スイスとみなかみ 似て非なるものと非して似たるもの【前編】 #スイス #ユングフラウ #ツェルマット
旅の醍醐味は異世界や異文化との邂逅にある。今まで目にしたことのない景色、吸ったことのない空気、口にしたことのない味わい、その異質さによって日常から遠く離れた土地へ来たことが実感でき、好奇心が呼び起こされる。昼夜逆転の時差のなか重いバックパックを背負って何キロも歩くことの疲れなんぞは、道中絶え間なく活性化されるドーパミンが簡単に解決してくれる。
今回は世界屈指の山岳リゾートを有するスイスへの旅。
そのスケールにこそ違いあれど、6年前に移住し今も暮らす群馬県みなかみ町とロケーションが似ているといわれるスイスの山岳観光地について、実際の目で見、足にて歩くことで様々な視点から みなかみ⇄スイス を重ね合わせて比較してみること、そして、みなかみの強みや課題を改めて浮き彫りにしつつ、当町独自の高付加価値化について考えてみようということが今回の旅のテーマであった。
旅の拠点としたのは
インターラーケン|Interlaken
ツェルマット|Zermatt
の二つ。
Swissairでチューリッヒに入り、ベルンを経由してミラノへ国境越えするまでは全て列車による移動。スイス内での今回の交通費は計CHF 411(約70,000円)と安くはない出費であったが、スイス政府観光局が外国人観光客向けに発行する「Swiss Half Fare Card」を購入していたため、運賃は所定の半額となり、これでも割安感はあった。スイスの列車は時間に正確、そして静粛性と安定性に優れていて乗り心地が良い印象を覚えた。
因みに、アイガー麓のグリンデルワルト駅からヨーロッパ最高地点(標高3454m)にある鉄道駅ユングフラウヨッホまでは、ロープウェイと登山列車を乗り継いで時間にして1時間と少し。短い行程ではあるが運賃は往復でCHF200(約34,000円)と高めに設定されている。それでも、アイガー北壁の目の前を快適なロープウェイで悠々と通過し、岩壁内を貫いて上へと走る歴史ある登山鉄道に乗車することの体験価値、そして、世界遺産に登録されている有数の氷河を上から見下ろす絶景を目の当たりにすると、コストパフォーマンスは決して低くないと感じた。これだけを見てもスイスの観光産業における収益性の高さを伺い知ることができる。
4,000m級の山々や氷河の上へ容易にアクセスできる整った交通インフラ
世界中の登山家が競い合う至高の舞台となっている名峰アイガー(3,970m)と、その栄誉ある名場面から悲惨な山岳事故まで、歴史的な事柄を幾度となく史に刻んだ死の壁「アイガー北壁(Nordwand / the North face of the Eiger)」。ヒマラヤのそれらと同じように人を寄せ付けることのない地の果てのような場にあると思いきや、山のすぐ麓には豊かな村が栄え、そのターミナル駅からアイガー胎内を経由してその先のメンヒとユングフラウの鞍部に位置する駅「ユングフラウヨッホ」までは、30-40分おきに登山列車が発着し、誰でも容易にこの夢の舞台へアクセスすることができる。これは、マッターホルンでも同じであったが、3,000mを超え4,000mに近いロープウェイ駅を降りるやいなや、世界に名だたる山々と氷河を背景に颯爽と麓へと駆け降りていくスキーヤーの姿は見ていて爽快であった。
驚愕すべきは、この登山鉄道が開通したのがなんと今から110年以上も前であるという事実。地元の人の生活の足としてではなく、旅を満足させるための機能に特化して整えられたインフラ。スイスという観光先進国の観光に対する心構えというかその覚悟には感服する。
尚、2020年12月にはグリンデルワルトからアイガーグレッチャー駅までを15分で結ぶ索道「アイガー・エクスプレス」が開業。観光客が激減したコロナ禍をある意味での好機と捉えて着実な設備投資と整備を行ったことでハード面を強化、12月の観光閑散期においても多くのツーリストが訪れていた。
暮らしの利便性よりも美しい景観とまちの持続性を優先
今回の旅のハイライトは、世界屈指の名峰マッターホルンを抱くツェルマットでの滞在。その間、セルヴァンの壮大な雄姿をクリアな姿で拝むことは叶わなかったが、実に学び深く感動的なステイであった。
カーフリー。それは、一部の特殊車両を除き、ガソリン車の乗り入れを禁止し、域内を運行できるのは馬車と電気自動車のみに限定するという、スイス観光の根幹である雄大な自然環境の持続性を優先させた交通政策。ツェルマットを走る電気自動車は村内にある自動車工場で製造され、その動力源となる電気はマッターホルン周辺の氷河を活用した水力発電でまかなうなど、サプライチェーンとエネルギーさえも地産地消されている。
このように、もとより化石資源に乏しく農作物も育ちにくい不毛な土地に観光という産業を勃興させ、その恩恵となる経済を域内で循環させることで、この地に暮らす人々の生活を繁栄に導くという持続可能な共助の精神と考え方においてスイスは先進的である。因みに、共助と合理性の賜物のようなカーシェアリングのモビリティシステムは、スイスが発祥であるとされている。
世界中のツーリストが抱く「ガソリン車が走らないまちの空気と景観はどんなだろう?」という問いは、この村への羨望となり「そんな場所へ、いつか行ってみたい!」といった旅行ニーズへ変換される。ツェルマットを訪れた旅行者の期待を損ねることがないよう(むしろ最高最良の滞在体験とするために!)、村内での建物の色や高さは当たり前のように統一されていて、当たり前のように派手なネオンや看板の類はなく、地上には電柱や電線は当然皆無。マッターホルンを常に美しく眺められるようクリアな空気と景観を保ち続けることが最優先、そしてその価値を最大化させるアーバンデザイン、これらそのものがこのまちのブランド価値向上に十分なほど寄与している。
ツェルマットではホテルの新設や大規模な増床工事が条例等で制限されているため、何十年も前からベッド数は変わっていないという。それなのに、観光消費額は年々上がり続け、まちに経済の潤いをもたらし続けている。その理由は以下だ。
”消費単価とリピート率の向上”
単価を上げることと組みになるのは当然ながら”満足度の高さ”であり、旅行者が高いお金を払ってでも”来てよかった!”と思ってもらうことのできる質の高いサービスをエリア全体で提供し続けることでもある。それによって掛け替えのない滞在体験は次の来訪のきっかけとなり、期待値が上がる中での再来訪と、それを上回る感動体験を繰り返すことで、この地に強い愛着を持ったロイヤルカスタマーとなる。ツェルマットには、20年間で20回以上訪問した旅行者を観光局が「ロイヤルゲスト」として認定する制度があり、その証であるロイヤルバッジを胸に村内の飲食店や宿泊施設を利用するとスタッフからは「おかえりなさい!」と迎えられ、多くの特典や優先的なサービスを受けられるという。
世界を代表する山岳リゾートであるツェルマットでは、マッターホルンの眺望と周辺の自然環境を毀損することのない都市計画とルールが観光満足度向上の旗印のもと機能し、ソフト面では旅行者の心を掴む取組みやマーケティングがばっちり合わさって、世界でも類を見ないほど高水準の観光高付加価値化を実現していることを目で見て知ることができた。
<後編へ続く>
Text & Photo : Kengo Shibusawa
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