転勤妻の働き方とは。
現在私はドラッグストアのパートをしている。元は作業療法士として正社員で社畜の様に働いていた。作業療法士(以下OTと記す)を辞めた理由は、出産+夫の離島転勤による。本当は辞めるつもりはなかった。仕事自体は嫌いではなかったし(働き方的にはどうかと思うこともあったが)産休育休申請も出すつもりだった。
しかし、タイミング的に申請が通らず。(今でもこれが良く分からなし、納得出来てない)事務員さんや社労士さんも頑張ってくれたが一銭も貰わずして辞めることとなった。今まで払ってきた社会保険料とは何だったのか。貰える額がそこそこあったはずなので悔しくてならない。
独身の頃、割と自由に転職して給料を上げてきて、自分の働き方をコントロールしてきた。たが、この時に初めて、転勤族と結婚するとはこういうことかと気付かされた。
元々、当たり前ではあるが転勤族は了承済みで結婚している。
なんなら、旅行好きだし色んな所に住めて色んな場所を知れるという所にステータスを感じでいたほどだ。馬鹿である。新婚で頭がお花畑であった。OTの資格持ちだし、病院はどこでもあるし、どこでも働けるしこれからの人生楽しみ!ぐらいな感覚だった気もする。
そう、あの時の私に言いたい!「人生とは思ったほど上手くいかないぞ!」と。
子供が産まれると慌ただしい毎日が始まった。初めての育児にてんてこ舞いであるのに加えて、反りの合わない実家での新生児育児は地獄だった。実家が無理過ぎて早く出たかったが今の状態で離島育児する自信がなく我慢して実家においてもらった。何とか耐え3ヶ月して夫のいる離島に移ることとなった。だか、場所が変わたとて育児が好転することはなかった。実家からののストレスはなくなったが、日々状況の変化する赤子を新天地で育てる苦労もあり私の心はどんどん荒んでいった。この頃夫の仕事も多忙でほとんど家にはおらず、頼る当てもなく毎日絶望していた。
絶望のなかからも子の成長と育児に対する慣れるからか私の気持ちも幾分落ち着いてきた。加えて夫に大量の仕事を任せてきていた問題の上司が移動し、夫の在宅が増え自分の休憩出来る時間が増えてきたのも良かった。
兼ねてから希望していた2人目も出産し、働きだす方向に走り出した。しかし人生はまた簡単にはいかない。下の子が入院したのだ。気管支炎であった。
産前産後で上の子を保育園にいれていた。そこから何かしらの風邪を貰ったのだろう。(ここでは割愛するが、下の子臨月ギリギリの時に上の子が肺炎になり入院していた時もなかなかハードだった)
5日程で退院したが、半年ほどしたら再び風邪をこじらせ入院となった。度重なる入院にこの時私は察した。
OTとして働くことは無理なのではないかと。
いや厳密に言えば無理ではない。している方もたくさん知っているし、やれない事もないと思う。
だが、私は子供の体調を気にしながらOTとして働く働き方をしたくなかったし、多分出来ないなと思った。(パートなら何とか行けるかも知れないと考えたがそもそも離島にOTのパートの求人がなかった。)
それからしばらくして、下の子が1歳を過ぎた頃に私は、働き方の融通が効く近所のドラッグストアでパートとして働き出した。慣れるまできつかったが、慣れたら楽しむ余裕も出てきた。相変わらず子供達は体調を崩し、その都度休みを貰っているがすんなり休みは取れている。ありがたい事だと思う。
ドラッグストアに慣れて3ヶ月たちパート研修生のネームが外れた時、夫の職場から転勤の匂わせがあった。正直予想はついてたので驚きはなかった。きっと次は本土になるとは思う。久しぶりの本土生活を想像して少しワクワクすらしている。だが、私のキャリアは再びふり出しである。
これからの人生ずっとこうなんだろうか?
転勤族の夫と一緒に歩んで行くには臨機応変さと柔軟性が必要という事なのであろう。頭では分かっている。だが、心がついていかない時も有る。この、ままならない人生を楽しむ余裕がいつか出来ればいいが。
自分の人生を自分で舵取り出来ないもどかしさを今ひしひしと感じている。