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1年に1週間だけ咲く「モクセイ」

薬用に役立つ花の強い香り

キンモクセイは冬でも葉を落とさないので、四季を通して緑が楽しめますが、普段はあまり気に留めることのない木です。しかし、秋分のころになると、ある日突然、たくさんの橙色の花を一斉に咲かせ、強い香りを放ちます。華やかな香りは1週間ほど続きますが、その後は再びもとの木に戻ってしまいます。1年で約1週間だけ、自分の存在をアピールする木なのです。キンモクセイの甘い香りが消え去ると、間もなく晩秋が訪れます。
キンモクセイは、モクセイ科の常緑小高木で、中国原産です。高さ4mに達し、幹は太く分枝し、葉を密につけるため、庭木として植えられたりします。葉質は皮質で、表面は緑色、裏面は黄色味を幾分帯びています。秋になると葉腋に花柄のある多数の橙黄色の小花を束生し、強い香りを放つのが特徴です。
類似した植物には、白い花を咲かせ、香りが少ない「銀モクセイ」や、春と秋に黄白色の花をつけ、ほとんど香りがない「薄黄モクセイ」、そのほか「柊モクセイ」があり、キンモクセイと合わせて4種ありますが、一般に「モクセイ」といえば、キンモクセイを指します。この中で花後に結実するのは薄黄モクセイだけです。一説では、キンモクセイは薄黄モクセイの枝変ともいわれています。
日本にキンモクセイが渡来したのは、江戸時代とされていますが、正確な年代は不明です。その理由は、『万葉集』(7~8世紀)や『下学集』(15世紀)など、江戸時代より古い時代にも関連していると思われる記載があるからです。江戸時代に書かれた植物関係の書物『広益地錦抄』(18世紀)にキンモクセイの名が初めて明確に登場していることなどから、江戸時代渡来説もあります。ただ、牧野富太郎博士の記録では、明治35年にキンモクセイが輸入されたとあります。どの説が正しいかは定かではありませんが、日本では比較的新しい植物と考えてよいと思われます。そのため、詩歌に詠まれるのは明治以降です。

しろたえの 衣手さむき 秋さめに 庭の木犀 香にきこえ来も

長塚節

木犀の 昼は醒めたる 香炉かな

服部嵐雪

木犀の 落花鋸屑 紛らわし

山口誓子

モクセイの漢名は「木犀」です。木の肌が淡灰褐色で、紋理が動物の犀(さい)の皮に似ていることに由来します。
別名には「木犀花」「銀桂」「丹桂」「金桂」などがあります。ほかにも、中国で巌嶺に叢生することが多いことから「巌桂」、花の香りが遠くまで及ぶことを詠んだ中国の詩人の言葉から「七里香」「九里香」「十里香」などの別名があります。学名はOsmanthus fragransで、属名はosum(香、匂)とanthos(花)の合成語、種小名は香りがあるという意味です。花言葉は、「気品高潔」です。
薬用には花の香りを利用することが多いようです。中国では、「桂花を茶に点ずれば、その香一室に生ず」として、この花の入った「桂花茶」が有名です。お酒にモクセイを入れた「桂花酒」もあり、モクセイの香りを広く生活に取り入れています。
キンモクセイは汚染した大気中では花を着けない敏感な木といわれています。いつまでも清らかな大気が保たれることを望みたいものです。

出典:牧幸男『植物楽趣』

「地楡」の名で知られる生薬

暦の上では上旬に立秋を迎える8月。厳しい暑さの中にも、秋の気配が感じられる時季です。この頃に里山を歩くと、ワレモコウの急成長した姿に目を見張ります。のこぎりのような小さな葉と、赤みを帯びた細い枝ぶり、桑の実のような暗紅紫色の小さな花は、決して華やかではないけれど、秋を感じる野草として古くから人々に親しまれ、生け花や盆花に使われてきました。
ワレモコウは東南アジアからヨーロッパまで広く分布しているバラ科の多年生草本です。春に宿根から可憐な芽を出し、初夏には極めて細い茎を伸ばします。そして夏の終わり頃、子どもの小指ほどの暗紅紫色の花が茎の枝先に1つずつ咲きます。あまり花らしく見えませんが、よく観察すると、花弁のない小さなガクが密集しています。花は枝先から咲き始め、次第に下に移っていく有限花序で、花の寿命は1カ月以上続くこともあります。

紫式部(平安時代中期)は、ワレモコウを「物げなき風情とわれもこう」と表現しています。
後水尾上皇(在位1611~1629年)の第一皇女の梅の宮は、21歳のときに得度し、大和南部の帯解の円照寺に住むようになりましたが、毎年秋になるとワレモコウの花を摘んで自分の気持ちを託し、修学院離宮に住む上皇に送ったと伝えられています。

ワレモコウの花の由来は、『牧野植物図鑑』によると、「日本名は吾木香である。木香(キク科)に古くから日本の木香の意味で、我の木香と呼ぶワレモコウの名があった。その後、名だけが本種に移ったのかもしれないし、あるいは古く、木香を本種と間違えてしまったのか、その辺の事情は不明である」と書かれています。
漢名は、葉の形が楡(にれ)に似ていることから「地楡」という字を当てていますが、「吾木香」「吾亦紅」などもよく使われています。
他にも、4つに裂けたガク片の形が木瓜紋に似ていることから「割木瓜」、花の外観から「坊主花」、花によくトンボが止まっていることから「蜻蛉花」、葉の形がのこぎりに似ていることから「鋸草」など、別名が多くあります。
『和名抄』(932年)には「地楡」の漢名が見られます。『本草綱目啓蒙』(1803年)には、「我木香」と呼ばれる芳香のある植物が多く登場していますが、ワレモコウには芳香はありません。詩歌に詠まれるのは平安時代より後のようです。

吾亦紅 すすきかるかや 秋くさの さびしききはみ 君におくらむ

若山牧水

吾木香 さし出て花の つもりかな

小林一茶

吾亦紅 風が持ち去る 日月よ

渡辺桂子

ワレモコウの学名はSanguisorba offcinalisで、属名はsanbuis(血)+sorbere(呼吸する)の合成語です。これは古くから止血目的に使われていたことに由来します。種小名は「薬のある」という意味です。
薬用としては、根茎の日干を「地楡(ちゆ)」と呼び、下痢止めや止血、下血などの収斂剤として用いたり、火傷の外用薬に用いてきました。
食用としては、春先の若葉をお浸しにします。
花言葉は、「変化」です。

出典:牧幸男『植物楽趣』

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