辞めても何とかなる!パイロットになりたくて防衛大学校を卒業し、新卒で総合商社を選択した僕の考える最強のキャリア選択術

防衛大学校を辞めた人のリアルな声を知りたい人へ

おそらくこの記事を読んでいるのは、自衛隊や防衛大を志す人、現役の防大生、もしくは辞めるか悩んでいる人や、すでに辞めたばかりの人だろう。

僕自身、防大4年生だったときにめちゃくちゃ悩んでいた。辞めるべきか?辞めたらどうなるのか?将来は大丈夫なのか?正直、不安だらけだった。

だからこそ、あのときの自分に会えるなら伝えたいことがある。
**「辞めても何とかなるし、むしろ辞めて正解だった」**ということだ。

もちろん、人生に絶対の正解なんてない。今「正解だ」と思っていることも、何十年後かに「やっぱり間違いだった」と感じるかもしれない。でも結局、正解か不正解かを決めるのは自分自身だ。だからこそ、周りの声や世間の評価に振り回されるのではなく、「自分はどうしたいのか?」を大事にしてほしい。



そもそも、なぜ防大に入ったのか?

僕が防衛大学校を目指したのは、「日本に貢献できる仕事がしたい」と思っていたからだ。
それに、英語が得意だったこともあって、世界中の人と仕事ができたら素敵だなと考えていた。

地方出身の自分にとって、誇り高い仕事といえば、当時思いつくのは医者・弁護士・自衛官の三択だった。

家は決して裕福ではなかったが、親は何不自由なく育ててくれた。ただ、「浪人は絶対ダメ」というルールがあった。
地元の進学校に通っていたから、周りの友人たちはそこそこ名の知れた大学に進学していく。そんな中で、防大は学費がかからず、学位まで取れる。しかも将来安定という条件に惹かれて、選んだ部分も大きかった。

本音を言えば、地元の旧帝大に落ちたのも悔しかったし、**「どうせ行くならプライドを保てる進学先を」**という気持ちもあった。
親や親戚も喜んでくれたし、防大を選んだときには、それなりに納得感があったのも事実だ。

防大を辞めようと思った理由

辞めようと思った理由はいくつもあるけど、一番大きかったのは 「俺が思い描いていた働き方とはかけ離れていた」 ということだ。

2年生になると陸・海・空に分かれて部隊実習に行くんだけど、そこで 先輩たちが超絶ブラックな働き方をしている現実 を目の当たりにした。特に、慢性的な人手不足のせいで、無理な勤務が当たり前になっていたり、睡眠時間を削らざるを得ない状況が常態化していた。

もちろん、学生のうちからそれを体験する機会もある。俺も 長期勤務学生 を経験したんだけど、そこでやらされたのは 「これ、本当に必要?」 と思うような仕事の数々。本質的じゃない業務が多すぎて、正直うんざりしていた。

そして、何よりも許せなかったのが 「連帯責任」の文化 だ。自分が問題を起こしたわけでもないのに、他の学生のミスで罰を受けたり、理不尽なペナルティを食らうことが多かった。しかも、そうやってどれだけ頑張っても 給料は変わらない

一方で、部隊に行けば昇進スピードに多少の差はあるものの、基本的には「やったらやった分だけ正当に評価される」という民間企業の資本主義が、むしろ羨ましく思えてきた。

民間企業と比べても、防大・自衛隊は圧倒的にブラックだった

俺は防大を辞めた後、大手やベンチャーを含めて 3社経験してきた。だけど、ハッキリ言って 防大や自衛隊ほどブラックな環境は見たことがない。だからこそ、今この記事を読んでいる現役の防大生たちには 「どの道に進もうが絶対にやっていける」 ということを、自信をもって伝えたい。

「自衛隊なんだから、そういう働き方はある程度覚悟して入ってきたんじゃないの?」
そう思う人もいるかもしれない。確かに、俺もある程度の厳しさは覚悟していた。だけど、いざ4年間この環境にいると、「これが定年まで続くのか」と考えたとき、どうしても耐えられなかった

仕事を通して幸せになれる気がしなかった。


体を壊して「このままじゃダメだ」と確信した

決定的なきっかけは、4年生の夏季定期訓練が終わり、夏休みに入ろうかという頃だった。
それまでの 過酷な生活やプレッシャー のせいで、俺の体はとうとう悲鳴を上げた。

咳が一生止まらない。

もともと気管支が弱かった俺は、防大入学当初から咳が止まらないことがあった。でも、訓練を重ねて体が強くなり、一度は落ち着いていた。だけど、防大の 医務室 って、正直あまり信用できないじゃないですか?(現役防大生ならわかると思う 笑)

どれだけ受診しても改善するどころか、どんどん悪化していった。
結局、夏休みに地元の病院で入院 することになり、ようやく回復して中期を迎えた。咳喘息だと診断され、あと少し来るのが遅かったら肺炎になってるところだったよって言われたときはさすがにビビった

この経験を経て、俺は確信した。

「これ以上、この組織にいたら体がもたない。」

それからは、あらゆる行事の責任者から離れ、民間企業への転職を視野に入れて情報収集を始めた。

「パイロットになりたい!」と思った瞬間

中期に入ってからは、「民間企業に行くならどこがいいのか?」と情報収集を始めた。
その時、はっきり覚えているのが 「パイロットになりたい!」 と思ったことだった。

空を飛ぶ仕事に憧れたし、防大で鍛えた精神力や体力を活かせるんじゃないか?と思った。
それで、真っ先に検索したのが

「JAL ANA パイロット 自社養成 採用」

もう、必死だったよね 笑

この後、俺はパイロットを目指して民間企業の働き方について色々と調べることになるんだけど、それについてはまた別の記事で詳しく話そうと思う。

今回の記事の趣旨は 「防大を辞めたリアル」 について伝えることだから、民間に出た後の話は一旦置いておく。ただ、結論として言えるのは 「辞めても何とかなるし、むしろ辞めてよかった」 ってこと。

防大にいると「辞めたら終わり」みたいな空気があるけど、そんなことは全くない。俺自身、辞めたことで広がった選択肢がたくさんあったし、今では自分のキャリアに満足してる。もし今、防大を辞めるか悩んでる人がいたら、俺の経験が少しでも参考になれば嬉しい。

辞めようと思ったのは上のようなきっかけで、もう無理だと思ったけど、やっぱりこれから民間の道に行くことに不安もあったし、本当にやっていけるのか?ということは常に考えていた。
民間に出てやりたいことと言えばパイロットになること
だったけど、もしパイロットになれなかったらどうしようかとか。せっかく防大を出たのだからもっと自分に合う仕事があるのではないか?といろいろ考えていたけど、とにかく
「このままじゃだめだ、何か行動をしないと一生変わらないぞ」という気持ちだけはずっと持ち続けていたと思う。
結局、この後いろいろ嫌がらせとか不安な気持ちとかもいっぱいあったんだけど、その気持ちを持ち続けていたおかげでなんとか自衛隊という組織を抜けられることになった
んだよね。

辞めると決めてからは、周りに悟られずに一人で行動していたと思う。なぜならこの組織において噂の広がるスピードは異常に早いということは十分理解していたので、絶対に隙を作らないように心がけていた。なので自衛隊とつながる人物には一切相談をしなかった。情報収集も可能な限り卒研部屋で誰もいないときにやった

家族に伝えたのも、確か4年生の冬休みの時でかなり直前だったから、そうとうびっくりしていたんじゃないか。
まあそれでも、10月くらいだったかな。宣誓書が配られたタイミングで、そこにサインしなかったあたりから周りの目が変わって、心配してくる指導官もいたし、これまで良くしてくれた大隊指導教官の風当たりもめっちゃ強くなったのを感じた。

だからそっからは情報収集がすごくやりづらくなった
テンキー(一人1台配布される私物用の金庫)の中を何故か俺だけ指導教官室で中身を見せるように言われたり、服務室に閉じ込められたり、休日の特別外出が認められなかったりと、上げたらきりがないけどめっちゃ嫌がらせを受けていた

まあそれも当然っちゃ当然で、任官拒否の数がその指導官のキャリア成績にも当然響くわけだし、俺自身**税金で4年間学ばせてもらってる身だから「任官して当たり前だろ」**と思われるのも無理はない。

だからこそ、辞めたら周りからどう思われるんだろうっていう不安と、本当に辞めてよかったって思える日が来るのかっていう気持ちで頭がいっぱいだった

だけど、卒業式が終わって、防大の門を出た後にシンプルに思ったのは、圧倒的な解放感だった
あらゆる手続きを経て、**自衛隊という組織から抜けた瞬間に「あらゆる可能性が自分を待ってるんだ!」というすがすがしい気持ちと、「おそらく過労死することはないだろう」**という安心感から来たものだろう、ということが理解できたのを覚えてる。

辞めた直後には就職するまで、一旦アルバイトをして一般社会を経験してみようと思ったし、防大の時に貯めたお金で世界中を旅してみようとも思った。

3. 後悔していること

正直、防大を辞めたことに大きな後悔はないけど、「これがあれば続けられたかも」と思うことはいくつかある。

まず、一番大きかったのは相談できる環境がなかったこと

防大という組織の特性上、辞めることを前向きに捉えてくれる人はほぼいない。むしろ、「なぜ辞めるんだ?」と詰められるのが当たり前だった。だからこそ、自分の進路についてフラットに話せる相手がいたら、もう少し違う選択肢も見えていたかもしれない

あとは、「防大を卒業していれば選択肢が広がったのか?」というのは、今でもたまに考える。例えば、卒業してからすぐに民間に行く道もあったし、自衛隊の中で違うキャリアを模索することもできたかもしれない。でも、あのときは「とにかくここから出ないとダメだ」と思っていたから、冷静な判断ができていたかは微妙なところ。

辞めてみて感じたデメリットとしては、民間でのスタート地点がゼロだったこと

防大を辞めた時点で、職歴なし・資格なし・コネなしの状態だったから、民間企業に飛び込むのはなかなかハードルが高かった。特に、防大の特殊な環境で過ごしてきた分、いざ普通の社会に出たときに「自分には一般社会の常識が全然ないんじゃないか?」という不安はあった。

実際にアルバイトを始めたとき、普通の大学生が当たり前にやっているようなこと、例えばバイトのシフト管理とか、営業の基本的な動きとかが全然わからなかったのは、ちょっとショックだった。

4. 後悔していないこと

でも、そういう不安があったとしても、結果的に防大を辞めたこと自体は後悔していない。

防大で得た経験は、間違いなく今の自分に活きている

まず、圧倒的な体力と精神力

正直、どんな仕事でも「キツイ」と感じる瞬間はある。でも、防大での生活に比べれば、多少の理不尽や長時間労働なんて大したことないと感じることが多い。

また、防大で鍛えられた「指示を受ける側の気持ちがわかること」は、どんな組織にいても役に立っている。上司の立場になったときも、「どういう指示なら部下が動きやすいか」とか、「どう伝えれば納得感があるか」を考える習慣がついているのは、防大時代に理不尽な指導をたくさん受けたおかげだと思う。

さらに、何よりも大きいのは、「自分の人生は自分で決める」という覚悟が持てたこと

防大を辞めるっていうのは、正直めちゃくちゃ怖かった。でも、そこで「自分で決めた道を進む」という経験をしたことで、どんな場面でも「最後に決めるのは自分だ」というマインドが持てるようになった。

結果的に、防大という環境で得たものと、そこから飛び出して得たもの、どちらも今の自分を作る大事なピースになっていると思う。

5. まとめ(辞めるか迷ってる人へ)

もし今、「防大を辞めるべきか、それとも続けるべきか」と迷っている人がいたら、伝えたいのは一つ。

「辞めても人生はなんとかなる」

もちろん、辞めることで失うものもあるし、大変なこともある。でも、辞めたからといって終わりではなく、むしろそこからが本当のスタート。

大事なのは、「辞めた後にどうするのか?」を考えておくこと

「辞めたい」という気持ちだけで飛び出すのは、正直リスクが大きい。でも、ある程度の準備をして、自分が何をしたいのかを整理しておけば、どんな道を選んでも後悔はしないはず。

防大にいると、どうしても「この道しかない」と思いがちだけど、外に出れば無限の可能性がある

だから、「続けるべきか辞めるべきか」で悩んでいるなら、一度冷静になって「本当に自分はどうしたいのか?」を考えてみてほしい。

そして、もし辞めることを選んだなら、恐れずに一歩を踏み出してほしい

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「もし今の自分に戻れるなら、絶対に知っておきたかったことを伝えたくて。」

俺も昔、悩んだり迷ったりしながら、試行錯誤してきたからこそ、今感じていることがよくわかるんだよね。だからこそ言いたい。

もしこの時期に戻れるとしたら、間違いなくこの情報には投資して、何としてでも手に入れたいと思う。それだけ、価値のあるものだからさ。

今、君がどんな状況にいるのか、どんな悩みがあるのかは分からないけど、それでも俺が経験してきたことを知っていれば、絶対に君の時間やエネルギーを無駄にせず、もっと早く進めたんじゃないかって心から思ってる。

だからこそ、この先の道が少しでも楽になるように、俺が気づいたことを余すことなく伝えたい。これを実行してみれば、今抱えている悩みが解決に向かうきっかけになると思うよ。

君が悩んでいるなら、少しでもその助けになれたら嬉しいし、この先が少しでも楽になったら、俺としても最高だと思ってるから。

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