2020/05/10
ありとあらゆる事に対して気力がないので日記を数日書いていなかった。それでも変わらず、様々なカルチャーには触れていてNetflixで話題になっている「ハーフ・オブ・イット」を見た。詩的な言葉の引用とかは村上文学っぽいなぁと思った。画面構成も綺麗で好みの映画だった。他にもデイミアン・チャゼルの「ジ・エディ」が中々面白い。1話と2話がチャゼル監督回でフィルム撮影で撮影監督がエリック・ゴーティエ(デプレシャンやアサイヤスの映画、他にも是枝監督の「真実」等も撮影してる人)という事でドラマなんだけども、かなりフランス映画ルックな感じに仕上げられてる。3話からは監督も変わりデジタル撮影なので質感がガラッと変わるのだけど、フィルムからデジタルへの移行の見せ方が斬新で面白かった。後は主人公の娘役のアマンドラ・ステンバーグさんが広瀬すずさんみたいで可愛い。
相変わらずNHK朝ドラ「エール」もはまっていて今週はとても辛い回が続いていたのだけど、結局家を出て愛する人と同棲する事になってホッとした。多分、大正から昭和初期くらいまでは家の家業を継いで結婚はお見合いをしてというのが当然の時代なので周りの登場人物からしたら好きな事をして夢を追う主人公の裕一が異端なのかもしれない。なので現代的な視点で見てしまうと『家族の幸せを第一に考えるなら夢を諦めろ』という事を散々言われ続けてる裕一を見ていると、ちょっと可哀想だなと感じてしまった。ただ一方的に”家族の幸せ”を人質に裕一を糾弾して夢を諦めさせようとする家族も"裕一の幸せ"をまた奪っているという事に気づいて欲しいな等と思ってしまう。ちょっと「天気の子」の主人公のラストの選択も頭によぎる。多くを救うか、自分を貫くか、難しい問題だ。「エール」は大正デモクラシーが時代背景にあるようなので作品の理解を深める為に色々と調べてみようと思った。
今日は昨日の夜にEテレで羽仁進監督の特集を見て気になったので、羽仁監督の映画「教室の子供たち(1954)」を見た。この監督はドキュメンタリー映画の巨匠らしく、日本のドキュメンタリー史を語る上で欠かせない方らしい。恥ずかしながら知らなかった。見てみると子供達の教室での姿が不自然なくらいに自然に写っていて驚いた。調べてみると1ヶ月前から教室にカメラを置いてカメラを慣れさせた上で撮っているとの事で実験映画的な作品なのだろうか。見ながら「トリュフォーの思春期」という映画を思い出したのだけど、この映画も過剰なドラマを排除しているので、ある種ドキュメンタリーっぽいのかもしれない。羽仁監督の映像を見て数年前に見た日本住宅公団(現UR都市機構)がPRの為に制作した「団地への招待(1964年)」も思い出す。前職が住宅系の仕事だったので見たんだと思う。高度経済成長期のドキュメンタリー映画って共通点があって機械的に喋る女性がナレーションをしている。どれもこうなんだろうか。時間があれば日本のドキュメンタリー史を勉強しよう。
amazonプライムで松田優作主演の「暴力教室」も見た。試合中に相手を殺してしまった元ボクサーの教師が松田優作で不良グループが支配する学園に赴任する話なんだけど、序盤の自己紹介の場面で黒板に名前を書いているとナイフが飛んできたりと色々と凄いのである。暴力は勿論のこと、強姦するし、高校生がタバコ吸いまくりだし、今だったらコンプライアンス無視のオンパレードで破天荒な昭和の時代性を感じまくった。はちゃめちゃな様で当時はこういう事ってあったのだろうか。前職の時に同い年の社員がいて高校が板橋だったらしく、少年院帰りの奴が学校でナイフを刺したりだとか、隣の学校の番長が来たりだとか、そういう事があったらしい。いつの時代の話だよと思ったけど、嘘をついてる訳ではなさそうだった。少し前の時代でもこういう事があったのなら「暴力教室」が公開した70年代ならあってもおかしくないのかなと思ってしまった。ちょっと信じられない話ですが.....。後は「M 愛すべき人がいて」の1話が伊集院光と古市憲寿の2人でツッコ見解説をするという番組がAmebaで配信されていて最高に面白かった。
しかし色んなカルチャーは消費してる訳だけど、この1週間は本当に引きこもってしまって少し先の買い物に行くくらいしか出歩かない状態になっているのでまずいなぁと思う(自粛が目的なら正しい行動なのだけど)。
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