
DoorDash | Y Combinator卒業企業まとめ#No.4
1. イントロダクション
米国のフードデリバリー市場で急成長し、2020年以降は業界トップの座を築いたDoorDash。その成功は、後発スタートアップが大手競合を押しのけて市場を制した好例であり、多くの起業家にとって「勝ち筋のヒント」を含む存在です。
創業は2013年と比較的若い企業でありながら、2020年末の時点では米国フードデリバリー市場シェアの過半数以上を獲得したと言われています。コロナ禍でデリバリー需要が急増した影響も追い風となり、ユーザー数、提携店舗数、配達員数ともに急拡大。2021年以降はグローバル展開にも積極的で、ヨーロッパやアジア各地へ事業を広げています。2020年末の上場時には時価総額が300億ドルを超え、巨額の調達にも成功しました。
本記事では、DoorDashの創業から成功に至るまでの過程をまとめます。
2. 創業ストーリー
創業者の背景とスタート地点
DoorDashは2013年に、スタンフォード大学の学生・卒業生が中心となって生まれました。主導したのはトニー・シュー(Tony Xu)、スタンリー・タン(Stanley Tang)、アンディ・ファン(Andy Fang)、そしてイヴァン・ムーア(Evan Moore)の4名です。トニーは幼少期に母親の中華料理店を手伝っていた経験があり、小規模事業者がデリバリーなどの追加サービスを実装する難しさを痛感していました。
彼らが在籍していたスタンフォードのビジネススクールでは、起業アイデアを検証するために「顧客の課題を徹底的に聞き込む」という手法がよく推奨されます。そこでまず地元パロアルト周辺の数百の小規模事業者に話を聞き、求められているサービスを探りました。マカロン店の女性オーナーから「配達できずに断っている注文が山ほどある」という嘆きを聞き、ニーズの強さを実感したのがターニングポイントとなります。
立ち上げ時の資金調達
当初、4人は「PaloAltoDelivery.com」という非常にシンプルなWebサイトを立ち上げ、まずは実際に宅配ニーズがあるかを確かめようとしました。テクノロジーを凝縮した豪華なプロダクトは用意せず、電話連絡を受けて自分たちで直接配達する形式の手作りサービスです。すると予想以上に反応があり、短期間で多数の注文が舞い込んだため「デリバリーを求めるユーザーは確実に存在する」と確信するに至ります。
この小さな成功に目を留めたのがスタートアップのアクセラレーターであるY Combinatorでした。2013年にYCへ応募し採択された彼らは、わずかながらも大きな後ろ盾となるシード資金を受け取ります。YCのメンターたちの指導を得て、2013年夏には正式に会社化しDoorDashと命名。ここから本格的にフードデリバリーの道を進むことになりました。
3. 初期のサービス提供
MVPの極限的なシンプルさ
創業期のDoorDashが重視したのは、「大規模投資をする前に、ニーズ検証を徹底する」ことでした。PaloAltoDelivery.comの時点でも、オンライン注文を受け付ける機能は最低限。ウェブサイト上にメニューを掲載し、結局電話対応で配達をアナログに回すというレベルのMVPでした。にもかかわらず、サイト公開30分後には「タイ料理を配達できますか?」という初の問い合わせが入り、創業メンバーが自ら車で配達に行ったというエピソードはよく知られています。
こうした泥臭い検証は決して格好良いものではありませんが、ユーザーのリアルな反応や課題を知るうえで大きな効果を発揮しました。数百件の注文をすべて自分たちで配達したことで、配送時間の遅延や複数件同時配達の難しさ、飲食店とのメニュー連携など、課題を肌身で感じ取れたわけです。
サービス提供の方法
当時のDoorDashにはまだ高度な配車アルゴリズムや在庫管理システムはありませんでした。電話番号をTwilioなどのAPIで処理し、地図情報はGoogle Mapsで代用し、配達員も自分たちで回す。注文から配達完了まで、コンピュータ処理ではなく人力で制御するコンシェルジュ型だったといえます。
この手法は一見すると遠回りにも思えますが、「初期投資や開発コストを抑えつつ、必要な学びを最速で得る」というリーンスタートアップの手本そのものです。何より「このサービスが必要とされるか?」の答えを短期間で確認できたメリットは大きく、DoorDashはこの成功に気を良くしてさらにサービスを磨いていくことになります。
4. ユーザー獲得戦略
郊外を狙った非直感的アプローチ
DoorDashが頭角を現した大きな要因の一つは、「大都市より郊外を重視した」ことです。サンフランシスコやニューヨークといった超大都市は、当時から他のフードデリバリー企業(例:Grubhub、Uber Eatsなど)の参入が激しく、徒歩ですぐに店へ行ける利用者も多い。そこでDoorDashは、車がなければ移動が不便なパロアルトやサンノゼなど郊外マーケットにフォーカスを当てました。
郊外では競合が少なく、この戦略は非常に効果的でした。さらに、パロアルト市中心部のように目抜き通りに人気店が集積する地域なら、配達効率も高まりました。こうしてDoorDashは、一見不利に思える郊外でユーザーをじわじわ獲得し、「デリバリー頼むならDoorDash」という認知を作り上げていきます。
大学キャンパスと口コミ拡散
スタンフォード大学コミュニティで最初にサービスを広めたことも功を奏しました。学生は忙しく、夜遅くまで勉強するケースも多いためデリバリー需要は高めです。さらに口コミの効果が大きく、満足した学生が寮やSNSでDoorDashを広めてくれるため、広告費をかけずに利用者が増えていきました。
一方で配達員の獲得にも工夫がありました。DoorDashでは「好きなときに仕事ができる」副業スタイルを売りにし、大学生や地元住民を積極的に勧誘。少しずつ配達員を増やし、ユーザー数・加盟店舗数・配達員数の三者が相乗効果で伸びていきました。2015年までに累計配達回数100万件を突破し、全米22都市へ拡大したというデータもあります。
5. 困難への対処
資金繰りの危機
DoorDashが真の意味で「大手」と呼ばれる企業に成長するまでには、いくつもの困難を経験しています。特に2015年以降の資金繰りトラブルは顕著でした。
シリーズA・Bと順調に調達を続けた後、シリーズCを迎えた2016年前後、投資家はフードデリバリー市場の過熱と参入企業の赤字拡大に警戒感を示します。結果、DoorDashは新規投資家の説得に苦労し、評価額がほとんど上がらないダウンラウンドに近い形で資金を得なければならなくなりました。さらにシリーズDの際には、当初大口出資を約束したソフトバンクによる資金実行が遅れ、会社が数週間でキャッシュ不足に陥る寸前まで追い詰められたとも言われています。
組織の結束
こうした危機を経験する中で、DoorDash社内には「One Team, One Fight」という合言葉が生まれました。これは「どんな窮地でもチーム一丸となって戦う」という精神を表し、資金難のさなかでも辞めずに残った社員たちが強い結束を生む要因となります。
トニー・シュー自身も「私たちは劣勢であっても、最後までやり抜く覚悟がある」という姿勢を崩さず、日々投資家との交渉や事業計画の修正を続けました。その結果、2018年にはソフトバンクからの5億ドル超の大型投資が正式に実行され、DoorDashはユニコーン企業(評価額10億ドル超)となって息を吹き返しました。
技術とロジスティクス
配達サービスの本質はロジスティクス最適化。タイムリーに温かい料理を届けるには、AIやアルゴリズムを駆使しながら配達員の位置情報、飲食店のオペレーション状況、交通渋滞など多くの要素を管理する必要があります。
急成長の過程では「配達員の人手が足りない」「予測配達時間が合わない」といったトラブルが頻発しましたが、それらを改善することでサービス全体の満足度が飛躍的に向上しました。特に配達時間の精度向上は重要で、これにより複数注文のバッチ処理が効率化し、一件あたりの配達コストが大幅に削減されました。
6. カルチャー
DoorDashは「地域のあらゆるモノを届けるインフラになる」という大きなビジョンを掲げています。まずは食事のデリバリーにフォーカスしつつも、将来的には靴やおもちゃなど他ジャンルへ拡大する見通しを持っていたのです。
このビジョンを社内に浸透させるため、以下のようなコアバリューを大切にしてきました。
Customer Obsession: 競合を気にしすぎるより、顧客の声に徹底的に向き合う
One Team, One Fight: 大きな困難に直面しても、社内の連携を最優先する
And, not Or: 「成長か利益か」のような二者択一でなく、両立策を考え抜く
これらの価値観は資金調達の苦境を乗り越える過程でさらに強化され、社員一人ひとりの意思決定にも深く根付いていきました。
7. 資金調達
Y Combinatorからのスタート
DoorDashの初期フェーズを支えたのが、シード出資で有名なY Combinatorです。YCの出資額は当時12万ドル程度でしたが、メンターによる指導とデモデーでの投資家ネットワークが大きな財産となりました。YCを卒業した直後は期待ほど投資家が殺到せず、シリーズAまでの道のりは平坦ではなかったものの、「YC出身スタートアップ」として一定の信用を得られたのは事実でしょう。
後続ラウンドと危機
シリーズAはSequoia Capital、シリーズBはKleiner Perkinsといった名門VCからの資金を獲得し、評価額が一気に数億ドル規模に跳ね上がります。しかし2015年以降、フードデリバリー市場が過度な競争局面に入り、GrubhubやUber Eatsなど強力な競合がいる中でDoorDashが本当に勝てるのか疑問を抱く投資家も少なくありませんでした。シリーズC調達はかろうじて成立したものの、評価額の伸び悩みや投資家離れのリスクが顕在化していきます。
その後、ソフトバンクの出資が遅れた際には会社存続が危ぶまれるほどの瀬戸際に立たされましたが、最終的には無事に資金が実行され、5億ドル超の大型調達に成功。DoorDashはユニコーン企業として再び大きく飛躍し、そのまま競合を抜き去る成長カーブを描くようになりました。
8. 今後の見通し
米国市場の深化と多角化
DoorDashは2019~2020年頃から、単なるレストラン配達にとどまらず食料雑貨や日用品の即時配送サービスに注力しています。最大手チェーン店との提携を進め、マクドナルド、スターバックスなど全国展開の飲食ブランドはもちろん、WalgreensやCVSといったドラッグストアとの協業も拡大中です。さらに「DoubleDash」という一度の注文で複数店舗の商品をまとめて配送する機能を導入するなど、ユーザーの利便性向上に余念がありません。
こうした取り組みを通じて、DoorDashは「あらゆるモノを届ける生活インフラ」へ近づきつつあります。米国ではフード以外の分野にも進出が進み、実店舗を持たないゴーストキッチンやバーチャルブランドの立ち上げサポートも行っています。
グローバル展開
2015年にカナダに進出して以降、DoorDashはオーストラリアや日本、ドイツなど英語圏・非英語圏を問わず海外市場へ拡大しています。とりわけ大きなニュースが、2021年のフィンランド発Woltの買収でした。約80億ドル超での大型買収により、一気に北欧・東欧など30カ国以上に展開エリアが広がっています。
現状、ヨーロッパでは地元の競合(Just Eat Takeawayなど)やアジアではGrab・Foodpandaといった地域特化型サービスも強いため、米国のような圧倒的トップシェアを得るのは簡単ではありません。しかしDoorDashは郊外戦略やテクノロジーを武器に、ローカルパートナーと連携しながら独自色を打ち出す可能性があります。今後もさらなる買収や提携が行われることが予想され、グローバル展開が加速しそうです。
テクノロジーとラストワンマイルの未来
DoorDashは自動運転やロボット配送などラストワンマイル配送の技術革新にも積極的で、スタートアップ買収・実証実験を繰り返しています。現時点では完全な無人化は難しいものの、配達員の負担軽減や効率アップに寄与するツールの開発が進み、将来的には「人力+ロボット+AI」のハイブリッドで配達オペレーションを最適化するシナリオも考えられます。
一方で、ギグワーカー(配達員)の雇用形態問題など社会的課題もあり、法規制の動向に注意が必要です。カリフォルニア州のAB5法やプロポジション22などの事例のように、ギグワーカーをどのように保護・待遇改善するかは今後も議論が続くでしょう。DoorDashが労働環境をどうアップデートし、持続的な成長に結びつけるか、と言う点にも注目したいです。
9. 総括
DoorDashの成功は、一夜にして成し遂げられたわけではなく、徹底した顧客志向と粘り強い改善が積み重なった結果です。資金繰り危機や競合との過激なシェア争いに翻弄されながらも、「地域のあらゆるものを届ける」という壮大な構想をぶらさずに進めたことが、最終的なリーダーシップ獲得へとつながりました。新しいプロジェクトやスタートアップを構想している方は、ぜひこのDoorDashの歩みから学んでみてください。