
文献紹介『フリーエネルギー[研究序説]』
文献紹介
多湖敬彦著
『フリーエネルギー[研究序説]』
徳間書店、1996年、346頁、本体価格1553円
(ISBN4-19-860441-X)
本書『フリーエネルギー[研究序説]』は、フリーエネルギーの概説書である。
フリーエネルギーとは、真空もしくは私たちの住むこの空間に充満している未知のエネルギーのことで、特殊な装置を使うことで取り出すことが可能とされている。
ご存知のように超常現象にはUFOや超心理学、未確認動物などいくつかの分野が存在するが、その一つに超科学がある。これは現今の科学知識とは矛盾するような働きを見せる装置ないし技術を扱う分野で、具体的には永久機関や重力制御、有機生命体創造、気象操作、異端医療などが挙げられるが、中でも特に高い人気を誇るのが本書のテーマであるフリーエネルギーなのだ。
これまでご紹介してきた文献はいずれも複数の執筆者による共著であったが、本書は多湖敬彦氏の単著である。その構成は以下の通り。
◎プロローグ 今、なぜフリーエネルギーなのか?
◎Ⅰ 伝説の巨人たち
● 第一章 フリーエネルギーの父
● 第二章 自然に隠されたフリーエネルギーの秘密とは?
● 第三章 宇宙からの波動
◎Ⅱ SFとカリスマの時代
● 第四章 カリスマたちの円盤
● 第五章 謎のEMAモーター
◎Ⅲ 広がるセンセーション
● 第六章 Nマシンの登場
● 第七章 続々と名乗りをあげる〝フリーエネルギー〟装置
● 第八章 モノが踊り出す!? ハッチソン効果
◎Ⅳ 正統科学の中へ
● 第九章 試験管の中の太陽
● 第十章 正統と異端の間で
◎エピローグ フリーエネルギー革命は起こるか
◎あとがき
◎参考文献
本書の長所としてまず挙げられるのは、情報を平易に伝えていることだ。フリーエネルギー関連書というと専門用語が飛び交う難解な内容になりがちだが、本書は堅苦しさを感じさせない文体でほぼ誰にでもわかるように種々の情報がまとめられており、肩に力を入れなくても読むことができる。
またフリーエネルギーだけではなく、その周辺領域について触れられている点もうれしい。特に第四章の「カリスマたちの円盤」は大半が重力制御技術、特に清家新一氏(1936-2009)や英国のジョン・ロイ・ロバート・サール(1932- )発明の反重力装置について割かれている。
清家氏といえば東京大学在学中、火星人の女性にラブレターをもらったことがきっかけで空飛ぶ円盤(=異星人の宇宙船)の構造や推進原理に興味を持ち、『宇宙の四次元世界』(大陸書房、1971)などの著書を発表後、1973年に重力エネルギー研究所(後に宇宙研究所と改名)を設立。数々の超科学理論の提唱や装置の「発明」により、その界隈においては国際的に知られた人だが、そんな氏の代表的な発明品といえば本書でも言及されている逆重力エンジンであろう。この装置についてはある程度の再現性が得られており、電子天秤の上に載せて作動させたところその重さが徐々に軽くなっていったという、他の研究者からの報告も存在する。
僭越ながら補足させていただくと、この逆重力エンジンについては物理学者で早稲田大学名誉教授の大槻義彦博士(1936- )が、その著書『超能力ははたしてあるか』(講談社ブルーバックス、1993)の中で次のように指摘している。
察するところ、コイルからの電磁誘導で発生する電磁場によって、装置の重さを計った電子式のはかりが誤作動したのであろう。
だがもしも電磁場による誤作動だとすれば、電子天秤の示す重さは徐々に減っていくのではなくランダムに増減するはずであるし、何より逆重力エンジンに使用されているコイルは磁場を外に出しにくい種類のものなのだ。察するところ、大槻博士は装置の構造を全く理解せず批判してしまったのであろう(※1)。
では逆重力エンジンは「本物」だったのか。それもまた否である。装置を実際に追試したフリーエネルギー研究家の白鳥省吾氏(1957- )によると、清家氏は実に1.8アンペアもの電流をコイルに流していた。そのためコイルが発熱し、電子天秤周囲の空気が上昇して対流が起こり、結果、装置の重さが徐々に軽くなっていくように見えただけだったというのである!
悲しいことに超科学装置は大抵、上記のような結末を迎えてしまうのだが、フリーエネルギーとて例外ではない。そして本書の一番の長所といえるのが、偽のフリーエネルギーマシンについては隠すことなく偽物と断じ、怪しげな機械についてもきちんと疑問を提示している点だ。さらにはなぜ偽物といえるのか、なぜ信用できないのか、その理由も書かれている。「そんなことは当たり前では?」とお思いの方もおられるだろうが、超科学をテーマとした書籍のほとんどはその当たり前のことができていない。
だがここで明記しておきたいのは、本書の著者である多湖氏のフリーエネルギーに対するスタンスである。氏はプロローグで以下のように書いている。
フリーエネルギー装置は、永久機関ではない。フリーエネルギー装置は無から有を生み出すわけではない。あくまでどこかにエネルギー源は存在すると仮定されている。それがまだわれわれに知られていないだけのこと。
つまりフリーエネルギーの研究は、今の物理学を全面的に覆すものではない。これまでの物理学を基本的には認めた上で、
「それだけではすべてを説明できないのではないか」
といっているだけなのだ。
著者はフリーエネルギーの存在を否定していない。むしろその研究を重要視しているからこそ、冷静かつ慎重な態度で偽物を排除しようとしているのだ。確たる根拠もなく「世界を支配する闇の勢力が油田権益を守るため、大手石油会社を操ってフリーエネルギー研究を妨害している」などと主張する陰謀論者(※2)や、「フリーエネルギーなんてあるわけがない」と頭ごなしに否定する人々、本当は認める気などこれっぽっちもないくせに「証拠があれば信じます」などとうそぶく自称懐疑論者たちとは、遠く離れたところにいるのである。
残念ながら今日まで発表されたフリーエネルギーマシンのほとんどは偽物であった。フリーエネルギーの存在を固く信じている筆者でさえ、その歴史が嘘と誤りで塗り固められていることは認めざるを得ない。これからも詐欺の道具として悪用されてしまうことだろう。
だが一方でフリーエネルギーの研究者により、この見事なまでに公平な「研究序説」が書かれたということもまた事実だ。フリーエネルギーがいつ実用化されるのかはわからない。近い将来かも知れないし、遠い未来かも知れない。ただその日まで、本書が日本の超科学徒たち必読の資料として永続することだけは確かである。
では最後に著者について紹介しておこう。多湖敬彦氏は東京生まれの技術思想史家。東京大学総合文化研究科の修士課程を修了した後、日本学術振興会の特別研究員を経て広域科学研究所を主宰する。著書は本書のほか、
● 訳編『未知のエネルギーフィールド』(世論時報社、1992)
● 『超科学こう使う・こう遊ぶ――不思議大好きテクノロジーの世界』(ビジネス社、1996)
● 共著『意識が拓く時空の科学』(徳間書店、2000)
● 『日本発次世代エネルギー――挑戦する技術者たち』(学習研究社、2002)
● 『石油崩壊』(学研パブリッシング、2012)
がある。
また『別冊宝島334 トンデモさんの大逆襲!』(宝島社、1997)にはフリーライターの田中聡氏(1962-)による多湖氏へのインタビューが収録されているので、機会があればご参照いただきたい。
※1:察するところ、大槻博士は~
おまけに『超能力ははたしてあるか』は、「逆重力エンジン」と称して「リトルバン発電池」(清家氏の発明品でフリーエネルギーマシンの一種。だが前述の白鳥氏によると実際にはフリーエネルギーマシンではなく、放送局から発せられた電波エネルギーを電力に変換する装置で、イヤホンを接続すればラジオ番組も聞けるという!)の写真を掲載するというミスを犯している(同書253頁)。
※2:陰謀論者
こうした「画期的過ぎる発明は既得権益を守るため闇に葬られる」という話は、古代ローマには既に存在していた。例えば大プリニウスことガイウス・プリニウス・セクンドゥス(22/23-79)の『博物誌』第36巻には、第2代ローマ帝国皇帝ティベリウス・ユリウス・カエサル(42BC-37AD)の時代に、「割れないガラスの製造法を発見した男の仕事場が、金や銀、銅の価格が下落するのを防ぐため徹底的に破壊された」などと書かれている。またガイウス・ペトロニウス(27-66)の『サテュリコン』でも、登場人物であるトリマルキオの口から「ローマ皇帝が金の価値を守るべく、割れないガラスカップを発明した細工師の首をはねるよう部下に命令した」というエピソードが語られる(同書第51章)。