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「スト6のマスターになるのは誰でも出来る」と主張したことのある奴、聞け。

お前らは「ボクちん簡単にマスターになれたよ」という自慢をしたいだけのカスである。いや、素直な自慢すら出来ない気持ちの悪いカスである、と訂正する。なぜか?説明する。

「誰でもなれる」ならマスターが10割近くになってるハズである。

でも現実そうなってはいない。他にもいろいろ意見を聞いたうえでゴニョゴニョ前提や言葉を付けたすアホがいるが、一番始末に負えないのは「それでも【誰でもなれる】って結論は変わらない」ということだ。
必要な前提が増えれば増えるほど「誰でも」という範囲から離れるのは常識なのだが、彼らにはそれが分からない。結婚相談所に向かう女性の出す男性の条件は多いが、当人は「これを満たすならだれでも良いのに」と言っているのに似ている。マトモな頭を持っていれば(それは「誰でも」とは言わないんだなあ)と判断できる。

 素直に「僕は簡単にマスターになれたのだ!」と言わないから、おかしな主張になる。「僕、私がなれたのだから簡単だ」という主観でしかないのに。

俺の主張はシンプルである。

「上位約10%がマスター帯なのだから、それくらい強くなれればマスター帯である」

それだけだ。ここに「誰でも」なんて新書のタイトルみたいな修飾語をつけるから石を投げられるのだ。

 ただ、例外はあると思う。

一人にでも「あたなのお陰でマスターになれた」と言われたことがあるか?

である。万年ゴールドみたいな奴をマスターに導いたことがあるか?という話だ。「俺の意見を聞いていれば誰だってマスターになれるのさ」という自称ではなく「彼のお陰だ」ときちんと言われたことがあるか、だ。

ただマスターになれただけの奴と、「誰でもマスターになれます!」と言い切って文句言われない奴の違いはなにか?説得力である。クソ弱い奴をマスターにした実績があるのであれば、「なるほどアンタが言うなら……」くらいの信頼がある。

ただその「誰でも」を語る多くの人間にはコーチング実績はない。ただただ「マスターになれた」だけの奴が酔いしれているだけなのが現状である。

たいした実績もなく「僕がなれたから」という薄っぺらい主張一枚では、その歪んだ承認欲求は隠せないのである。


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