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「お姉さん、仕事変わったんだって」
「うん。学校の補助教員のパートしてたんだけどね。先月辞めて、今は学童保育の指導員ってのをやってるんだって」
彼女はアイスカフェラテをストローでかき混ぜながら、呟いた。いろんな感情がないまぜになってるような気がした。
「そうなんだ、大変だったね」
「いや、そうでもなくて、今の方が楽みたいよ、手のかかる変な子とかあんまりいないからって」
「そうなんだ」
「学童保育に来る子ってのは親が共働きなのが当たり前だから、ちゃんとわかっててわがまま言わないんだって」
枝毛を気にしている彼女の動作は、いかにも他人事って感じだった。
「わがまま言わないって、そういうものなのかな」
「たぶん、親と一緒にいたいだろうに、でも世の中、自分の思い通りにならないんだなって子どもながらに、わかっちゃうのかな。冷めちゃってるっていうか。だから、わがままも言わないの。私も鍵っ子だから、わかるわー」
でも、鍵っ子っていうのもう死語かもね、って彼女が笑った。専業主婦なんて望むような世の中じゃないし、子どもたちもすでにそれをわかっているのよね、そんなことを言いたげだった。なんとなくひきつったような、彼女の笑い顔が気になった。
世の中そんなもんだからって、そう言いたいんだろうと、彼女に言おうとしてやめた。そんな話をするためにここに二人でいるんじゃない、もっと二人の明るい将来でも語り合いたいのなか、自然と話が暗い方向に影が差しがちなのはなぜだろう。
申し合わせたわけではないけど、結婚した後は将来的には子供を作るんだろうと、二人とも漠然と思っているには違いない。でもきちんと確かめたことはない。本当に漠然と、子どもがいるのが自然なんだろうなと思っているだけ。それがどんなにリアルなことかは、二人とも判然としていない。
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