1075_ご両親への挨拶
週末、海外への友人へのお土産を用意する目的で買い物に出かけていた。コロナになる前に、昔よく来ていた表参道のカフェに通りかかったので、久しぶりに入ろうかという話になった。
そのカフェは、店の中庭部分にあるテラス席の周りには水が張ってあって、優雅な雰囲気だ。外国人受けするのか、その日もデザイナー然したようなオシャレな白人のゲイのカップルが座っていた。
その向かいの席が空いていたが、テーブルの上に「Reseved」の札が掲げられている。誰かがやってくるのだろうか。仕方ないので、空いてる席に座り、妻と僕は喉が渇いたから何か頼もうとして店員を呼ぶと、クラフトビールが900円だった。
「仕方ないね、クラフトビールなら」
「物価高もあるからだけど、クラフトビールなら、許されると思ってるのかしら」
「たぶん、クラフト税でも国に払わないといけないんだろう」
渋々、注文してしばらく待っていると、向かいの席に年配の夫婦とその娘と思われる3人がやってきた。
母親は背筋がピンとして上下ホワイトのスーツで固めており、やり手の女性政治家のような只者ではない雰囲気。父親は黒の仕立ての良いスーツの上下だが、いかにも優しそうな佇まいをしている。
その娘は山吹色の鮮やかな春めいたワンピースに、オシャレな丸眼鏡をかけていて、優雅な立ち姿は表参道の雰囲気にもマッチしている。娘は席に荷物を置くと、携帯を片手に店の外に慌ただしくそそくさと出ていった。
残された両親はメニューを眺めながら、落ち着かなそうな様子で娘が戻るのを待っているようだ。
「なんだろうね、あの親子。ていうか、あの母親、ちょっと雰囲気ありすぎでしょ」
「白の上下は、ちょっと攻めすぎよね」
「親戚の結婚式の帰りとか?」
「人の結婚式に出るのに、白とか着てかないでしょ、普通」
「わかった、母親がオーナー企業やってる経営者会議とかに出るために、関西とかから上京してきたんだよ。旦那はそこの重役ってとこだな。それで、東京にいる娘の様子を見にきたと」
「なるほど、いい線いってるね。じゃあ、娘が両親を残して慌てて出て行ったのは…」
「つまり、待ち合わせて、両親に会わせたい人がいるんじゃない?この機会に」
10分ほどして、娘と一緒に、黒縁メガネに清潔感のあるストライプのシャツを着てトートバッグを抱えた若者が店に入ってきた。彼は不安そうな顔をして、我々の隣を横切っていった。
どう見ても育ちが良さそうだが、誠実で素朴な雰囲気が伝わってくる。そのとき、彼氏に話しかける娘のこんな言葉が耳に入ってきた。
「もう、私だって緊張してるんだからね」
「う、うん」
娘と彼氏の姿を確認した夫婦が、さっと席の椅子から立ち上がって、若い二人を出迎える。緊張してぎこちない様子で頭を下げ、自己紹介する彼氏。後ろ手にいかにも恐る恐ると言った表情の娘。父親の表情は穏やかだが、母親は真っ直ぐな視線で彼氏を見やっている。
「ビンゴ。ご両親への挨拶だね」
「私たちにも、あんな時があったよね」
「君の実家に行った時は僕はちゃんとスーツ着てきたけどね。でもさすが、お母さんが白のスーツ上下の女社長だと、さすがに腰が引けちゃうよ。彼氏に同情するね」
「そうねー。がんばれ、彼氏」
我々はクラフトビールに燻されたナッツをつまみながら、この親子の様子をしばらく見守ることにする。爽やかな風が吹く、初夏のはじまりだった。
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