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2023年度暗号資産税制改正に関する要望書について
小田玄紀です
本日、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)により一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)と共同で取りまとめを行った、暗号資産に係る2023年度税制改正要望が公表されました。
一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会は日本最大級の暗号資産・ブロックチェーンに関する協会であり、様々な勉強会・分科会を開催しており、その中で多くの政策提言を行っています。
今回、提出された暗号資産に係る税制改正要望は1年近い準備期間を経て取りまとめられた内容になります。他国の事例や26000人を超える実態調査など地に足を付けた考察と分析に基づいて、提言をまとめたものになります。
本日、公表された税制改正要望は大きく3つの項目からなります。
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『分離課税』は個人の税制に関する事項になります。現在、暗号資産に係る税制は個人の場合は雑所得となり総合課税扱いになります。この場合は利益に対して最大55%が課税されることになります。これを以下のように改正してほしいというのが要望内容になります。
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今回、ここで要望をしている事項は暗号資産に関して特別に優遇措置をとって欲しいという要望事項ではありません。株式やFXなど他の金融商品について認められている事項を暗号資産にも適用して欲しいという要望になります。
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あくまでも他の金融商品同様に分離課税を認めてもらいたいという要望をしています。この要望は過度な要望なのでしょうか。他国の事例を見てみます。
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海外では暗号資産の課税において分離課税が認められており税率は20%を採用している国が大半です。
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シンガポールやドバイは非課税としているところもあるのですが、こうした国家は特殊事例でもあるので、除外をして考えたとしても、日本の税率が異常に高いことは一目瞭然です。
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加えて、日本が暗号資産に対して消極的であればこれはこれで受入れざるを得ないのですが、本年より国家戦略にWeb3.0を取り入れることを表明しており、Web3.0においては暗号資産が価値移転手段として必須になります。
また、よく「暗号資産の税制優遇をすることは国民のコンセンサスが得られない」という意見も出てくるのですが、これは以前より指摘をしていることですが、「税制改正=税制優遇」ではなく、「税制改正=税収増加」に繋がる取組みです。このことは26,002件のアンケート結果からも導き出されました。
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アンケートの結果として、現在は税率が高いために取引を抑制していたり、売却をしていないケースが見られました。また、87%以上が長期保有をしているという実態も見えてきました。決して、投機的な観点で暗号資産投資をしているのではなく、中長期の投資という観点で投資をしてる人が多いということが分かります。結果として21%近い税収増加が期待されるということがアンケートの分析結果から見えてきました。
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法人税についても改正が必要な点があります。こちらは簡単に言うと、現在の税制では法人が決算期末に保有している暗号資産について、売却をしていなくても暗号資産の価格が上がっていたら税金がかかってしまうという問題があります。
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このことにより、特に自社でトークンを発行する場合は発行したトークンについても期末時価評価課税の対象になってしまうため、日本でのトークン発行は出来なくなってしまいます(たとえばトークンを発行した場合にそれが1000億円の価値をもった場合には、当該トークンを売却していなくても1000億円に対する課税すなわち350億円程度の課税がされてしまいます)。
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この問題は暗号資産の法人税制を検討した際に、このようなケースを想定していなかったために生じてしまった要因なのですが、いずれにせよ現実的に不整合が生じているので、改正を求めています。
現在、様々な日本企業がWEB3.0領域への参入を検討しています。しかし、この税制によりシンガポールやドバイなど海外に法人設立をせざるを得ない状況が生じています。これは日本にとって大きな損失なので、早期に改善をすることが求められています。
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今回、JCBAからの税制改正要望で1つ加わったのが資産税に関する事項です。これは特に相続のケースを想定しています。
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ここ数年で暗号資産の相続に関する問題が話題になったことがありました。これは、暗号資産を相続した場合に相続時点でも課税がされ、さらに相続税を支払う際に売却したらそこでもさらに課税されるという異常な状態が生じてしまうという現象です。たとえば10億円の暗号資産を相続した場合には最大で11億円の税金が発生する(1億円のマイナスになる)ということが生じてしまいます。
このように暗号資産がより社会に実装されてくる中で、実態にそぐわない点を実態に即して変更していこうというのが今回の税制改正要望の趣旨になります。
この文脈で検討をして頂ければ、スムーズに税制改正は実現できると思う方もいると思いますが、実際には簡単には実現しないのが税制改正の難しいところです。
以前、こちらのNoteにも書いたのですが、税金は別のロジックでの考察がされてしまいます。その要因としては、やはり「税制改正=税制優遇」という考えが根底にあり、特定の税制を優遇するには国民のコンセンサスが必要だというロジックです。
こちらについては、上記のNoteでも見解を書いたのですが、特に重要な点については改めて再掲させて頂きます。
1つめは個人の暗号資産課税について税率を20%にすることは公平性の観点からも適当であるということです。
厚生労働省のデータによると2018年時点の日本人の平均所得金額は552.3万円です。この所得金額の所得税率はいくらでしょうか。
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実は20%なんです。労働所得と比較して暗号資産のような投機性がある金融商品の税制を優遇することは勤労意欲を削ぐことになるから不適当であるという意見もあるのですが、国民全体の平均値を考えた場合には、今回税制改正で要望をしている20%というのは労働所得の税率と同一です。このため、暗号資産だけ優遇するということには該当しません。
また、もう1つの観点からも考えてみたいと思います。2003年より政府としては「貯蓄から投資へ」という政策を一環して実現しようとしてきました。これはどのような結果になったのでしょうか。その答えが以下の表です。
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預貯金、、、増えてしまっているんです。。投資信託や債権は微増していますが、株式投資は減っています。つまり、結果としては「投資から貯蓄へ」になってしまっているのが現状なんです。
ここで暗号資産が果たす役割は大きいと考えています。暗号資産の取引をする人は株式投資などをしたことがない方が大半です。他方で暗号資産を購入するには日本円が必要になってくるので、預貯金は当然にもっています。
つまり
「株式」 ⇒ 「暗号資産」
という流れはあまりないのですが、
「預貯金」 ⇒ 「暗号資産」
という流れはある訳です。ここで、暗号資産で得た利益が20%の税率になり、「投資による収益」が得られたら、それを株式投資に回す人も一定数いるのではないでしょうか。
つまり、
「預貯金」 ⇒ 「暗号資産」 ⇒ 「株式投資」
というように、政府が実現をしたかった「貯蓄から投資へ」ということが暗号資産取引を介することで実現出来るのではないでしょうか。
物事には1つの側面だけではなく、様々な側面があります。決して、今回の考察の全てが正しい見解ではないのかもしれません。ただし、良いか悪いかという結論ありきではなく、多様な考え方から現状にあった最適解を導いていくような取組みに、今回の税制改正要望が繋がっていければ非常に嬉しいです。
最後になりましたが、今回の要望書を取りまとめることにご尽力頂いた税制検討部会の部会長である斎藤さんと副部会長の竹ヶ原さんそして多くの関係者の皆様に敬意を表します。
2022年8月3日 小田玄紀