![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/161454152/rectangle_large_type_2_23f9e4ec4a80e559da3efb0e94246276.jpeg?width=1200)
中国古典 北魏時代 「石門銘」
北魏の時代の509年に関中から漢中至る非常に軍事的・商業的な道が三つあり、その一つが褒斜道にある石門洞です。この石門洞は、漢の時代58年―75年に漢中太守の楊渙によって開かれました。渓谷と山々の中を通る険しい道であり、秦漢の時代から、何度も修理が行われてきました。一部では道路の閉鎖と再開が繰り返され、最終的には廃道となりました。
北魏の504年に漢中が北魏の領地となり、石門洞の道を開通するための工事が始まりました。その五年後に完成し、その功績を記念して、石門の崖に「石門銘」という碑文が刻まれました。
この碑文の作者は梁秦典籤、太原の王遠という人物で、有名な書家ではなく、素性も不明です。
碑文は二十八行で、各行に二十二字ずつ刻まれています。
この碑文の評価は分かれており、「碑文の文字は非常に優れている」と称賛する意見もありますが、「これらの筆法は後世に学ぶべきではない」と批判的な意見もあります。しかし、このような険しい場所にふさわしい自由奔放な書風は、北貌の書の一面を知る重要な資料です。
![](https://assets.st-note.com/img/1731315793-1LvV9SHU25rwbmE4pXsaTdCW.jpg?width=1200)
〈石門銘〉
【釈文】
此門葢漢永平中所穿。將五百載。世代綿逈。屯夷遞作。乍開
・玄妙個展2021「古典漫遊〜文字の変遷をたどる〜中国編」
・玄妙個展2022「古典漫遊 中国書法から日本の書まで文字の変遷をたどる」
・玄妙個展2023「古典漫遊 中国書法から日本の書まで文字の変遷をたどる」