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Sam Altman(OpenAI CEO)とY Combinator
1. 参画の背景
2005年、当時19歳だったSam Altmanはスタンフォード大学を休学し、友人たちと位置情報共有アプリ「Loopt」を立ち上げました。まさにY Combinator(以下、YC)が産声を上げたばかりの時期で、Altmanは創業者として最初期のYCプログラムに参加することになります。LooptはモバイルSNSの先駆けとして注目を集め、約3,000万ドルの資金調達を果たしたものの、爆発的なユーザーベース獲得には至りませんでした。しかしながら、この経験スタートアップの現実や資金調達のノウハウを得ることができました。
彼に目を留めていた人物が、YC共同創業者のPaul Grahamでした。Grahamはエッセイや講演の中で「過去30年で最も興味深い起業家の一人」としてAltmanの名を挙げ、彼の大胆なビジョンと実行力を高く評価しました。2011年、AltmanはYCのパートナーとして招かれ、投資・メンタリング活動を開始します。そして2014年2月、YC創業者のGrahamは「この組織をさらに大きく育てるには彼が適任だ」として、当時28歳だったAltmanをYCの新社長に抜擢しました。
2. 在任期間中の施策
Altmanが社長に就任した2014年当時、YCはシリコンバレーでも有名なアクセラレーターだったものの、まだ支援規模は比較的小さめでした。しかしAltmanは「年間1,000社のスタートアップを支援したい」という大胆なビジョンを掲げ、プログラムを急拡大。彼の在任中、1バッチあたりの採択社数は大幅に増加し、累計支援社数も1,000社を軽々超えていきました。これに伴い、YC出身企業の時価総額合計も就任時の650億ドル程度から2019年頃には1,500億ドル規模へと拡大したといわれます。
さらにAltmanは成長ステージのスタートアップ支援を強化するため、7億ドル規模の「YC Continuity」を立ち上げました。これにより初期投資だけでなく、シリーズBやCといった大型ラウンドでもYC出身企業をフォローオンできる体制を構築。また、非営利の「YC Research」を通じて、ユニバーサルベーシックインカム(UBI)やバイオテック分野の基礎研究にも取り組み始めます。こうした施策の多様化によって、YCは「シード期だけを支援するアクセラレーター」から、「スタートアップを生む総合プラットフォーム」へと一段上の進化を遂げました。
そしてもう一つの特徴は、投資分野の拡張。Altmanは従来のソフトウェアにとどまらず、人工知能やエネルギー、バイオテクノロジーなどハードテクノロジーへの積極投資を推進。実際、YC出身企業からは核融合のHelion Energy、原子力ベンチャーのOklo、超音速機開発のBoomなど、人類の未来を変え得るディープテック領域での注目企業が誕生しました。2016年には自動運転スタートアップのCruiseがGMに買収される大型エグジットも実現。Altman体制下で「とにかく大きく考えよう」というカルチャーが浸透した結果、YCはより多様なチャレンジを支援する投資集団になったのです。
3. 退任の経緯
2019年3月、Altmanは社長職を退任し、YCの会長として名を残す形となります。表向き「今後もYCには関わる」とされましたが、彼のメインフォーカスは自ら共同創設したOpenAIへと移行していきました。もともとAltmanはAIがもたらす未来に強い関心を抱き、Elon Muskらと共に2015年にOpenAIを設立。非営利の研究機関という形を取りつつ、人類にとってプラスとなるAI開発を進めようと尽力していました。しかし2018年にMuskが離脱したこともあり、AltmanはOpenAIを主導する立場でフルコミットせざるを得ない状況に。これがYC退任の大きな理由だと推測されます。
Altmanを失った後のYCは、既存のパートナー陣が主導権を取り、組織としては「より本来のアクセラレーター事業に集中する」方向へと動き出します。たとえば、中国市場への進出を目指した「YC China」を中止し、アメリカ以外の支部展開にはあえて踏み込まないという決定もその一例です。また、Altman色が強かった研究プロジェクトの一部は独立団体に移管され、YCからは切り離されました。とはいえ、YCそのものの成長路線は続き、採択社数は継続的に増加。新たなリーダーシップの下でも、YCがアクセラレーター界の中心的存在であることに変わりはありません。
一方、退任後のAltmanはOpenAIのCEOとしてChatGPTの成功を牽引するなど、AI業界のリーディング・パーソナリティへと駆け上がります。さらにクリーンエネルギー関連の企業や暗号通貨プロジェクトの立ち上げにも積極的で、まさに「世界を変える」テクノロジーへ投資・起業を続ける姿が印象的です。彼がYCを離れた後も、そのスピリットはYCコミュニティに根付いており、ディープテックや地球規模の課題解決を志すスタートアップが次々と生まれています。
4. まとめ・インサイト
4-1. 思い切りの良さと大胆なビジョン
Altman自身、10代で起業してYCに飛び込み、そしてリーダーシップを任されるまでに至りました。彼のストーリーから学べるのは、まず動いてみるという姿勢です。とりわけYCは実行力と野心のある起業家を評価しています。
4-2. 失敗を糧にする姿勢
Looptは大きなExitを成し遂げられなかったものの、その教訓を得たAltmanが次のチャンスを掴んだことは象徴的です。サイクルを回してなんぼというのがシリコンバレー流の起業文化であり、短期的な失敗よりも長期的な成長を重視する傾向があります。起業家予備軍の方は、まず小さなプロダクトをローンチして反応を見てみること、そして必要であれば失敗を受け止めてピボットする柔軟性を持つのがよいでしょう。YCはそのプロセスを支えるコミュニティとメンター陣が充実しており、たとえ失敗しても次のアイデアで再挑戦する人も多いです。
4-3. ネットワークとコミュニティの活用
AltmanはYC社長時代、オンライン学習プログラム「Startup School」などを通じて、YCに正式採択されていない起業家予備軍にも手を差し伸べてきました。これは今でも続いており、コミュニティに早い段階から参画できる仕組みが多数存在します。ハッカソンやイベントで卒業生や投資家と交流し、いち早く人脈を形成しておくことは、シード期のスタートアップにとって大きなアドバンテージとなるでしょう。YCネットワークには多様な業界の先輩起業家がいて、プロダクトフィットやマーケティング、チームビルディングなどさまざまな角度から手助けをしてくれます。
4-4. YCの変化への対応
Altman退任後もYCは拡大路線を継続中で、一度のバッチで数百社が採択されることも珍しくありません。競争は激化する一方ですが、その分チャンスも広がっています。重要なのは挑戦を怖がらないこと。例えば、採択後は同時期に多数の起業家が集結するため、いかにして差別化するか、プレゼンのタイミングでどれだけ投資家を惹きつけるかがカギになります。結局、顧客が熱狂するようなプロダクトこそが最強の武器と言えるでしょう。
最後に、個人的にYCが好きで色々と調べたりまとめたりしていますが、日本からの挑戦者はまだまだ非常に少なく残念な気持ちがあります。最近米国以外だと、インドのファウンダーが圧倒的に多い印象です。
私自身も機会を作って挑戦したいと考えていますし、この記事を読んで興味を持った人はぜひ挑戦してみてほしいです。