🇨🇳中国 "宇宙強国"への歩み : 数字からみる世界第2位の宇宙大国
この記事は
はじめに
世界2位の経済大国である中国。
中国政府は「宇宙強国」の実現を目指し、実際に単独の宇宙ステーション建設やアメリカに次ぐロケットの年間打上げ数を誇るなど、宇宙においても今や「世界第2位の大国」と表現しても否定の声は挙がらないでしょう。
個人的に(特に宇宙ビジネスの面で)中国の動向は注目しているのですが、公開情報が民主主義国家と比べて限られることから全体像を掴めないでいました。
そんな中、中国の宇宙活動をまとめたインフォグラフィックが最近公開されたため自分によっても良い機会と思い本記事の執筆に至りました。
なお、本記事は数字とファクトをベースに客観的な記載を心がけますので、読者の方もイデオロギーは排除して技術・科学・事業の成果自体への尊重をもちフラットな目線でお読みいただければ幸いです。
それでは行ってみましょう!
引用するインフォグラフィック
今回みていくインフォグラフィックは宇宙関係のレポートを多く発行している Bryce Tech の「China 2024: Metrics of a Rising Power」(2024年7月31日発行)です。
中国の宇宙活動の全体像がコンパクトかつ網羅的にまとまっております。
なお、当たり前ですが、公表されていない軍事活動に関する数字は含まれていないことにご注意ください。
1. 中国がもつ宇宙アセット
最初は中国がもつ宇宙に関するアセットという括り方で見ていきます。
a. 宇宙機
まずは中国によって打ち上げられた宇宙機(Spacecraft)の総数がこちら。
2024年1月1日時点で全部で800基。
その大半が低軌道(LEO)で多くが地球観測衛星。
中軌道(MEO)は測位衛星(「北斗衛星測位システム(BeiDou Navigation Satellite System)」)のみ。
静止軌道(GEO)は通信衛星が主で、他にも測位衛星や観測衛星も配置されています。
一般的な構成比率でいずれも特段サプライズはないですね。
昨今活発化している月ミッションでは5ミッション(後ほど詳しく触れます)。
火星ミッションは2020年に打ち上げられた火星探査機「天問1号(Tianwen-1」)」です。
これをみると深宇宙の探査ミッションは比較的最近力を入れてきたという感じですね。
b. 衛星サービス・地上設備
続いては、衛星を使った各種サービスの能力、そして地上設備についてです。
ここで一番重要なのは通信衛星でしょう。
現状 95基 で、低軌道には 51基 となっていますがこれから爆発的に増えていくことは確実です。
IoT向け通信コンステレーション計画「天啓星座(Tianqi Constellation)」が順次打ち上がっていることもありますが、何より”中国版 Starlink”と呼ばれている「千帆星座(Qianfan Constellation)」では将来的に1万4,000基を超える衛星を打ち上げる計画だと伝えられており、今年2024年から打上げが始まっているかためです。
経済的にもそうですが軍事的にもその重要性が認識されている低軌道通信衛星コンステレーション、中国政府の本気が感じられる分野の1つです。
他にも、測位衛星(前述の「北斗衛星測位システム」)は全世界をカバーしていますが、精度はアジア太平洋地域だと 5m、その他だと 10m と自国の近辺によりフォーカスした構成になっているようです。
地球観測衛星は 400基以上 打ち上げられており、分解能は高いもので 20-30cm。
地上設備においては、宇宙状況監視(SSA)やミサイル防衛のためのフェーズドアレイアンテナは 4基 とのこと。この辺も今後増えていくのでしょうか。
c. 射場
次は、軌道上打上げを行うロケット射場についてです。
打上げ回数が多い順番に見ていくと、
酒泉衛星発射センター(Jiuquan Satellite Launch Center)
打上げ回数:193回
中国初の射場。1958年設立。
低軌道への打上げのほか、有人宇宙飛行ミッションや宇宙ステーションの打上げが行われる。
西昌衛星発射センター(Xichang Satellite Launch Center)
打上げ回数:172回
主に静止軌道ミッションに使用される射場
太原衛星発射センター(Taiyuan Satellite Launch Center)
打上げ回数:113回
地球観測衛星がよく投入される極軌道(Polar Orbit)や太陽同期軌道(SSO)への打上げに特化した射場。
文昌衛星発射センター(Wenchang Space Launch Center)
打上げ回数:25回
4番目の最新の射場。2014年設立。
初の海岸沿いの射場で、これまでで一番低緯度に位置するため打上げ能力のアップに寄与する。
また、海上プラットフォームからの打上げ(Sea Launch)も行われており(7回)、中国の民間ロケット企業・星河动力(Galactic Energy)が2023年9月に中国の民間企業としては初の海上打上げを行ったりしています。
なお、上記の通り中国の射場は3つが内陸部に位置しているためロケット打上げ時にブースターが住宅地に落下して被害が出ることが度々報じられています。今年2024年6月にも発生していました。
ものすごいスピードで進む国家の宇宙開発の影で今になってもこうした人々の安全を顧みないことで起きる事故が絶えないのは、非常に残念でなりません。
2. 商業活動の視点から
今度は商業活動=宇宙ビジネスの観点で見ていきましょう。
a.宇宙ビジネスのプレイヤーと投資傾向
宇宙スタートアップの数・構成比 と 民間投資額 がこちらです。
まずは数・構成比から。
2023年までで 54社。あれ、思ったより少ない。。。 他国との比較のため他のレポート(参照元)を参照しても、中国はこの程度の数で、日本やインドの方が多かったりオーストラリアと韓国と大きな差がなかったりと、政府の宇宙活動の規模から考えるとスタートアップの数は少ないですね。
構成比では、衛星製造・衛星運用・打上げ の3業態がそれぞれ 3割程度、その他が 15%、軌道上サービス(In-space Services)が 2% となっています。打上げ事業者がやや多い印象。
そして投資額。
投資額の総額 USD 3.3 billion (2014-2023年累計) とのことですが、これは世界全体の統計 USD 298 billion (参照元)に対して 1% ちょっとの規模です。異なるレポートのため厳密な比較ではないですが規模感は大きく違わないと思われるので、数もそうでしたが、中国の民間スタートアップへの投資も国全体の経済規模や宇宙活動の存在感ほどには大きくないと言えそうです。
構成割合をみると、6割近く が打上げ事業者向けの投資金額となっています。確かに打上げ事業者は必要投資額が大きいことや中国には活きがいい民間ロケットスタートアップが結構いるのですが、それにしても打上げ事業の割合が多すぎる気がします。逆にいうとあまり有力な衛星会社があまり出てきていないということを示しているのかもしれません。
b. 民間衛星の割合
2023年に打ち上げられた衛星の数とその割合がこちら。
全体の 212基 に対して、62が商業衛星・66%が地球観測衛星とのこと。思ったより商業衛星の打上げが少ない印象です。
今後 ”中国版 Starlink”「千帆星座(Qianfan Constellation)」の打上げが本格化したらさらに変わりそうですが。
C. 海外の衛星への打上げ機会提供
そして個人的に興味深かったのがこちらの「中国からのロケット打上げの主ペイロードのオーナーシップ割合」。
わかりやすくいうと、全体の打上げの中で中国の衛星を打ち上げた数と中国以外の国の衛星を打ち上げた数の割合を示しています。
このグラフは中国の打上げ市場は極めてドメスティックであることを示しています。多少中国以外の衛星の打上げがある年もありますが(2020年など)、直近の2023年はほぼ中国の衛星の打上げでした。
潤沢な打上げリソースがありながらも官も民も国際打上げ市場には乗り出してきていないというのが現状のようです。
3. 政府活動の視点から
最後は政府ならではの有人や探査ミッションを見てみましょう。
a. 有人ミッション
こちらは有人関連のミッションを示したグラフです。
整理すると下記のようになります。
有人宇宙船「神舟(Shenzhou)」
1999年から試験機の打上げを始め、2003年の神舟5号で初の有人飛行に成功。この成功では中国がソ連・アメリカに続く3番目の有人飛行能力をもつ国になった。
2024年5月までに神舟18号まで打ちげられておりいずれも成功。
無人補給船「天舟(Tianzhou)」
宇宙ステーションへの物資補給に使われる補給機。
2017年の初打上げ後、5回のミッションにいずれも成功。
宇宙ステーション「天宮(Tiangong)」
その後宇宙ステーションの建築フェーズとなり、2021年から2022年にかけて打ち上げられて完成。コアモジュールの「天和(Tianhe core module)」と2つの実験モジュール「問天(Wentian module)」と「夢天(Mengtian module)」から構成。
自力での有人飛行を実現して宇宙ステーションまで建築したことが、中国の宇宙大国の仲間入りを決定づけた出来事と言えるでしょう。これまで有人飛行を11回行っていますが、いずれも成功し人命にかかわる事故を起こしていないことは賞賛に値すると思います。
b. 探査ミッション
最後は月探査ミッションを行った宇宙機の数についてです。
オービターとランダー&ローバーがそれぞれ 3基ずつ、2003年から進んでいる「嫦娥(Chang’e)」計画です。
2007年に嫦娥1号(オービター)が打ち上げられたのを皮切りに、(インフォグラフィックの反映期間以降なので含まれていませんが)2024年の嫦娥6号(オービター・ランダー・ローバー)まで行われています。
この嫦娥計画で達成した偉業としては、世界初の月の裏側への軟着陸(嫦娥4号)・世界初の月の裏側からのサンプルリターン(嫦娥6号)でしょう。月の裏側は地球からは直接通信ができないため中継衛星を介しての通信が必要になる高難易度ミッション。いずれも成功させており、素晴らしい成果です。
今後の計画
最後に、インフォグラフィックには含まれていませんがどうしても触れておきたい今後の計画を1つだけ紹介します。
それが「国際月面研究ステーション(ILRS:International Lunar Research Station)」計画です。
中国とロシアが主導する月面基地の建設計画で、明らかにアメリカのアルテミス計画への対抗プロジェクトです。(2024年7月5日時点で参加国は12カ国)
純粋な科学探査というよりはアメリカとの世界の覇権争いという外交的な目的の方が強く出ており、アルテミス計画と国際パートナー参画で競っているように見えます。
中国単体だけでなく世界の宇宙産業にとって大きな動きであるILRS計画にぜひ注目していきたいです。
まとめ
少し分量が多くなってしまいましたが、中国の宇宙活動を網羅的にカバーできたのはないかと思います。
個人的に印象に残ったこと・感想は下記です。特にロケットスタートアップで働く私にとっては4点目が重要な情報でした。
低軌道通信衛星コンステレーションを政府単体で構築する意思決定は強い
今でもロケットブースターを民家に落としているのはさすがになんとかした方がいい
政府活動の規模の割に民間のエコシステムはまだまだ小さい
政府も民間も打上げ能力を潤沢にもちながらドメスティックに閉じている
有人ミッションや科学探査の成功率の高さが驚異的で尊敬に値する
SNSや海外のメディアをチェックしながら、今後も中国の宇宙活動については感度高く見守っていきたいと思います。
ここまで長文を読んでくださった方々、ありがとうございました。
Written by Genryo Kanno : https://genryo.space/
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