(おささ)・落葉(おちは)ではないか、嵐山の尺八とともに失われていたものだ、殿は喜ばれるだろう」
「小文吾の刀は大塚でやつらに殺された私の同僚の太刀に違いありません」
口々に使者はそう申す。
使者は、首桶と、刀を持って帰郷し、事は終えた。
………
「犬川殿、犬田殿、もう出てきて大丈夫ですぞ」
「かたじけない、由充《よしみつ》殿」
二人は、由充の屋敷の地下にかくまわれていた。そして、首桶には、すでに死罪にした盗賊団の生き残りの首を入れておいたのだった。
「犬川殿はなぜ小篠(おささ)・落葉(おちは)を持っておられたのですか?」
「あれは父の形見なのです。父は、鎌倉で主君をいさめたことで切腹を命じられ、切腹その日のうちに家財とあわせて没収されたものだったのです。大塚で磔から救われた際、それを、義兄弟である犬塚信乃戌孝から受け取ったのがその刀だったのです」
「そういえば、私の実家は行徳で宿屋をやっているのですが、父がその刀を買い取ったと言っておりました。それを、犬塚信乃戌孝に譲ったのでしょう」
「つまり、賊が盗んだ宝を売り払って、さらにめぐりめぐって元の持ち主に返ってきたものだったのですね、それにしても鎌倉におられたのですね、私もかつて鎌倉にいて、師がそのように刃に倒れ、その母子が国外に出たと聞きました。私もそのとき母を失ったのでお手伝いできませんでした」
「なんと由充《よしみつ》殿は父の教え子であったか」荘助はひとり目頭が熱くなり、ついには涙を流す。
「幼い頃のことなど忘れてしまって良いと思っていたが、こうして父母を知る人とめぐりあえるとは幸せなことだ」
「私も、師の一人息子を助けることができるなんて嬉しいことです。さてここに新たに太刀がふたつ、脇差がひとつある。犬川殿の脇差は持っていかれなかったからな。そして路銀も用意した。ぜひこれをもって、出立してください」
「刀はありがたい、もし小篠(おささ)・落葉(おちは)を取り返すことができたら、手紙とともにこの刀を返却いたします」と、荘助。
「俺の太刀は荘助のものほどたいしたものではないが、持っていかれては遺恨が残る、取り返すこともあるかもしれません」と、小文吾。
しかし金はうけとらない。それに対して由充《よしみつ》は
「私たちはまだ、金のやりとりを断っても良い仲ではないですぞ、気遣いがあっては後悔の種になる。意思をまげて受け取ってください」
かたじけない、と、荘助、小文吾は金をうけとった。
そうして越後を出るが、刀を奪われることは武士にとって耐えがたい屈辱、東国からの使者、顔はわからんが探せば見つかるだろう。追いかけて刀を取り返すぞ!荘助、小文吾はともに越後をあとにした。
諏訪湖-荘助と犬阪の戦い
諏訪湖のほとりに足のわるい男と少年が座っている。鎌倉いざりと相模小僧と呼ばれていた。道行く旅人にめぐんでもらって暮らしているようだ。
「なあボウズ、そろそろメシにしないか、俺は足がわるいので今日もふもとまで行って餅でも買ってきてくれんか」
「いいよ、でもまだもらいが少ねえ、もう少ししてからだ、オッチャン太ってるのに足が悪いってなんでだい?」
「いじめるなよ、俺だって昔はしっかりした家にいたんだ。でも博打で愛想つかされてな、しばらく駕籠屋をやってたんだが痛めちまって。ハハハところでお前はいい顔立ちなのになんで乞食をやってんだ?いい着物着たら化粧がなくても男娼として客が取れるし、愛人になれって言われるだろ」
「何言ってんだい、俺はだらしねえからフラフラ乞食やってるんだ。全部自分の身から出たサビ、今はこの暮らしがおもしれえ。オッチャン金があるならよこしなよ、餅買ってきてやんよ」
「ああ、頼むよ」そう言って鎌倉いざりは小僧に金をわたした。
大塚の刑場は大石家が、馬加邸は千葉家が管轄している。それらの使者、名は丁田 畔五郎 豊実と、馬加 蠅六郎 郷武である。彼らは、越後の長尾家から出された使者荻野井 三郎とともに帰路についていた。しかし三郎はけむたがられていた。各家の使者は、三郎をほうりだして、いちはやく各家の褒章を受けたいと考えている。お付きのものと三郎とは別の宿をいつもとった。ある日二人は申し合わせ、三郎だけは声をかけず約束の時間より朝早くに出立した。
諏訪湖のほとりで茶店に腰をかけ、蠅六郎は言う
「この刀、名刀落葉はな、人を切ると落葉が舞うといういわれがあるのよ」
「ほう、妖刀の類なのか、村雨丸も水気を発するからな」
「しかし、わが殿に返せば確かめるすべはないし、犬を斬ってもしょうがない、わたしは試したいんだ」
「あそこに乞食がいるぞ、苦しみが多いならこの世から救ってやるのも功徳だろ」
「ああ、そうだな、おいそこの乞食、ここに来い」
鎌倉いざりは呼びつけられる。
「あっしは何も悪い事してませんぜ、勘弁してくだせえ」
「うるせえ、いいからここに来い」
足の悪い鎌倉いざりを、二人は小突きながら前に立たせた。
二人が刀に手をかけたことで、鎌倉いざりは斬られると知った。逃げるしかない。
「ひええ、何てことしやがる」
「お前の人生は苦しみにまみれておる、私はこの手にした名刀落葉でお前を楽にしてやりたい」
「大人しくしろよ鎌倉いざり、死にたいと思っても死ねないのは苦しいだけだぞ、じたばたと命ごいをするのはみっともないことだ」
鎌倉いざりは答えて言う
「ふざけるんじゃねえ、苦があれば楽があるのが人生だ、虫けらだって命がある、死後1000年語り継がれたって生きてる一日の方が価値がある。あんたがたとは宗派が違うんでお引き取りください」
「ばかめ、肉になる牛の命乞いを聞く人間がいるものか」
「そんなに言うなら話してやりましょう、俺は実は武士なのだ。仇を討つために旅をしている。お前さんがたそんな態度だと自分が怪我をすることもあるって思わないのかい?」そう言って鎌倉いざりは杖を持って蠅六郎の胸を大きく突く。
「うっ!やりやがったな、覚悟」蠅六郎の放った刃が鎌倉いざりの腕、杖、そして胴をまっぷたつにし、血しぶきがあたりを濡らした。
「落葉は、舞わぬな」畔五郎が言う。
「ああ、試してみる価値はあった。名刀落葉、妖力は無いがすさまじい切れ味だ」
ふもとから戻って来た相模小僧が男らに声をかける。
「そこもとの刀、小篠・落葉でございますな、私の名は犬坂毛野胤智。それらは父が殺されたときにともに盗まれたものでございます。父のかたき、討たせていただきます」
「なにを、そうか芸者にまぎれて忍び込んで我が親類を皆殺しにしたのはお前か、俺の恨みを思い知れ、小文吾の首とともに貴様の首も土産にしてやろう、俺の名は馬加 蠅六郎 郷武」
「ならば仇の残党でございます、これは幸い、そこの畔五郎様も助太刀いたすならぜひ」
「おいナメるなよ小僧、お前が死んでも経はあげんぞ」二人は斬りかかるが、犬坂毛野胤智はズバン、ズバンとかわし切り、あざやかに新鮮な死体をひとつ作った。畔五郎には顔に傷を作ったが逃げられた。
荘助が小文吾より早く湖を急いでいると、死体を見下ろしてたたずんでいるぼろをまとった少年がいるではないか。これは異常事態、ん?手に持っているのはまさか…落葉か。急いでかけよると、少年は死体から他の刀も奪い取ろうとしている。
「まて!貴様は盗賊だな、日も高いのに不届きなやつ」荘助が怒鳴りあげると犬阪が答えていう。
「ほう、あなたもこの方のお供ですか?手間がはぶけます、殺して差し上げますよ」
「まだ貴様は若い、その刀を俺に渡すならこの場は逃がしてやろう。そうでないなら首を失って死ね」
「ふっ、見覚えのないお侍さま、この刀に執着があるとはあなたも馬加《まくわり》家のものですか?そうでないのなら後悔しますよ」
そう言って襲い掛かる犬阪、荘助は犬阪の攻撃を刀のつばで受けて距離をとり構える。ふたりはともに高度な剣の技を持っている。何合うちあっても勝負がつかない。
小文吾はようやく諏訪湖に到着すると、見れば荘助が子供と戦っているではないか、ん?おいおい子供ってあれはずっと探していた犬坂毛野胤智じゃあないか。
「おいやめないか、荘助殿、この少年が前から言ってた犬坂だぞ!犬坂殿も!俺を忘れたか、小文吾だぞ!ほら!一緒に馬加邸から逃げた男だよ、結婚するって言ったろ!」
叫んでも集中している二人には届かない、どうしようこのままではどちらか怪我を負う。ウーン、考えあぐねた小文吾は、近くの大岩を二人の間にぶん投げる。
二人の間が大岩で挟まれたので、戦いが中断する。荘助は止めたのが小文吾だとやっと理解し、犬坂もまた小文吾の膂力を驚き、顔を向ける
「これは…小文吾殿!久しぶりですね!なぜここに」
「ああ、犬坂殿、この男は俺の義兄弟なんだ、恨みがあるかもわからんがちょっと刀を収めてくれないか。荘助殿、この方が以前話した犬坂毛野胤智殿だよ」
そこでようやく、事の次第を話し合うことができた。
犬坂は
「この刀は私の父が籠山 縁連の陰謀で殺されるまぎわに持っていた刀で、殺されるときに盗まれたのでございます」と伝える。
荘助も
「この刀は、俺が幼いころ父が切腹した時に鎌倉で取り上げられたものだったのだよ」と、伝える。
うん?もう一人の死体は?小文吾が尋ねると犬坂が答える。
「このさむらいが、私のなじみの鎌倉いざりを試し切りにしたので、その仇を討つというかっこうにもなりましたね、小文吾さんの首を持っているなんてことも言ってたので、討っちゃえと思いました。生きてたんなら悪いことしたかな?真の仇、籠山 逸東太 縁連を倒せば千葉家に返してもいいかなと思っておりましたけど、犬川荘助義任様が古くからこの刀を知っているというなら、もともと千葉家のものではないのかもですね」
荘助は、少し間をおいて服を脱ぐ。もものあざを見せて言う
「犬坂どの、おぬしもこのような牡丹のあざがないか?そして文字が入った水晶の玉を持ってないか?」
「ええ?ごっ…ございますなぜそれを…」
犬坂はそでをまくると二の腕に牡丹のあざがある。そして手には「智」の玉が。
「やはり、お前も俺たちの兄弟なんだぜ」小文吾も脱いで、自分の尻のあざを見せてやった。
「そういう事ならこの刀はあなたが持っていてもかまいません、私は別のものを持っておりますので」
二人はそうして刀を収めた。
ちなみに、逃がした畔五郎は、偶然見かけた小文吾が斬り殺している。刀をとりかえ、死体のそばに置いておいた。大石家の者だということはわかるので、一緒に出たはずの荻野井三郎が見つけ出して、なんやかんやで借りた刀は元の由充《よりみつ》殿のもとに戻るかもしれん。小文吾がそう話すと犬坂はニコっと嬉しそうに笑った。
その夜は、三人で多くのことを語り合った。
鈴茂林の仇討ち
氷垣の里、穂北荘
犬飼現八信道と犬村大角礼儀は、まだ毛野を見つけ出したと知らない。千住のあたりを二人で旅していると、旅の包みを盗まれる。
「なにしやがる!」
追いかけると、どうやらやつらは二人連れ、つづらをかかえているのですぐに追いつき、荷物を奪い返すが、つづらも置いて逃げやがった。
「近くの村のものだろうね、返してやろう」中身は鎧だ。物騒だな。
そう言いながら村を目指すと、村から出てきた浪人あがりかと思われる屈強な農民に囲まれた。
「私の名は、氷垣夏行、お前たちは泥棒だな」あとから現れた威厳ある老人にそのように問いかけられる。
「勘違いするな、返してやろうと持ってきたんだ」
弁解するが、信じてもらえない。そこに先ほどの盗人たちが空からドサドサと降ってくる。なぜか気絶している、
「あ、こいつらだよ盗人は!」
「なんで空から降ってくるんだ?」
そこに現れたのは犬山道節忠与と犬塚信乃戌孝である。怪しいものを捕えたら、現八の声がするので、助けてやったのさ。という。
「知らぬ事とはいえ失礼いたしました。皆さま本日は我が家にお泊りください」氷垣夏行が土下座で詫びるので、しょうがない、盗人扱いされたことは、現八も大角も許すことにした。
この時はじめて犬塚信乃戌孝は犬村大角礼儀と会う。実は赤岩一角は犬塚信乃戌孝の父、犬塚番作と旧知の仲で、幼い頃ともに剣を鍛錬した仲だった。
「お前が『礼』の持ち主だったとは」と信乃は驚く。
「信乃と俺は兄弟みたいだと思ってたんだよね」と大角。
額蔵こと犬川荘助義任とともに、信乃が女として育てられた時代を知っている大角なのであった。
氷垣夏行の館で夕食をいただく。
「あのつづらの中身、鎧具足は、この村のものなのですか?」現八が尋ねると、氷垣夏行は教えてくれた。
「我らは足利持氏に仕え、永享の乱と呼ばれる結城合戦で敗北し落ち延びた武者たちなのです。私がまずこの地にたどりつき、部下たちも同様に流れてきたため、この地で農民をやっておるのですが、現在の足利成氏公に仕える気になぜかなりませんで、この地で百姓をしながら機会をうかがっておるのです」
「結城合戦といえば、里見義実公とともに、私の父犬塚番作がいた戦ですね」信乃が応える。
「懐かしい、その時は大塚番作と言っておりました。私の戦友です。大塚に住んでおりましたが、息子さんでしたか」
「我らはともに不思議な縁でつながっているのです」
信乃が夏行に犬士たちのことを話すと、非常に興味を示してくれて
「そういう事ならば、ここをあなたがたの根城にするがよいでしょう。我らも元は武士として、全員戦えます、また、農作業もいいものですぞ」
犬山道節忠与は自らの目的を果たしたい。
「私がこの地に来たのは、扇谷定正を討つためです。我が犬山家はやつに滅ぼされた。いま武蔵の伊皿子城にいると聞いたので」
「では、村のものの中に、助太刀しようというものも多くあらわれるやもしれませんな、ここは犬山殿と同じように豊島家の残党も多く、管領家を快く思わないものばかり」氷垣夏行は嬉しそうに笑う。
湯島の猿捕
湯島で毛野は居合師として見世物をやっていた。歌を歌って長刀をきらめかせ刀の腕を披露した。居合師の美貌に多くの女性客が歓声をあげている。
そこに駕籠に乗って現れたのは扇谷定正の妻、かなめ御前である。お付きのものが取り乱したため、飼っている奥方の猿が逃げ出した。大慌てで部下が追うが、今はサルめ、大銀杏の木の上でポリポリと頭をかいている。
「これ、わらわの猿を捕まえたものは望みの褒美をとらせるぞ」
そう御前さまが言う、しかし部下も町人も、自分がケガをするか、サルを怪我させるかだろうと手がでない。毛野がニヤニヤしているとお付きの武士に怒鳴られる。
「お前、笑ってる場合か、笑いごとじゃあないぞ、お前なら捕まえられるのか?」
「ああ、私ならなんとかやれるでしょう」
毛野は縄を取り出して、縄を結び、縄を投げ、ひょいひょいと自在に銀杏を登りはじめた。下にいる者たちはため息を漏らす。ついに猿はおとなしく生け捕りに。
かなめ御前の館に行くと、毛野は、かなめ御前と河鯉権之佐、その息子、河鯉孝嗣に会う。
河鯉権之佐は、褒美はいらぬという毛野の心胆とその居合と軽業の能力を買って、扇谷家の秘密を打ち明けた。
「わが扇谷家は知る通り代々関東管領として鎌倉幕府を補佐する役目を負っておるが、他の管領家である上杉、家来筋の長尾家や山内家との紛争が絶えない。そのため小田原の北条早雲と結んでこれらを滅ぼそうと考えているようなのだ」
「ほう、そのような事が」毛野が答える。
「御前様、よろしいのですか?」息子孝嗣が心配する。
「わらわはこれらの家と縁が深いので、戦ってほしうない」
かなめ御前が答えると、河鯉権之佐は続けて言う。
「そこで…我らの使者が近く小田原に使者として向かうが、おぬしにはこの使者を殺してほしいのだ。おぬしは忍びの技に精通しているとみている。違うか?」
沈黙が流れる。
「その、使者の名は?」毛野が問いかけると、驚くべき答えが返ってくる
「籠山 逸東太 縁連。多くの家を点々としながら、なぜかどこでも重用される、信頼ならない男だ」
その名こそ、毛野の宿敵の名であった。
悪女船虫の最後
悪女船虫は、小文吾を湯島で見かけたので隠れていた。様々な男をからめとり、生活をしている。しかし今日いよいよ湯島で小文吾を見かけたので、ここにはもういられない。偶然出会った籠山 逸東太 縁連の弟子八党東田という男と一緒に悪事を重ねていた。
「そんならもう4、5人客を殺して路銀にしよう」八党東田は船虫に言うと、船虫は芝浜で御座を敷いて体を売り、客の舌を噛み切って殺し、金品をすべて奪い取るという技を好んだ。死体は海に流す。手こずらぬよう獲物はしっかり油断させ疲れさせる。
小文吾も逆に、湯島ですでに船虫を見ていた。殺しても飽き足りない悪女である。おそらくは身体を売って男をワナにかけるとみていた。
芝浜で、船虫は牛をひいている農民に声をかけた
「もし、お前さん、私は家で子供が泣いているのに金が尽きて生きていけないのです。助けると思って抱いていただけませんか」
農民は不幸なことにその話に乗る。殺され、海に流された。
「この農民、牛は立派だが金は持ってなかった。牛を買った帰りだったのかね」船虫は牛を扱えないので、縄を海岸の松につなぎとめて、別の客を取ることにした。
続いて、浜を歩くすげ笠のさむらいに声をかけた。
「もし、お侍さま…私を助けると思って抱いてくださいませぬか」
「ああ、いいとも、会いたかったぜ船虫」
声をかけたのは不幸なことに小文吾である。「助けて!小文吾だ!」八党東田に助けを呼ぶが犬村大角礼儀もあらわれすでにとらえている。
「この女だけはこのまま生かしてはおけぬ」犬村は妻を追い込んだこの船虫が許せない。
かつて越後で闘牛を見ていた小文吾が、赤牛をいきりたたせ攻め立て、船虫を突き殺すように命じた。船虫と東田は何度も牛の角に全身を叩きつけられ、何度も突かれ、全身に穴をうがたれ、苦しみの中絶命した。
鈴茂森の仇討ち
「会いたかったわ、籠山 逸東太 縁連。私の名は犬坂毛野胤智。あんたに殺された粟飯原首胤度の子よ。今夜一族の恨みを晴らします。全員死になさい」
犬坂毛野胤智は手に落葉を持っている。
しかし敵は多数、春の田植え前の水を張っていない田んぼの中で、犬坂は必死に戦ったが多勢に無勢、劣勢になってくると、
「犬坂!助太刀にまいった!」
そこに現れるのは犬田小文吾悌順と犬川荘助義任である。ともに諏訪湖で思い出のある二人。
「小文吾殿、ありがとう、でもなぜわかったのです?」
「俺たちは犬山道節忠与が、扇谷定正を討つための手助けをしていたのだ。毛野がいるとは想定外だが、お前の仇なら手伝うぜ。ちなみにこいつらを全滅させたら、扇谷定正は自ら軍を率いて出るだろう。そこで扇谷定正を殺そうというのが大方の作戦だ。使者がお前の仇だというのは幸運だったな。お前も」
三人になり心強さは3倍、ついに犬坂は籠山 逸東太 縁連を追い詰め首を切った。
犬塚信乃戌孝、犬村大角礼儀、犬飼現八信道、犬山道節忠与は、氷垣の里の勇士たちとともに伊皿子城を攻めていた。いよいよ扇谷定正を討つとき。籠山 逸東太 縁連が城の目と鼻の先で討たれたと聞いて、扇谷定正自身が怒り心頭で出陣してくるが、剣士たちの活躍で扇谷定正の軍ほぼ壊滅させられ、怨念をこめてひきしぼった犬山道節忠与の放つ弓はついに扇谷定正のかぶとを射抜く。犬塚信乃戌孝らは伊皿子城を焼き討ちする。いよいよ敵討ちも成ったか。これにて扇谷定正も最後と思われたとき、城からこちらに向かってくるものがある。駕籠と、若武者である。そこに、犬坂毛野胤智も合流する。
「父は死にました」男は河鯉孝嗣である。
きけば、かなめ御前と父、河鯉権之佐は敵と内通していたという咎から切腹したという。駕籠をひらくと二人の死体。
犬坂毛野胤智は、犬山道節忠与に、どうかこのまま扇谷定正を逃がしてくれ、河鯉孝嗣殿によって私の仇は討てた。私に免じておさめてくれと懇願した。
「お詫びは必ずいたします!」
「ちええ無念なり」犬山道節忠与は歯がみをして悔しがる。
犬士たちは合流し、大法要が行われるという結城の地を目指すことにした。
犬江親兵衛仁の活躍
4歳で神隠しにあった犬江親兵衛仁は、富山にて、伏姫神と八房によって連れてこられた。
彼を育てたのは姥雪家である。
なんと、荒芽山で別れた姥雪世四郎、その妻おとね、その双子の息子の嫁ひくて、ひとよ。そしてその嫁の子「力二郎」と「尺八」。ひくて、ひとよは不思議なことに夫そっくりな子を処女のうちにさずかった。
そこから5年、9歳のころ、伏姫神に「11歳の王子様が悪いやつにさらわれたのよ、義通を救えるのは特別な力を持ったお前だけ」とお告げがあったので、山を下りる。
「僕が一番に決まってるよ」
「あなたはまだ幼く礼儀を知らない。くれぐれも目上の人に無礼をはたらかないように気をつけなさい」ひくて、ひとよは親兵衛がかわいい。
「はーい」
蟇田素藤という悪人
蟇田素藤は盗賊である。上総、上房総の館山を根城にしているが、行くところも隠れるところもないので諏訪神社の楠の上にほらあながあったので、そこで寝泊まりするようになった。ある日夢を見る。
「わたしはお前を待っていた。隣国の里見ももともと領主を殺して城を乗っ取った。お前にもできる」
館山の領主は悪政を敷き庶民を苦しめていた。蟇田素藤が陰陽師の真似をして「領主を討て」と説くと、城のものたちは領主を討った。しかし蟇田素藤は、そそのかされた男の首を撥ね
「天意によって謀反人に天誅を下す」と言ってみなの前で首を斬る。
その後、言論にまかせて館山城をわがものにした。
領主には「朝顔」「夕顔」と呼ばれた側室がいたが、その二人だけはそれに従わず喉を突いて死んだ。蟇田素藤はさらに悪政をしいて民を苦しめた。
しばらくして諏訪神社を参拝する里見の5女浜路姫を見てわがものにしたいと思い始める。
そこに妙椿と人に呼ばれる尼僧の噂をきく。思う相手をわがものにするすべを持っているという。
「俺の求める女を出せ」
妙椿は魔術で「朝顔」「夕顔」を出した。
「そうではない、俺が求めているのは浜路姫である」
「ではこうしなさい、諏訪神社のけやきに穴がある。そこに兵をかくして、里見の若君をさらうのです…けやきの穴は城に通じさせなさい」
その声は、かつて諏訪神社でみた夢の中の声であった。
まんまと義通の誘拐成功した蟇田素藤は、息子が殺されたくなければ浜路姫を俺によこせと里見を脅し始めた。
親兵衛の登場
さらわれた義通の祖父、里見義実は、富山に登り、伏姫神に義通の無事を祈っていた。そこに現れたのは十数名の蟇田素藤の子飼いの盗賊。
義実を殺せばさすがにいう事をきくだろうという魂胆である。
しかし、そこに義実を助けに現れたのは巨大な馬に乗った幼い少年であった。
「僕は親兵衛、八犬士の一番の勇士と知られている男は僕のことでございます!」
なんと、まるで桃太郎か金太郎か。かわいい男の子はたちまち盗賊をやっつけた。
「驚いたな、お前親兵衛か」
里見の手のものが盗賊を殺そうとすると
「あ、殺さないでください、僕人が死ぬのダメなんです」という。ちなみに馬は青海波と呼ばれる巨馬である。
里見の城には祖母の妙信がおり、大八!大八!と泣いて喜んだ。
親兵衛の城攻め
親兵衛は、現在の城主里見義成の名をうけて蟇田素藤を討伐する。
いつ里見の大軍が攻めて来るかと昼夜警戒しているなか、親兵衛は堂々と歩み寄る。
「犬江親兵衛仁!里見家の使者としてうかがいました!城をあけてください!」
そこは城門をあけてくださいだろうと思われながら中に通される。
蟇田素藤の間に通されるが、犬江親兵衛仁は鎧櫃の上に腰掛ける。
「おのれぶれいもの」
蟇田素藤が切りつけようとするが、仁は鉄扇でそれを受け蟇田素藤を引き倒す。鎧櫃の上に腰掛け足元には蟇田素藤を踏みつけたかっこうである。蟇田素藤も腕力に自身があるが、青い顔をして脂汗を流している。
「みなのもの…お願いしてくれ…助命を…お願いしてくれ」
蟇田素藤が苦し気にそう言うと周囲のものも平伏して助命を願った。
「ならばこの犬江親兵衛仁に従いますか?」
「はは、従いまする」
仁が足を離し蟇田素藤を自由にすると、蟇田素藤が反撃を試みるが、犬江親兵衛仁は鉄扇の一撃でそれを気絶させた。
「卑劣な男ですね、条件がきびしくなりますよ!」
こうして、犬江親兵衛仁の前に蟇田素藤は捕らえられた。反撃をこころみる者をことごとく返り討ちにし、馬にのって里見領に帰る。
「これにて一件落着です!」まるで桃太郎である。仁は蟇田素藤を打ち首にしないでくれと里見に伝え、里見はそれを聞きいれる。
老たぬき妙椿の最後
仁の助命によって蟇田素藤は顔に月の刺青をされ、部下とはまったくちがう場所に追放された。しょうがないのでたった一人で野党をすると、向こうから女が三人来る。あれくらいなら一人でも襲える。よく見れば妙椿と朝顔、夕顔の二人であった。
「情けない、もう一度機会をやろう、しっかり里見に一撃を食らわせよ」
妙椿は近隣の盗賊団を全員集めていた。大ケヤキの洞穴から再度館山城内に入り、里見勢全員をしばりあげる。
「姫をよこさなければ、1日に3人の兵を殺す!我らを攻撃するなら10人殺す!」
仁は、そうと知らずに他の犬士に会いたいので穂北の荘を目指して湯島を見物していた。湯島でのんびりしていると、育てのおじいちゃん姥雪世四郎があわてて呼び止めたのである。
「仁、蟇田素藤が手下をつれてまた館山城を奪った」
「ええっ!? わかりました、じゃあもう一度行きます」
「いやそれが、今度は仁のせいでそうなったというものもいてなあ」
「えー、僕が悪かったんですか?」
「うーん仁の首を持って行って兵を開放させろという声もある」
「はやく帰りましょう、あ、いやちょっとまって」
そう言って仁は首を斬られそうになっていた河鯉孝嗣を助けた。
「僕、ひとが死にそうなのってきらいなんです」
河鯉孝嗣を助けると、きつねが寄ってくる。
「ありがとうございます、私は以前この地で人間に化けておりましためぎつねです。もとは房総半島にいたのですよ。政木という名でこの方、河鯉孝嗣さまに仕えていたのですが、先日城が落とされ、処刑されそうになっていたのです。お礼に先ほど聴いておりました。館山城の秘密を教えます。神社の楠は城につながる秘密通路がありますよ」
「おじいちゃん、帰ろう!」
そうして、今度は犬江親兵衛仁たった一人で館山城へ潜入し、見張りの盗賊を脅して蟇田素藤のもとへ。
そこには淫蕩にふける蟇田素藤と妙椿と朝顔夕顔の4名が。
蟇田素藤は犬江親兵衛仁を見るやたちまち刀をもってこれが最後とばかりに襲い掛かる。
犬江親兵衛仁はそれをまた軽々と倒すと、鳥に変化して逃げようとする女たちを見た。
「あれはもしかして人間じゃないのかな?」
手に持った水晶玉をぶん投げると。「ギャ!」空から黒いものが落ちてきた。
なんとそれは、おおきな古だぬきであった。これこそ、悪の根源であっただろう。老里見義実公に見せることで、この地にあった因縁がひもとかれることになるのだった。
結城の法要
指月院のゝ大法師は指月院を離れ安房に戻るよう手配していた。七人の犬士は扇谷定正を共通の敵としている。関東管領には扇谷上杉家、山内上杉家、古河公方と呼ばれる足利持氏があるが、扇谷に縁のある家に仕官はできない。
蜑崎輝文は八犬士と縁のある里見家の過去を語る。
里見家の過去
信乃の父も参加した結城城の戦いで、里見義実の父は
「義によって足利副将軍家を助けているが、お前は生き残って里見の名を後世に残せ」と命じる。
後ろ髪をひかれる思いで里見義実は安房の国へ向かう。そのとき海に白竜を見た。
「この方角に向かえというのか」
まず、義実は安西景連のもとに行く。安西景連は里見義実を見るなり、自分にとって害になると感じたので「鯉を寄進せよ」と伝えた。
その時代、鯉は安房の国には存在しなかった。それが安西景連の手なのだ。
しかし里見はそのことを知らないので鯉を探して回る。その時であったみすぼらしい男が鯉をどのように手に入れたらよいか教えてくれた。それが金碗孝吉と言い、のちの重臣となる。
金碗孝吉は神余家の家臣だが、今、同じ家臣である山下定包による奸計によって主君が殺された。その裏で糸をひいていたのは玉梓という女だった。里見は鯉の礼に金碗孝吉を助けて山下定包を討った。そして玉梓も捕らえた。
この玉梓、一度は助命しようというところを、金碗孝吉の進言によって処刑される。玉梓は「児孫まで、畜生道に導きて、この世からなる煩悩の、犬となさん」そう言い残して死んだ。
金碗孝吉は里見に仕えるようになり、その滝田城は里見家の城となった。
ちなみに、山下定包による奸計によって、杣木朴平は山下定包を討つべく弓を射ったが謝って主君|神余光弘を殺めてしまう。
そして自分を止めに入る那古七郎をも、杣木朴平は殺める。那古七郎が犬田小文吾のおじにあたる。小文吾は父と安房を出た。杣木朴平の孫が、小文吾の義理の弟である山林房八。その子が犬江親兵衛仁
玉梓の怨霊は狸にやどり、八房をはぐくんだが、八房は伏姫の読経により心を救われた。犬江親兵衛仁が妙椿を倒したことで、その怨念もようやく潰えたのである。
結城の法要
伏姫と八房の菩提をとむらうために水晶玉を集めていた。そしてそれらはすべて集まった。七犬士がゆかりのある結城城に訪れ、伏姫のための法要を執り行う。
しかし、悪僧徳用と一部の結城家重臣が法要の妨害を図った。七犬士は協力して襲撃者と戦い、蟇田素藤の再乱を鎮定して駆けつけた親兵衛も合流し、ここに八犬士は集結する。これは結城家が介入して事態は収拾される。犬士たちはともに安房に赴き、里見家に仕えることとなった。
仁の京都物語
八犬士の結集を見た里見義実は、ゝ大法師が出家したことで金碗氏が絶えることを惜しみ、八犬士の姓を金碗に改めることを提案した。改姓許可を得るため京の朝廷に使節を派遣することとする。使者に選ばれたのが犬江親兵衛仁京都に向け出発し、朝廷から許可を得た。しかし、美貌の親兵衛は管領細河政元に気に入られて抑留されてしまう。
親兵衛は「京の五虎」と称される武芸の達人たちや、結城を追われ京都に戻っていた悪僧徳用(父は細河家の執事)との試合を行い、大いに武勇を示した。
平安時代の画家巨勢金岡の描いた画の虎が抜け出て京都を騒がす事件が発生する。虎を退治した親兵衛は、褒賞として帰国を認めることを細河政元に認めさせ、安房への帰国の途に就く。
関東大戦
防衛作戦の采配
いよいよ、扇谷上杉家、山内上杉家、古河公方と呼ばれる足利家が連合して里見を滅ぼそうと攻めて来る。
扇谷家は水軍をもって里見本営を直接攻撃する。
足利家、山内家は利根川ぞいの国府台および行徳の両方面から進軍し、里見領を南北から挟撃しようという作戦である。
里見家では作戦が練られた。里見義成が檄を飛ばす。
「水軍を含む安房防衛軍の指揮は、犬山道節忠与、犬坂毛野胤智に命ずる」
主君である里見義成は、忠与の扇谷への因縁を配慮してのことであり、また毛野が忠与に借りがあることを知っているための采配だった。忠与は大いに発奮し、毛野は扇谷を偵察するために単身忍びの術で敵軍に入り込んでいた。
里見義成は続ける。
「陸路の敵軍を迎え撃つ大将に里見家嫡男、義通を任ずる。が、まだ年若いため補佐をつける。国府台は犬塚信乃戌孝、犬飼現八信道に命ずる」
それは足利成氏に対抗するための人選である。芳流閣の戦いを演じた二人に適任であるとして、二人は大いに感激した。
「川下の行徳方面は、犬田小文吾悌順、犬川荘助義任に命ずる。
犬田は行徳を故郷としているので感激し奮い立った。
「犬江親兵衛仁と犬村大角礼儀両名は、機に臨み変に応じて采配を振るうことを命じる」
行徳の戦い
行徳から攻めて来るのは山内顕定が率いる二万の軍。犬川荘助は川べりの葦に隠れて突然
「かかれ」と斬り込む。
船団は葦をさけて上陸するが、今度は小文吾が船団を繰り出し敵勢を攻め立てる。行徳の川は小文吾が熟知しているため、敵を圧倒し霧散させた。
国府台の戦い
国府台では敵軍二万六千、里見軍一万四千という総力戦が展開された。
互いに船をよせあい矢をいかけあうが、やがて乱戦が始まる。足利勢は敵の指揮に犬塚信乃戌孝、犬飼現八信道がいることがわかると、汚名を返上するため奮い立って攻め立てた。そのため陸上でも水上でもやがて里見が押され始めた。
総大将、里見義通《よしみち》の顔に焦燥がみられた時、後方から犬飼現八信道を助けるべく犬村大角礼儀がかけつける。
里見義通《よしみち》は笑みを浮かべていた。犬江親兵衛仁は船団を率いて上げ潮に乗って敵軍へ切り込んでいったところが見えたからだ。
折よく高潮で川が逆流する中、犬塚信乃戌孝と犬江親兵衛仁はたがいに連携しながら奮戦しついに敵軍を壊滅させた。
芝浦の夜
扇谷定正は出陣を早めようと考えていた。里見全軍が北の防御にあたっているので、決着前に滝川城を落とすことができる。そうなれば、連合軍の最大功労はわが軍となり戦後処理も格段に有利になる。そう考えながら芝浦を、供もつれず歩いていた。
身投げをしようという女がいるので声をかけた。
「お前はなぜ死のうとするのか」
「兄が扇谷軍に参戦して出陣するからです。12月6日以前に出帆すると、嵐に見舞われて命をおとすと占いで出ました。なので兄との別れを嘆いています」
「なんにせよ身投げはおろかだ、この金をわたすから身投げを考え直せ」
すると、尺八を吹きながら僧があらわれる。
「おや、娘、お前は身投げするのかい?いやあ、顔に死相は出ていないな。長生きするぞ、まあ考え直して寺に来なさいよ」
それを聞いて扇谷定正は僧をよびとめる。
「まて、そなたは人相学に詳しいのか?わしの顔はどうじゃ、死相がでていないか?」
「おそれながら、扇谷様の軍の方は…」
「申してみよ」
「月のはじめに難が多いですな、月のついたちから、五日あたりに」
そういえば、と、扇谷定正は過去の伊皿子城の事などを思い出し、確かに月のはじめごろにある。と考えた。
扇谷軍は出航を3日予定のところ7日に伸ばした。
これにより里見軍は大きく準備を整えることができた。
自殺を図った女は犬坂毛野胤智、人相を見た僧はゝ大法師であった。
洲崎沖の海戦
扇谷軍が予定を遅らせ洲崎沖に軍船を展開すると、里見方からも30そう程の小舟が出た。風と潮の流れにまかせて扇谷軍によると、積んでいた芝が燃え始め、扇谷軍の船を焼き討ちしはじめる。乗りてのいない柴草舟は爆炎をあげながら火炎弾を打ち出し大船団の中を割って入る。これこそが軍師犬坂毛野胤智の作戦である。敵船がばらばらになっていった中に犬山道節忠与は自ら先陣を切っておどりこみ、巨船に乗り込んだ。扇谷定正を自らの手でとどめをさしたいがためである。しかし扇谷定正を打ち取ることはできず、水軍は洲崎の浜に凱旋した。
大団円
関東の治安の悪化をうけて、京都から講和の使者が来る。
扇谷家、足利家、山内家は里見に和睦を提示し、里見も受け入れた。
里見義成は朝廷より正四位左少将をさずかり
嫡男義通も従五位右衛門佐となり
隠居の里見義実も治部卿にのぼった。
八犬士もまた
犬江親兵衛仁は兵衛尉に
犬川荘助義任は長狭介に
犬村大角礼儀は大学頭に
犬坂毛野胤智は下野介に
犬山道節忠与は、帯刀先生に
犬飼現八信道は兵衛権佐に
犬塚信乃戌孝は信濃介に
犬田小文吾悌順は豊後介にそれぞれ任ぜられた。
そして、それぞれの犬士は、下記のとおり城を与えられ、里見家の姫君とそれぞれ結婚した。
館山城主、犬江親兵衛仁はしずお姫と。
長狭城主、犬川荘助義任はきのと姫と。
御厨城主、犬村大角礼儀はひなき姫と。
犬懸城主、犬坂毛野胤智はおなみ姫と。
朝夷城主、犬山道節忠与は、たけの姫と。
神余城主、犬飼現八信道は、しおり姫と。
東条城主、犬塚信乃戌孝は、はまじ姫と。
那古城主、犬田小文吾悌順は、いろと姫と。
これにより里見家もろとも孫の代さらにその先まで末永く栄えたのだった。
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