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命のために水道を開けろ!―学生たちが守った困窮者たちのライフライン―(笠原沙織)

著者 笠原沙織(かさはらさおり)
1999年生まれ。東北大学経済学研究科修士課程所属。NPO法人POSSE、NPO法人フードバンク仙台学生ボランティア。

追記(2024年9月)

 この論考は2023年に雑誌『POSSE』53号に寄稿したものです。2022年の年始に仙台で、水道を止められた方からの1件の相談から始まった、ライフラインの権利を獲得する約1年の闘争を振り返って書きました。現在も、現場で水道の再開栓の支援や実態の調査活動を行なっています。

 水道を止められた方の支援を通じて、お金が払えなければ当然のように給水停止措置がなされ、簡単に人の命が脅かされる実態をみてきました。人の命よりも支払いが優先される社会に怒りをおぼえるとともに、支援に関わってきた学生たちの中で「人の命が軽んじられるルールなんて変えるべきだ。困窮していても水道が絶対に止まらないように求めよう。」と意志を同じくし、プロジェクトを立ち上げました。そうして、「水道を止めるな!」と仙台市や水道局に要求をし続け、実際に給水停止にしないように運用を変えることができたのです。

 仙台だけでも毎年4000件ほど水道が止められており、全国を考えるその数は計り知れません。本論稿では、学生たちがどのようにして水道を再開栓し、水道が止まらないように運用を変えてきたのかについて、具体的な実践を紹介します。本論考を一つの契機に、まさに命綱であるライフラインが人為的に絶たれ、人の生存が奪われていく社会を変える運動実践をともに考え、全国各地で取り組んでいく仲間が増えれば幸いです。

※本記事は、雑誌『POSSE』53号(特集「フードロス×使い捨て労働」)に掲載された同名タイトルの記事をもとに一部加筆・修正を加えたものです。

はじめに

 「ガスが止められた4か月間、冷水でシャワーを浴びていた」。「台所で週一回37度のお湯で髪を洗う以外ガスは使わず、水も糸の様に出して使う」。これは私たちのもとに実際に寄せられたエピソードである。世間では節約や家計でのやりくりが叫ばれる中、フードバンク仙台にはライフライン(水道・ガス・電気)の滞納や停止に関する相談が増加している。水光熱費を払うことが困難になり、ライフラインを安心して利用できないというかたちでの貧困が拡大しているのだ。このような生存権が守られない社会を変えるため、POSSEやフードバンク仙台で活動するZ世代が「ライフライン無償化プロジェクト」を立ち上げた。本稿では、深化する貧困の現実とともに、水光熱費を支払えないという共通の困難を、直接的な行動で社会に突き付けてきたプロジェクトの取り組みについて報告していく。


はじまりは1件の相談から

 このプロジェクト立ち上げのきっかけとなったのは、2022年1月半ばにフードバンク仙台に寄せられた1件の支援依頼だった。それは「2021年末から2週間、卵一つだけしか食べておらず、水道も止められていたため水も飲めていない」というもの。

 相談者のAさんは元看護師だった。ところが勤務先は、仕事量を減らすためにナースコールの電源を切ろう、と発言する同僚が多数いるような職場だった。Aさんは、ケアの質の向上と職場環境の改善を求めて声を上げた ところ、職場いじめや上司からのパワハラを受け、退職せざるを得ない状況に至った。いじめやパワハラを受けたことで精神疾患を発症し、人と対面することすら困難になってしまった。行政にも相談することが出来ず、収入がない状態でガスと水道は料金未納で止まった 。公園の水道で水を汲むことも考えたが寒さで凍っていたため、雪を溶かして水を飲むしかない状態に追い込まれていた。

 Aさんの生存を守るために、私たちは食料支援や生活保護の申請同行とともに、仙台市水道局に連絡し、水道を再開栓するよう交渉を行った。最終的に未納分を分割払いにすることで再通したが、水道局職員はAさんや私たちに対して、「水道が停止したために(死活問題になる)、というのは考えにくい。死活問題というのであれば、公園にでも水道はある。こちらが悪いことをしているわけではない、流れとして支払えない方に対しては給水停止にはいっているだけだ。」と言い放った。この発言や給水を停止する行為は、Aさんを水を買う一消費者としてしか考えず、ひとりの人間として生活していることに対する想像力をまったく欠いている。

 私たちは、こうしたやり取りを受け、生活に困窮し水道料金を滞納しても直ちに給水を停止しないことや、厚生労働省から要請されている福祉部局との連携 を要求するため、水道局に対して申し入れを行った。そして、この事例と要求についてSNS等で発信をし、命を軽んじる水道局の運営や対応について社会に問題提起をした。ところが、共感が広がるのではなく、予想に反して「お金を払わなければ使えないのは当然」「文句を言う前に働け」「光熱費の中で一番安い水道料金さえ払えないのか」のようなコメントが多数寄せられたのである。

「ライフラインか食料か」を迫られる貧困の実態

 しかしながら、2022年の4月以降、大きく状況が変わってくる。水道を含めたライフラインの滞納や停止の問題が、普遍的といえるような状況が拡がってきた。国際的な原材料価格の上昇や円安の影響で4月から急激に値上げが始まり、その影響を受け、フードバンク仙台には2022年度4月から9月までに延1556世帯(延3014人)の食料支援依頼が寄せられた。その中でも物価上昇やエネルギー価格高騰の影響で、食料を購入できないだけでなく、ライフラインを利用できない人が数多くいることが見えてきた。

延総世帯数 1556 世帯、複数回答

 食料支援依頼のあった相談者(延総世帯数1556世帯)の2~3割がライフラインの支払いの滞納をしており、いつ停止するかわからない不安を常に抱えながら生活をしている切迫した状況にあった(図表)。十分な食料が手に入らないだけではなく、水道へのアクセス、電気やガスなどエネルギーサービスの利用が困難な「ライフラインの貧困」と呼ばれる生存の危機的状況が広がっていることが伺える。私たちは、これらのライフラインの滞納や停止の相談の増加を受け、生きるために最低限必要であるライフラインが保障される社会を目指して、2022年9月に「ライフライン無償化プロジェクト」を立ち上げた。


払いたくても払えない!

 拡大するライフラインの貧困 の中で、困窮者はどのような生活を強いられているのだろうか。私たちは実態を把握するために、フードバンク仙台への相談者に聞き取り調査を行った。調査の中で明らかとなった「水光熱費を払いたくても払うことが出来ない」という実態を、事例とともに紹介したい。

⑴ 30代女性、子ども3人

事務の仕事をしているが、コロナ休業がきっかけで困窮し、現在でも月に1週間程はコロナの影響で休みにされている。ライフラインの支払いは月約4万円で、家賃やその他の生活費などを合わせると支出は10~11万円になり、収入の10万円を超えてしまう。物価上昇やエネルギー料金高騰で支出だけが増え、食費を節約し、昼間は暖房をなるべくつけないようにしている。

⑵ 30代女性、パートナー、子ども2人

パートナーは正社員で飲食業で働いている。給与は19万程だが月によって変動がありコロナ禍で仕事が減った。子どもがいるため、共働きをすることはできない。2年間、会社から借金をしてライフラインの支払いをしている。

⑶ 50代男性、パートナー、子ども2人

配送業の仕事をしていたが、コロナで減収した後失業。失業後は、アルバイトと職業訓練給付金を合わせて14万円、また社協の貸付を利用しなんとか生活していた。減収時からライフラインを滞納するようになり、停止することもあった。滞納分はなんとか払っているが、物価上昇が生活を一層圧迫し、代わりに食費を削るしかなく、フードバンク仙台の食料や、安いときに冷凍食品やカップラーメンを買ってしのいでいた。

 これらの事例からわかるように、ライフラインの貧困に陥っている人たちは仕事がないわけではない。働いているにもかかわらず、そもそも収入が低すぎること、それに加えて光熱費が高騰していることで、生存が脅かされているのだ。相談者全体で見ても、延べ世帯の45%が食料支援依頼時に「仕事がある」と答えている。現在何らかの形で働いているのにも関わらず、食料支援が必要な状況やライフラインを滞納する状況に陥っていることが、現在拡大している貧困の状況なのだ。
 
 相談者の多くが、コロナ禍での休業手当の未払いによる減収・解雇や低賃金の労働問題を抱えており、物価上昇前から低収入で生活が安定しない状態だった。他方、コロナ禍では国の貸付制度によって一時的に生活を保っていた面もある。(1)のシングルマザーは緊急小口資金と総合支援資金を総額120万円、⑶の男性は総額180万円を借りている。しかし、結果として生活が改善したわけではなく、フードバンク仙台の食料支援を利用するに至っている。また、価格高騰による負担増を踏まえ支給が決定された、低所得世帯に対する5万円の電力・ガス・食料品等価格高騰緊急支援給付金 を使っても、滞納分の支払いに充てることになり、今後の支払いの不安は全く払拭されないという相談もあった。
 
 このように、ライフラインの滞納・停止の問題を抱えているのは、一部の特殊な人ではない。もともと働いていたとしても低収入でかつ労働問題を抱えており、物価上昇に見合った賃金上昇も全く見込めない。そして、給付金や社協の貸付をすべて使い果たしても尚生活がなりゆかない人々だ。つまり、水光熱費を払いたくても「払えない」のである。

ライフラインを絶対にとめない

 これらの貧困拡大状況を受けて、私たちは2022年9月に「仙台市に対して、誰もが生きるために必要なライフラインの負担軽減・無償化を求めます!」という署名を立ち上げた。現在2600筆を超える署名が集まり、賛同のコメントも多数集まっている。また12月に始めた「ライフラインの負担に関するアンケート調査」にも、物価上昇による生活苦のエピソードやライフラインの支払いが困難であることを語る人が出てきている。 「ガス使用も真冬の台所で週1回37度のお湯で髪を洗う以外は使わない」「エアコンやストーブは使わず、お風呂は3日に1回にしている」「(水光熱費を優先して)治療薬を買うことを諦めた」などの切実な声が集まっている。

 これらの活動とともに、プロジェクトでは仙台市に対して、ライフラインを絶対に止めないこと、ライフラインの負担の軽減・無償化を求める活動も行ってきた。たとえば、即座にライフラインの供給停止をしないよう申し入れることや、ライフラインの供給に関する質問書の提出である。このような要求活動を行った成果として、実際にライフラインがとめられ、生存が脅かされる状況を回避することができた。


仙台市への申し入れの様子

 ガス局や水道局は、「結果として停止をすることはやむを得ないが、分納や延納などの柔軟な対応を取って停止に至らないよう努力はしている」と主張をしていた。しかしながら、ホームページにも分納や延納が可能だという記載はなく、フードバンク仙台の相談者の多くには周知されていなかった。ましてや、きっかけとなったAさんの水道再開栓の交渉時には、当初は分納の申し出を断られている。他にも、延納の申し出をしたにもかかわらず停止された、という相談もあるなど、実際には柔軟な対応はされておらず、機械的にライフラインが止められていた。

ライフラインが停止に至った方への調査・相談をする様子

 そこで、ライフラインの供給に関して水道局とガス局に質問をしたところ、「支払いが難しい人も、申し出があれば分納や延納などの措置で供給を継続する」ことを回答の中で明示させることができた。ある60代男性は、水道とガスの料金を長期間滞納し、分納や延納の案内もなく、停止する旨の勧告だけが来ていた。生活保護の審査期間中で収入もなく、停止に対して大きな不安を抱えていた中、フードバンク仙台へ相談に至った。食料支援時にこの回答を見せて、本人が延納の交渉をしたところと、無事ガスも水道も停止されないようにすることができたのである。

 地方公営企業は独立採算制で成り立っているため、料金を支払う人との公平性を理由に未納者に対して供給停止を行っている。だが私たちの取り組みの中で、現行の制度内でさえ供給停止措置をとる必要がないことが明らかとなった。多くの人はすぐに料金の支払いが難しくとも、停止に至らずに済むはずなのである。

一方的に決められる支払い猶予

 私たちの取り組みを通じて、本人からの申し出があれば水道の供給をすぐには止めない状況をつくり出せた一方、課題も見えてきている。

 ひとつは、本人からの申し出がないことを理由に、給水停止が可能になることである。何らかの理由で電話を使うことができない、精神疾患により申し出ができない状況にある人は、給水停止をされるリスクがある。実際、本人が申し出をしなかったために、水道を止められてしまったケースもあった。

 もうひとつは、本人が延納を申し出た場合でも、到底支払いができないような期限を約束させられることである。非正規雇用で働くBさんは、延納の申し出をしたが1~2週間というごく短い期間の支払い猶予しか認められなかった。2週間での生活改善は到底無理なことであるが、その期限を守れなければ給水停止を行うと脅されたようだったという。このように、本人からの申し出があったとしても、妥当ではない支払い期限を設定し、「約束を守っていない」状況が作り出され、給水停止が可能になってしまうのである。Bさんは、申し出を繰り返すことで水道を使うことができているが、こうした短期の支払猶予により水道が止められそうになった場合には、私たちは給水停止の現場で直接交渉し、水道を止めさせないようにすることを考えている。いかなる理由があろうと、支払いより人の命が軽んじられていいはずがない。だからこそ、現場でライフラインを止めさせない取り組みが今後も必要となるだろう。

生きるうえでの前提条件

 私たちは、このような実践を積み重ねていくことで、「ライフラインの恒久的な無償化」を実現したいと考えている。

 そもそもライフラインとは、健康と福祉を享受し、人間らしい生活を営む上で必要不可欠なものである。ライフラインを利用することができなければ、飲水の確保や調理ができなくなり、トイレなどの衛生管理が困難になってしまうだろう。さらに、寒さや暑さから身を守ることもできなくなってしまう 。たとえ家に住むことが出来ていたとしても、その暮らしは、安心した居住環境が確保されていないという意味で、「ホームレス」状態であるといえる。日本の厚生労働省の定義では、「ホームレス」とは、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」をいう。しかし、ヨーロッパのNGOの水準では、不良住環境の中で暮らす者、トイレや湯沸かしなどの基本設備のない家に住む者含む広い概念だ 。ライフラインを使えずに生活している人は、日本ではホームレスとはみなされないが、ヨーロッパ基準ではホームレスとなる。さらに、日本の家の断熱性能は非常に低く、ほとんどの都道府県の家がWHOの推奨する最低室内気温を下回っており、健康被害が出るほど寒い 。このような寒い造りの家の中で、ガスや電気が使えなかったり、支払いを気にして過度な節約を行えば、生死の問題に直結してしまう。メディアは「家計でやりくり」や「節約」を煽っているが、貧困層にとってこれ以上支出を削ることは 「人間として最低限の生活を諦めろ」をいうことと同義なのである。

 海外では、無償化を実現しているケースもある。実際、アイルランドでは水道運営を税金で賄っており、市民は無償で水を利用することができる 。水道料金を一般家庭から徴収することが企図された際には、市民の激しい反対運動が巻き起こった。水をお金で買う商品として扱うと、人権が損なわれる可能性が高まるからだ。水を含めたライフラインの無償化は、決して実現不可能な話ではない。しかし、日本で実現に至るには、まず社会の中でライフライン=権利であることが共有される必要があるだろう。そのために、ライフラインの支払いの困難や、物価高による生活苦という共通の経験を可視化し、ともに不満や怒りを表明する場を構築していくことが重要だ。

「ライフラインも食料も」保障される社会を目指して

 ライフライン無償化プロジェクトでは引き続き仙台市への要求活動を行ない、誰もがガスや水道を使えるよう求めていく。他方で、「ライフラインか食料か」を迫られている現在、困窮している人々は同時に、量も質も担保された食事が出来ない=「飢餓」にも直面している。

 たとえば、あるシングルマザーは、物価高騰で米も買えず、食べ盛りの子どもには安いパンを食べさせざるを得ない状況で、本人は1日1食でしのいでいるそうだ。他にも、1日1食にしてパックごはんとふりかけだけにしていた人や、食費を2/3におさえ量を減らさないために炭水化物・カロリーの多いものを増やしている人もいた。このように、十分な食事ができないような貧困が拡大している中でさえ、仙台市は、現時点で物価上昇に対応する予定はない。国のエネルギー価格高騰の緩和策も企業を通じた間接的なものであり、対象世帯も限定的である。家計ではなく、大企業の経済活動上の負担軽減が主目的になっており、まったくもって十分ではない。 生存権を守るためには寄付で集めた食品の分配や行政への政策要求に加えて、私たち自ら食料を生産して配ることも必要になってきている。
 
 そこで私たちは、食料を生産し、仙台で飢える人が出ないようにするために農地運営を始めることにした。フードバンク仙台で届けられる食品だけでは量としても足りず、また多くがレトルト食品であり、健康的な食事とは言い難い。若者や地域の人たちが生存を守るために集まり、なるべく農薬を使用しない安全な食料を作って配る。これがまさに今、生存の危機に対する共通の経験や思いを大きな力に変える、新たな実践になるだろう。

おわりに

 「エネルギーか食料か」を迫られる貧困状況は、仙台の冬にかぎった問題ではない。大手電力会社は2023年4月からの値上げを申請し、食料品の値上げも続いている。2022年の年末に池袋で行われた炊き出しには長蛇の列ができる など、物価高騰やそれに対する無策により、低所得層の暮らしの危機は全国的に深刻になっている。

 本稿で見てきたように、日本でライフラインを保障することは権利として確立しておらず、それは食料や住居に関しても同様である。だからといって「ライフラインは権利だ」と叫びさえすれば、権利を勝ち取れるわけでもない。だが、「最低水準以下の生活を送る人がいてはならない」と思う仲間が結集し実践を積み重ねることで、生きる権利として確立されていくはずだ。お金がなければ食料を得ることもできず、ライフラインも使うことができない。そんな生存が守られない社会を変えていくために、私たちのプロジェクトの取り組みを、仙台だけでなく全国にも広げていきたい。


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