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保守政権復帰と極右勢力の台頭:ドイツ総選挙が示すもの

保守政権復帰と極右勢力の台頭:ドイツ総選挙が示すもの

2023年9月23日に公表されたドイツ総選挙の開票結果は、ヨーロッパ全体に大きな衝撃を与えました。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が政権復帰を果たす一方で、極右とみなされる「ドイツのための選択肢(AfD)」が第二党に躍進したのです。

ドイツの歴史的背景とリベラルな伝統

ドイツは、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツの過去から深い歴史的反省を抱えてきました。その結果、戦後のドイツ政治は極右勢力や「愛国」という概念から距離を置き、リベラルな政治的理想を掲げてきたのです。メルケル政権時代には、そのリベラルな姿勢から「リベラル思想の西側最後の砦」と称されることもありました。

このように、ドイツ政界では極右政党との協調は長らく禁忌とされてきました。そのため、AfDの急速な成長と第二党への躍進は、ドイツ社会における大きな価値観の転換を示唆しています。

移民問題とAfDの台頭

AfDが躍進した背景には、深刻な移民問題があります。ドイツを含めた欧州各国では、移民に対する治安悪化やテロの脅威といった懸念が広がっており、反移民は右翼政党共通のスローガンとなっています。

移民への反感や不信感が増大した要因の一つには、9.11同時多発テロがあります。その実行犯の一人、モハメド・アタ容疑者がドイツのハンブルクに滞在していた事実は、ドイツ国民に大きな衝撃を与えました。それ以降、欧州でイスラム系移民によるテロ事件が相次ぎ、国民の移民に対する偏見や不安が深まっていったのです。その結果、AfDはその不安の受け皿となり、支持を拡大しています。

反メルケル主義と移民政策への批判

さらに、AfDは反メルケルという側面も持ちます。第二次世界大戦後、ヨーロッパの先進工業国では、出生率低迷による労働力不足を補うため、移民を積極的に受け入れてきました。しかし、この移民受け入れブームは第一次オイルショックを境に縮小しました。経済の停滞による失業率の上昇や、ベビーブーム世代の成人による労働力不足の解消がその要因です。

それにもかかわらず、メルケル政権は欧州の中でも特に寛容な移民受け入れ政策を推進してきました。2015年のシリア難民危機に際しては、多数の難民を受け入れる姿勢を示しました。これに対し、AfD支持者は現在の移民問題や社会の不安定化をメルケル氏の政策が引き起こしたと捉えているのです。

国際的な反応と影響

今回のドイツ総選挙を受けて、アメリカのトランプ元大統領や実業家のイーロン・マスク氏がAfDへの支持を表明しています。トランプ氏は反メルケル主義者であり、過去にはメルケル氏が移民受け入れに配慮を訴える発言に対し、「テロから国民を守る必要がある」と反論していました。このような国際的な支持は、AfDの存在感をさらに高め、ドイツ国内外における政治的影響を拡大させています。

ドイツの未来と欧州への影響

ドイツにおけるAfDの躍進は、同国の政治的潮流が大きく変化していることを示しています。極右勢力との協調が禁忌とされてきたドイツで、そのような政党が第二党にまで成長した事実は、社会の深層にある不満や不安が顕在化したとも言えるでしょう。

この変化はドイツ国内に留まらず、欧州全体、さらには国際社会にも影響を及ぼす可能性があります。移民政策の見直しや、EU内でのドイツの立ち位置の変化など、多くの課題が浮上しています。

私たちは、このドイツの政治的変化が何を示唆しているのか、そして欧州における右翼ドミノの流れがどこまで続くのかを注意深く見守る必要があります。ドイツの未来、そして欧州全体の行方は、今後の世界情勢にも大きな影響を与えるでしょう。



参考文献

  1. 朝日新聞「ドイツ総選挙で保守政権復帰、AfDが第二党に躍進」

  2. 日経新聞「欧州で台頭する右翼勢力とドイツの選択」

  3. 日経新聞「ドイツ保守野党が政権復帰へ 総選挙、極右が第2党に 与党は大敗」

  4. 日経新聞「ドイツも極右ドミノで前途多難 ウクライナ支援にも影」

  5. 日経新聞「ドイツ次期首相、最有力のメルツ氏「極右と協力絶対ない」」

  6. 朝日新聞「イーロン・マスク氏と共鳴する右翼AfD 揺らぐ「反ナチス」の国是」

  7. 朝日新聞「「最後のとりで」のドイツまで 伸びる右翼、失われる移民への寛容さ」

  8. 大泉常長『激動の欧州連合の移民政策』晃洋書房

  9. 高野弦『愛国とナチの間』朝日新聞出版


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