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彼岸の花が僕の頭蓋に静かに咲く頃【詩】

眠りの先にある夢の通路に隠れる
人ひとり通れるか細い道を抜けて
寄る辺ない蛇が宙に踠き、のたうちまわり螺旋を描くように
崩れかけの石階段が高い

踏み外せば命はないというのに
歪んだ樹々が行く手を阻む

見下ろせば地に血の落葉の徒霞か

僕が望んでやってきてくれた夏の熱気が僕の望みを越えて
沸き立ち
読経する蝉時雨を無音にし
恥ずかしみ遊びに誘う木漏れ日を遠のかせる
微かにまだ生きている肉体に滲む汗に乾涸び溺れ死ぬ生々しい冷たさに触れている

石を砕いた剥き出しの根と
時の土に染み込んだ朝露と
死んだ季節の香りとを踏み越えて
立ち並び迎える大樹の柱
辿り着いた雲を纏う山寺
明日にも崩れるかのように建立されて聳える

お堂に立ち入り幾人もの人が奥へと続く暗闇に向かって平伏す
祈りの念がさらに内奥へと僕の背中を押して進ませる

そこにぐるりと置かれていたのは
顔崩れの
胴崩れの
脚崩れの
腕崩れの
不具の仏像たち

それを横目に
朽木と黴と湿気と今は亡きお香とその煤の
ない混ぜとなった香りを潜り抜ける

記憶にない懐かしさに取り憑かれ
彼岸の花が僕の頭蓋に静かに咲く頃
濡れたように艶やかな長い黒髪の顔無しの女に声をかけられた
美しかった
どれかお香はいかがですか、と
僕はラベンダーのお香を手に取ると
素敵な趣味ですね、と
微笑んだ

帰路、ひぐらしの鳴く山奥のバス停に着くまで

すれ違う人もあの人に会うことになるのかと思うと
なんだか寂しかった
もう二度とあそこに行くことはできないだろうけど
それでも


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曲田尚生
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