見出し画像

WetとDryのはざまで - 小川 知香子(Genedata AG)

はじめまして。ジーンデータの小川知香子と申します。

私はアメリカとスイスの製薬会社で10年程、創薬の現場に関わってきました。プロジェクトマネージメントにも携わり、その後、経営者視線でのビジネスも学びました。

現在はScientific Business Consultantとして、「ヨーロッパにおけるライフサイエンスのハブ」ともいわれるスイス・バーゼルにあるジーンデータ本社から日本のマーケットを担当しています。

noteでは、Wetの現場に寄り添った視点からジーンデータのポテンシャルをご紹介できたら嬉しいです。


はじめに伝えたいこと

「安全で効果的な薬を患者様により迅速に届けること」
創薬のゴールはこの一点に集約されていると私は考えます。

そして、その創薬プロセスには効率化と品質および安全性向上を実現する具体的な手段が必要となります。その手段の一つが、これからお話する創薬研究開発におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)です。

1. デジタル化とDXの幻想

デジタル技術を活用した業務の効率化や生産性の向上、およびコスト削減につなげる取り組み、いわゆるデジタル化はこの20~30年で急速に進歩しました。創薬プロセスには、ターゲット分子やリード化合物の探索および最適化、様々なバイオアッセイ、前臨床試験、臨床試験といくつものステージがあります。

現在、日本の創薬力が非常に強い従来の低分子医薬品に加えて、中分子、抗体医療、核酸医薬、細胞医療、遺伝子治療といった多様なモダリティが登場してきました。そのために、これまでアプローチできなかった希少疾患や難病に対する医薬品の開発も可能になりつつあります。

新しいモダリティにおいては、候補医薬品のサイズとその構造の複雑さのために、各ステージにおいて求められるデータ量、種類が増大し続けています。

そういったデータをより効率的に集めて解析・管理するために、個々のプロジェクトやステージにデジタルツールを適時導入する製薬会社は数多くあります。これを読んでいる皆さんの中にも、今まさに最新の機器を入れようとしている方がいるかもしれません。

しかし、新しいアプリケーションやシステムを導入したところで、それはDXを実行したことにはなりません。重要なのは、各プロジェクトや各ステージを跨いでシステムをシームレスにつなぎ、これまでできなかったことを可能にしていくことです。そして、そのためには創薬研究開発のDXが不可欠になります。

2. あなたは自社にどのようなDXビジョンをもっていますか?

モダリティの多様化とほぼ同時進行でDXを推進することは、製薬会社の企業文化的な変化、そして質的な変化を求められます。

創薬研究開発のDXは、例えるならば、蝶が卵から成虫まで変態するかのように、製薬会社というボディの劇的な変容過程なのかもしれません。その規模で会社の構造がガラリと変われば、研究者やIT担当者の思考プロセスも変わらざるを得ないでしょう。

従って、DXを円滑に進めるには、経営者およびマネージメント層がDXに対してどのように考え、自社をどうしたいのか、予め明確に、各担当者レベルに落とし込んで示していく必要があります。

何を目標にし、そのためにDXで何がしたいのか。
目標のないところに戦略はたてられません。

「御社はどんなDXのビジョンをお持ちですか?」という問いに対し、即答できるマネージャーはそう多くありません。

そして、何を目指すかというビジョンを明確に示した上で、現場の担当者とコミュニケーションを取ることが必要です。イメージのずれがあれば、丁寧に説明することがマネージメント層の大事な仕事になるでしょう。何よりも、組織全体で同じ目的に向かっている、と現場の個人レベルで意識できるかどうかがDXの成否をわける非常に重要なポイントになると言えます。

つまるところ、志を共にしないところには何も育たないのです。

3. なかなか進まない創薬研究現場のDX:幻想から構想へ

創薬研究の現場では、依然として、エクセルファイルをコピー&ペーストしたり、USBにデータ保存したり、といった手作業が数多く残っています。DXを推進するためには、既存の方法を大幅にアップデートしなければなりません。そのためには、業務改革に対する担当者レベルでの意識の底上げが必須です。

そうは言うものの、アナログ業務に慣れている方もいれば、匠の技を誇る職人気質の方もいます。新しい業務方法に適応しないといけないということに、ストレスを感じるかもしれません。しかし、全てのデータは会社に帰属するものであり、それらはシェアされる形で残していく必要があります。また、業務の属人化を防ぎ、経験知を明示化して技術や知見の継承をしていく、という観点においても、DXは重要な役割を果たすと考えられます。

意識改革のためには、やりたいことを明確にした上で、現場の組織やチームに合う適切なシステムの導入を、先ずは小スケールあるいは試験的に行うことを推奨します。合わないシステムをいきなり大規模に導入すると、邪魔なだけでかえって生産性を下げ、やっぱりエクセルでいいや、とアナログに逆戻りするかもしれません。それがトラウマとなり、その後のDXの取り組みの障害になることもあり得ます。

組織に合ったツールを選び、個人レベルで新しい取り組みのメリットを認識してもらうことが大事です。そして、何よりもアナログ作業から開放されることにで、本来行うべきクリエイティブな業務に時間を使えるようになることを、一人ひとりが実感できるようになるのが理想的だと考えます。

4. 人がいない!

DXに取り組むには、まずは創薬プロセスの分かる人材とデータサイエンスの分かる人材の両方が必要です。しかし、両方を橋渡しできる人材はまだまだ少なく、本来の業務の傍ら、システム構築に駆り出されるケースもよく見受けられます。

また、IT部門が自社システムをデザインし、個々の部署のアプリケーションを自ら開発する会社も増えています。DXはシステムを構築して終わりではなく、全てのアプリケーションを定期的にアップグレード、またメンテナンスしていかなければなりません。各社が独自のシステムを開発管理し続けるために、多くのリソースからの継続的なコミットメントを要することはたやすく想像できます。これは簡単なことではありません。

一方で、外部のパートナーと協働する場合、システム開発や導入の支援、技術の提供、運用および管理サポートなどのサービスを受けられることが期待できます。従って、外部パートナーを適切に活用して自社の負担を減らすのも戦略の一つです。

5. FAIRデータに基づく創薬DX

DXを進める際には、データ活用が重要な役割を果たします。データ活用とは、収集したデータを解析し、意思決定や業務改善に活用することです。⾼度に専⾨化された創薬開発では、社内の各部署、あるいは各研究開発拠点において⽣成されたデータは、サイロ化されたままになっていることがよくあります。

その状態では、あるアッセイを昔やっていたのに、そのデータが有ることを知らずに、別のチームがまた同じことを始めてしまった、などということになりかねません。

こういったデータのサイロ化は、創薬の成功率を⾼めるために、製薬会社にとって改善すべき⼤きな課題です。

分散しているデータは、まず効果的に統合される必要があります。データサイロを解体することで、企業は全てのデータに関する組織的な記憶脳を構築し、データに基づいた意思決定を⾏うことができます。創薬の場合、これは早期のGo/No Goの決定を促すことを意味し、これにより医薬品の開発期間が短縮され、コストのかかる後期段階での失敗を減らすことが期待できます。

現場のある研究者が特定の疑問を抱いたとしましょう。それに対する答えを求め、必要な関連データを簡単に見つけて瞬時にアクセスできれば、その人は新しい見識を素早く得ることができるでしょう。スピードは現場の研究者のインスピレーションを刺激します。

また、研究者がこの見識を、シームレスに連携されている保存・処理・解析用のアプリケーションで統合されたデータセットに基づいて得られるならば、さらにその価値が高まります。研究者がデータを俯瞰できるからです。

通常、研究開発データは、社内データベース、外部のコラボレーション、公開リポジトリなど、様々なソースから生成されます。このデータの力を最大限に活用するために、科学データの管理に関する FAIR原則 の指針を実装することが重要です。データを FAIR(Findable, Accessible, Interoperable, Reusable)にすることで、データ資産の価値がさらに高まり、AI創薬を目指したアルゴリズムを構築するための良質なソースになります。

データ FAIR 化の最終的な目標は、最大限にデータを利活用することです。これを実現するには、膨大な量のデータを一元化し、組織のどこかで埋もれている断片的なデータを発掘して、結果を吸い上げられるよう、End-to-Endで拡張可能な新しいデータ管理アプローチが必要です。

最後に

「安全で効果的な薬を患者様により迅速に届けること」
ここに繋がる1つ1つのデータポイントこそが資産であり、未来の創薬への投資そのものなのです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブログシリーズのはじめに伝えたいこととして、私の海外での製薬企業における経験を通して見えてきた、日本ならではのDXの課題について語らせていただきました。

次回の記事からは、課題解決へ向けて、ジーンデータが提供するソリューションと、そこに込められたビジョンについて紹介いたします。

ぜひお楽しみに! 小川 知香子


◎ジーンデータ日本オフィス◎
https://www.genedata.com/jp/
お問い合わせは japan(at)genedata.com まで