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パリオリンピック、ブレイキンが最高だった件
パリオリンピック、ブレイキン終わった。
とにかく自分にとっては「最高だった」としか言えない。
今の自分がブレイキンやヒップホップについて書くと、もしかしたら薄っぺらくなりかねないけれど、率直に感じたことを書こうと思う。
当初からブレイキンがオリンピック種目になるにあたって、
批判の声は上がっていた。
ダンスは芸術であり、点数化して競うものではない。
ダンスとスポーツはそもそも違う。
ブレイキンはカルチャーだ。
などなど…
もちろん自分自身もそんな気持ちを持っていた。
ブレイキンがただの曲芸大会になって、とにかくすごい技をやった人が勝つみたいな、そんなスポーツチック、アスリートチックなものになってしまうのではと懸念していた。
だから、オリンピックでブレイキンが見られるという楽しみもありながらも、
不安な気持ちも多少なりともあった。
しかし、蓋を開けてみたらそんな心配は吹き飛んだ。
一言、最高じゃないか。
これぞブレイキン、そのカルチャーをオリンピックの舞台で思う存分体現しているではないか。そんなふうに自分は感じた。もちろん色々な意見があるのは承知だ。
それぞれが自分をレペゼンし、個性をぶつけ合い、そして相手をリスペクトする。そんなブレイキンが持つ素晴らしさがしっかりと表現されていた。
特に、これは言うまでもないかもしれないが、
日本代表で予選落ちが決まっていたbboy Hiro10のラストバトルのムーブ。
勝ち負けじゃなく、自分のやってきたことを思い切り表現する。
オリンピックの採点で評価されようがされまいが、もはやそこは大した問題ではない。自分をいかに表現できるか。これがダンスにおいて重要だ。
これが自分なんだと言わんばかりの気持ちのこもったムーブで会場の心を掴んでいた。そして相手もそこに対してリスペクトを送る。
もう最高すぎるよ。
さらに、男子の決勝。
オリンピックにも関わらず、メダル争いをしているようには全く見えなかった。これは良い意味だ。
2人がそのバトルを楽しみ、盛り上げ、そして観客も一体となってその舞台を楽しんでいた。解説の人も「セッション」でもしているようだと言っていた。
なんてピースな空間なんだ。
これぞブレイキン。
ヒップホップが目指した形、精神性、カルチャーがそこに表れているではないか。
思い返すだけで涙が出そうだ。
まさかこんな形でパリオリンピックのブレイキンが締めくくられるとは思わなかった。
そもそもブレイキンとは、1970年台にニューヨークのサウス・ブロンクス地区で生まれたヒップホップというカルチャーを構成する要素の一つだ。
この地域には、アフリカ系アメリカ人が多く住み、貧困に苦しみ生活環境も最悪。さらに、ギャング同士の抗争も絶えず、略奪や殺し合いが日常的に起こっていた。
そこで、血を流して争うのではなく、平和的な解決手段としてダンスバトルで勝敗を決めようじゃないかと始まったのがブレイキンだ。
それは自分というものを表現し、自分の存在を証明できる一つの手段でもあった。
これはヒップホップの他の要素(MC, DJ, グラフィティ)にも言えるが、ブレイキンはそんなバックボーンを持っている。
そして、そんなアメリカのニューヨークの一地区で生まれたカルチャーが、
50年という時間をかけて世界中へと拡がっていったのだ。
2024年のパリオリンピックを終え、これから一体ブレイキンはどこへと向かうのだろうか。ヒップホップの持つルーツ、精神性を大切にしながら、進んで行ってほしいと思う。
そして、そこに1人のbboyとして携わることができていることを幸せに感じている。