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一番重要なのは「人間」だ【The Coming Wave】
今回、ムスタファ・スレイマン著の『The Coming Wave』という本を読みました。膨大な知識量と深い洞察に富み、多くの重要なテーマが取り上げられていました。
本書は、主に「合成生物学(Syn-Bio)」と「AI」がもたらす未来について論じています。著者はGoogle傘下の人工知能企業であるDeepMindの創設者の一人であり、AIの進化を最前線で目の当たりにしてきた人物です。
テクノロジーの歴史とその拡散
著者は、人類の歴史においてテクノロジーは常に開発され、拡散してきたと指摘しています。その進行を抑制する試みは過去にも数多くありましたが、核兵器を除けばほとんど成功していません。この観点から、テクノロジーの進化を止めることは事実上不可能だと述べています。
本書を初めて読むと、著者はテクノロジーに対して否定的な保守派であるかのように見えるかもしれません。しかし実際には、彼はテクノロジーに対して楽観的でありつつも、それが正しく利用される必要性を強調しています。そして、人間自身がテクノロジーよりも重要であることを決して忘れてはならないと述べています。
技術的特異点とそのリスク
人工知能の深化により、将来的には「技術的特異点」と呼ばれる地点に到達する可能性が指摘されています。これは、AIが人間の制御を離れ、自律的に進化していく状態を指します。このシナリオは、合成生物学や量子コンピュータ、ナノ分子テクノロジーといった他の急進的な技術と融合することで、人類にとって制御不能な状態や文明全体への甚大な影響を引き起こしかねないとされています。
著者は、このような技術の暴走が社会全体に壊滅的な影響を及ぼす可能性を警告しています。また、現在の対策は非常に不十分であると嘆き、より効果的なアプローチが求められていると強調しています。
危機感を共有し、行動する
それにもかかわらず、著者はテクノロジーがもたらす課題に対して悲観的ではありません。むしろ、この問題を広く共有し、多くの人々が協力して行動することで、テクノロジーが引き起こす社会変動をより良い方向へ導けると述べています。
国家とテクノロジーの支配力
すでに不安定になっている国家で、セクトや分離独立主義組織、慈善団体、ソーシャルネットワーク、狂信者や排外主義団体、ポピュリスト的陰謀論者、政党、マフィア、麻薬カルテル、テロ組織などによる国家建設のチャンスが来たら、何が起こるだろう。今の国家で政治に参加できないなら、自分の都合のよい国家を作ればいい。
一方で、著者は国家の限界にも言及しています。現行の国家体制は、急速に進化するテクノロジーを十分にコントロールできる力を持っていないと指摘しています。特に、ブロックチェーンやAI、ゲノム技術が進化し、「国家から独立しても生存可能なコミュニティ」が出現するリスクについて警鐘を鳴らしています。
例えば、「自由にゲノム編集や人体生成を進められる小国家」が誕生した場合、その影響は計り知れません。そのような事態が現実のものとなれば、誰も予測し得ない事態が引き起こされる可能性があります。
来るべき波への対処
著者は、「来るべき波」に対して私たちができることは、テクノロジーが引き起こす災厄を認識しつつ、それを未然に防ぐための努力をすることだと述べています。この努力は、歴史的にテクノロジーが拡散してきた法則性を考慮しながら、異常な発展を抑制する効果的な方法を模索することを含みます。
著者の主張の根底には、テクノロジーは人間が生み出した「副産物」にすぎず、それ自体が世界の全てではないという考えがあります。この点に関しては、私自身も深く共感しました。
結論
テクノロジーは未来の展開の中心になることは間違いない。だが、テクノロジーは未来の中核ではないし、真に重要なものでもない。一番重要なのは、私たち人間だ。
『The Coming Wave』は、テクノロジーがもたらす可能性と危険性を考察する上で非常に重要な一冊です。著者の洞察を通じて、私たちは未来の方向性を考え直し、テクノロジーをより良い形で利用するための行動を起こす必要があると強く感じました。