エヴァン・ダーラ『失われたスクラップブック』訳者解題(text by 木原善彦)
ポスト・ギャディスと目される謎の作家
アメリカ合衆国の現代作家の動向を追っていると、時折、傑出した新人作家に出会うことがある。彼(彼女)らはしばしば〝○○の再来〟とか〝新たな△△〟とか〝ポスト△△〟と呼ばれる。スティーヴ・エリクソンやリチャード・パワーズが〝ポスト・ピンチョン〟という触れ込みでデビューし、多くの読者を得たのは一九八〇年代半ばで、既に40年近く前のことになる。重厚長大で難解とされる、いわゆるポストモダン小説の流行が衰えを見せる中、その後も、ピンチョン的と称される作家として、ウィリアム・T・ヴォルマン、デヴィッド・フォスター・ウォレスらが登場した。
しかし、文学的な評価という面でも、独創性という点でもピンチョンに決して引けを取らないウィリアム・ギャディスという大作家を引き合いに出して、有望な新人作家が〝新たなギャディス〟〝ポスト・ギャディス〟と呼ばれることは長い間、ほとんどなかったように思われる(ちなみにピンチョンは1937年生まれ、ギャディスは1922年生まれ)。そのため、あるときたまたま〝ギャディス風(Gaddisesque)〟というキーワードでインターネット検索をした際、ある個性的な新人作家の手になる作品がそう評されているのを見つけて私は驚いた。
それがエヴァン・ダーラの『失われたスクラップブック』である。この作品は元々1995年に、実験的な作家たちが集う団体〝フィクション・コレクティブ2(FC2)〟が主催した新人作家コンテストで最優秀と評価され(審査委員長はウィリアム・T・ヴォルマン)、出版された。そして当時、大手メディアとしては唯一、「ワシントンポスト」紙が書評に取り上げ、次のように絶賛した。
ピンチョンやマッケルロイのデビュー作をしのぎ、ギャディスの『認識』(1955年)に並ぶ衝撃デビューというのは大変な高評価である。
興味深いのは、独特なスタイルで綴られたその作品だけではない。「エヴァン・ダーラ」というのは筆名で本名は非公開、性別は筆名から推測すれば男性のようだが、その点もはっきりせず、フランス在住ということだけが、本の扉に記された短いプロフィールで明らかにされている(2024年現在の生活拠点は不明)。現代アメリカの謎めいた作家といえばまずトマス・ピンチョンの名が挙がるだろうが、彼でさえ若い頃の写真は出回っており、時にはパパラッチされてその姿がメディアで伝えられ、妻子の存在も知られているのだから、ダーラはそれをしのぐ謎の作家だと言えるだろう。彼(便宜上、ここでは仮に「彼」とする)は第一作の出版から13年後の2008年に知人とともにオーロラ社という出版社を立ち上げ、絶版となっていた第一作と新作『イージー・チェーン』を出版、2013年に第三作『逃げる』、2018年には初めての戯曲『モーゼ・イーキンズの暫定的伝記』、さらに2021年には、来日時に経験した地震にインスパイアされた『永続する地震』を出版しているが、相変わらずまったく正体を明かしてはいない。デビューの時期が近い作家のヴォルマンとパワーズがともに1957年生まれ、ウォレスが1962年生まれであることを考えると、1960年代の生まれである可能性が高いが、これも単なる推測に過ぎない。
『失われたスクラップブック』は折に触れて雑誌や新聞で〝読まれざる傑作〟として取り上げられ続け、2000年代に入ってからは1990年代を代表する小説の一つとしていくつもの研究書・批評書で取り上げられている。
リチャード・パワーズとエヴァン・ダーラ
一部でエヴァン・ダーラの正体と噂されたのが、現代アメリカ作家を代表する一人のリチャード・パワーズである。当時指摘されたダーラとパワーズの類似点としては、①両者ともにアメリカ中西部を思わせる町を舞台に設定している、②作品中の描写から、両者ともに一時期、オランダに居住していたと思われる、③『失われたスクラップブック』もパワーズの『ゲイン』(一九九八年、未訳)も化学企業による環境汚染を取り上げている、④両者ともに実験的な現代音楽に非常に詳しい、⑤両者ともに非常に博識で百科全書的な書き方が共通している、などがある。とはいえ、パワーズが1985年のデビュー作からほぼ二、三年に一冊のペースで重厚な作品を執筆し続けていることを考えると、その合間に別名で作品を書いているとはとても考えられない。
しかしながら、パワーズとダーラの間に親交があるのは事実だ。きっかけは、何の予告もなくパワーズのもとにダーラから原稿が送られてきたことだったらしい。パワーズはあるインタビューで、その際のことを次のように語っている(小説がオーロラ社から復刊された際にこの発言の一部が惹句として引用された)。
一つだけ個人的に得た情報を付け加えておこう。2012年、私は『幸福の遺伝子』を翻訳する際、作者であるパワーズに質問を送ったのだが、そのメールに「あなたが賛辞を寄せていたエヴァン・ダーラの『失われたスクラップブック』はとても素晴らしかった」という一言を添えたところ、彼からの返事の中に「本人にそう伝えておきます」という言葉があった。そして実際にその後、いろいろな経緯があって私がこの日本語訳刊行についてダーラと直接やりとりするようになったときには、彼のメールに「私たちの共通の友人であるリチャード・パワーズが……」と書かれていたので、パワーズとダーラの親交が続いていることは間違いなさそうだ。
ポストモダン小説から次の世代へ
アメリカでは1960年代以降、高度資本主義、消費社会、情報化社会といった状況が生まれたことを受けて、文学の世界では「ポストモダン小説」と呼ばれる作品群が次々に発表された。代表的な作品としては、ジョン・バース『酔いどれ草の仲買人』(1960年)、リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』(1967年)、ドナルド・バーセルミ『雪白姫』(1967年)、カート・ヴォネガット『スローターハウス5』(1969年)、トマス・ピンチョン『重力の虹』(1973年)などがある。それらに共通する特徴としてしばしば指摘されるのは、①「意識の流れ」のようなモダニズム的技法の発展、②ジャンルの境界の曖昧化、③語りの断片化、④メタ的構造を用いた再帰性などで、作品のボリュームはしばしば膨れ上がり、全体の印象としては難解なことが多い。
1980年代になるとポストモダン小説は減ってくる。極端な例を挙げるなら、レイモンド・カーヴァー『大聖堂』(1983年)のようなミニマリズム作品はある意味、重厚長大なポストモダン小説への反動と言えるかもしれない。
そうした中、ポストモダン小説に見られた斬新な実験性をまた新たな形で受け継ぐ作品が時折現れることになる。ポール・オースター『ガラスの街』(1985年)において描かれているのはカフカを想起させる不条理な世界だが、語りは非常に素直である。パワーズ『舞踏会に向かう三人の農夫』(1985年)にはピンチョンを思わせる博識な語りが見られるものの、物語は非常に情緒的で、ポストモダン的な語り口(遊びに満ちた、あるいは斜に構えたような語り口)とは異なる。マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』(2000年)では多層の語りと複雑なタイポグラフィーが読者を圧倒するものの、主筋を追う限りにおいては決して〝難解〟ということはなく、むしろエンタメ的と形容してもよい物語となっている。これらの〝ポスト・ポストモダン〟と呼べそうな一群の小説たちにおいては、作家の独創性と読みやすさがしばしば見事に共存しているのである。
そして『失われたスクラップブック』を書いたダーラも、一連のポストモダン小説が切り開いた地平で軽やかに舞う作家の一人だと言えるだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。本篇はぜひ、エヴァン・ダーラ『失われたスクラップブック』をご覧ください。