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ずいぶんと遅い時間まで、夜の街を彷徨いていた。迷っていたわけではない。ただ単にそうしたかっただけだ。朝の散歩が趣味だという人もいれば、夜に家に帰らないというのが趣味だという者がいても、何もおかしくはない。いや、冗談だ。何かと屁理屈をつけて家に帰らないことを正当化したいだけだ。夜の時間に外をうろつくのが好きなのは本当だ。大手証券会社で日がな頭脳労働をさせられていると、1日の頭の整理をして、積み下ろしをするのが大切なのだ。仕事上、あらゆる選択肢を取り決断するのにとんでもない精神的なエネルギーを消費する。だが仕事だけではなく、だが個人的にもちろん違う論点も存在する。家にいる妻の存在だ。

妻、奥さん、カミさん、嫁、配偶者、パートナー、いろんな呼び方が存在しているが、(戸籍上)俺には一人しかいない(ことになっている)。俺が家に寄り付きたくない理由は妻の存在にあることは間違いない。それというのも、妻と最近、会話が噛み合わなくなってきているのだ。長く続けた小さい輸入会社の経理の仕事を辞めて、専業主婦になりたいと言い出した。自分は別に止めなかったし、妻一人くらい食わしてくことなど、俺の年収であれば到底苦はないと思っていた。

だが、そこに思わぬ罠が待ち受けていた。妻が家にいる日が経つにつれ、明らかに妻の考え方の視野が狭まっているのだ。なぜだろう、うまく表現できないのだが、妻は意識しているのか無意識的になのかわからないが、俺に差し出す選択肢を明らかに削っている。
「このパンツが似合うと思うのよ、スマートだし、あなたの職場での評判も間違いなく上がるわ」
「そうかい、俺はこういうチノパンはあまり履かないのだけど」
「このパンツでないと、たぶんあなたの良さが半減してしまうわ。ね、だからこのパンツにしましょう」
いつの間にか、根拠も何も明確にせずそのパンツを履くか履かないかだけの選択肢を僕に突きつけてきた。もちろん俺にはそのパンツを履かずとも、職場での評判を上げる方法があるに違いない。だが、妻はその選択肢を自分の野の外に追いやっている、なんの悪気もなく無邪気に。
「明日はカレーにしないと、たぶん次の週からあなた全然元気出ないわよ」
「お義母さんの病院なんだけど、かかりつけのお医者さんなんかじゃなくて、隣町の別の総合病院にしないと、どんどん症状が悪くなってしまうと思うの」

妻はなぜか、目の前に二社択一の選択肢を俺に差し出して、それを選ばないとそれを選ばないことに伴う不利益というものを殊更に強調するようになった。そもそも俺はなぜそこから選ばなければならないのか、それ以外の選択肢を取ることによって見込めるルートはないのか、全くのなんの説明はない。生きるべきか、死ぬべきか。まるで人生で行き詰まって明らかに不合理な選択をし続けている人のようになっている。

おかしい、妻はもっと視野は広くて俺がまったく気づかないいわゆるオルタナティブな選択肢というものを啓蒙してくれるような、そんな智慧の明るい女性であったはずだ。全きそれはすべて俺の幻想だったのだろうか、それとも彼女をそうさせたのは自分なのか。わからない、俺が原因だとしても心当たりがない。そして、俺は今、家に帰ってこれからも妻の差し出す選択肢から選び続けるか、それとも家に帰らずもっと違う選択肢を求めるべきか、究極の選択を迫られている。

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