黄土高原史話<16>猫舌から鬼舌への人類史 by 谷口義介
トリビアとは、つまらない事柄に関する無駄な知識、という意味のラテン語。
アイザック・アシモフいわく。
「人間とは、無用な知識が増えることに喜びを感ずる唯一の動物である。」
しかし、考古学者は単純なのか、ベンジャミン・フランクリンによる次の定義を信奉。
「人間とは、道具を作る動物である。」
そのうち、火を作るための道具の発明はいつ頃だったか。
140万年前、ケニア・チエソワンジャ遺跡の焚き火跡は、もちろん山火事など自然発火の利用。
クロアチア・クラピナ遺跡出土の前期旧石器時代の焼け焦げたカバノキの断片は、最古の火鑽杵(ひきりきね)。火打ち石は、ヨーロッパ後期旧石器時代の3万年前に出現。
火から与えられた恩恵は多岐・多大ながら、加熱による料理法もその一つ。
繊維質を分解して栄養価を高めたり、殺菌による栄養源の拡大。やわらかな食べものはアゴの退化をもたらし、脳頭蓋の発達を促し、知能を進化させた、とか。
味覚の発達・うま味の発見も見落とせません。
最初は「焼く」「あぶる」料理から。もちろん焚き火や炉のかたわらで。
次いで「煮る」。これには土器が必要で、最古の土器は1万3000年前、シベリア・ガーシャ遺跡の樽型土器といわれるもの。
その後は「蒸す」。これには土器を二つ重ねることが条件で、下の土器(たとえば鬲)で湯を沸かし、底部を穿孔した上の土器(甑)に蒸気を通すやり方。鬲(れき)と甑(こしき)を一つに合体した青銅器も、殷代には盛行しました(図参照)。
最後は「いためる」「揚げる」。土器ではムリ、青銅器は高価となると、どうしても鉄製で、鉄ナベが三国時代あたりからようやく一般化。
赤ちゃんへのミルクは、母親の体温ぐらい。猫舌だった子供も、成長するにつれ熱いものでも平ちゃらとなり、なかには鬼舌になる人も。これが、そのまま人類史なわけ。そこで、
「人間とは、熱いものを飲み食いすることのできる唯一の動物である。」
これ、何ヘエもらえます?
前漢時代の『礼記』という書物に、次のごとき記載が。
「東方を夷という。ザンバラ髪で入れ墨し、火食しない者がいる。南方を蛮という。ひたいに入れ墨し、あぐらをかく。火食しない者もいる。」
東夷とは古代の日本人、南蛮とは呉越の民。この文献を残したのは黄河流域の華北人で、文明の中心にいると自認していました。つまり「火食」しない人間は未開・野蛮だということ。
しかして2000年後。大同市北部の陽高県の民謡。
「山は近くにあるけれど、煮炊きに使う柴はなし。」(上田信訳)
(緑の地球94号(2003年11月発行)掲載分)