映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑯ ~録画ボタンをいつ押すかという問題
電源は常時ON!しかし
大道さんの常時スナップ臨戦態勢に備えるために、
僕のムービーカメラも常時電源ON。
あとは録画ボタンをポンと押しさえすれば
いつでも大道さんのスナップを収録できます。
もう3~4秒かかるカメラの立ち上げに
焦ることもイライラすることありません。
大道さんのスナップワークに
こちらのムービーワークが間に合わない
ということも理論上はなくなりました。
常時スタンバイでどんどんバッテリーが減っていくため
大容量バッテリーを複数持ち歩かなければなりませんが、
それも慣れてしまえばどうってこともありません。
カメラは常に電源ON。常時、録画スタンバイ。
これでよし。
さぁいつでも来い。
でも次にクリアしなければならなかったのは
実際いつ録画を開始するか。
そして
いつ録画を止めるのか…という問題でした。
録画ボタンをいつ押すべきなのかということです。
大道さんが歩いている時から
ムービーを回しているのか。
それともスナップをしようと
カメラを構えた瞬間に回し始めるのか。
そしてそれはいつ止めるのか。
スナップを終え、
カメラを下げた瞬間に止めるのか。
それともその場を歩き去ってから止めるのか。
電源は常時ONになっているので
こちらはいつでも臨戦態勢です。
しかし回す、回さない(止める)はまた別問題です。
身体に滲みついた”スタート!”と”カット!”
僕自身は、これまで随分長いこと
テレビ番組の演出をしてきたので、
「用~意、スターーート!」とか
「いきます、3、2、1、Q!」といった
”キュー出し”と
「はい、カーーーット!
OK~、チェーック!」といった
”カット出し”は
すっかり身体に滲みついています。
当然それはカメラさんや音声さん、照明さんへの
録画作業開始・停止の合図でもあるわけです。
この”キュー出し”と”カット出し”が
曖昧な(もしくは声が小さい)
若いディレクターは、
現場でめちゃめちゃ怒られます。
”キュー出し”が曖昧だったり急だったりすると
老練なカメラマンから
「おいこら、急にカメラは回せねえんだよ」、
熟練の音声マンからは
「まだマイクの位置、決めてね~よ」、
曲者の照明マンからは
「ちゃんと言ってくれなきゃ当てられないよ」と
叱られ、凄まれ、脅されます。
”カット出し”が曖昧だと
もっと恐ろしくて、
「てめえ、いつまで回させるんだカメラ」、
「おい、一生ガンマイク
(長い竿に付いた長いマイク)持たせる気か」、
「もしもーし、明かり落としてもいいのかー」、
と各所から怒号が飛んできます。
まぁ当たり前の話で
”キュー出し”は全員にとって
さっと集中してその瞬間全力をそこに出し切る
きわめて具体的な開始号令であり、
”カット出し”は、それを停止する
とても大切な合図なのです。
大所帯の撮影スタッフを率いて
大道さんを撮影するならば、
当然、「いつ開始」して「いつ止める」かを
”キュー出し”と”カット出し”で
全員にはっきり示さなくてはなりません。
まさか、大道さんが動いている間
「ずーっとカメラ回しておいてください」
というわけにもいきません。
僕以外に撮影スタッフはいない…ってことは
しかし今回は
大道さんを追いかける僕以外、
撮影スタッフは誰もいません。
強面のカメラマンも音声マンも照明マンもいません。
すべて僕が一人でそれをやらなくてはなりません。
僕は唐突に気づいたのです。
あれ?待てよ。ってことは、
じゃ、”キュー出し”も
”カット出し”もいらないじゃん。
誰にも開始号令かける必要ないじゃん。
作業停止もへったくれもないじゃん。
自分で全部決めればいいんじゃん。
てか、決めなくてはいけないんじゃん…(汗)。
そして僕は決意したのです。
よし、じゃあもう全部撮影しよう。
一日の始まり、
大道さんと会った瞬間から
一日の終わり、
大道さんとお別れするその瞬間まで
カメラは一度も止めない。
全部全部ムービーを回そう。
全部丸々撮影しよう。
全部録画しよう。
なぜなら、大道さんは
スナップとスナップの合間に
ひょいと面白いことを
ボソッとつぶやいたりするからです。
また、スナップモードじゃない時に
思いもかけず重要なことを語ったり、
印象的な表情をしたりするからです。
そういう時に限って
ぎゃっ、カメラが回っていない…!
というのは映像業界の
本当によくある「あるある話」です。
「てめ~、一番肝心なところ
撮れてないじゃないか!」と
怒られて泣いたスタッフは数知れず、です。
僕も、スナップとスナップの合間の重要なシーンを
撮り逃しては一生の不覚です。
そしてそれは誰のせいにも出来ません。
だったら、もう全部撮ればいいのです。
「おはようございます」と出会って
最初に録画ボタンを押したら、
「お疲れ様でした」とさようならするまで
一度もそこに触れない。
丸一日、カメラを回しっぱなしにすればいいのです。
なんだ、簡単なことじゃないか。
しかし、そのシンプルな決意によって
僕の撮影素材は想像を絶する
とんでもない時間量と物量になり、
のちの編集で
世にも恐ろしい地獄を見ることになるのですが…
それはもっとあとのお話。
(文中写真は本編より)