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026_DJ 光光光『PLANETARY NATUAL LOVE GUS WEBBIN' 199999』

あ、これ、もしかして。

SNSで昔の自分の投稿を見返すことなんて、ほとんどないけど、最近は「○年前のあなたはこんなことをしてました」とかいきなりメッセージが出てきて、昔の投稿をポップアップさせてくる。見ていて懐かしいものばかりだが、ふと目に止まったものがあった。

リンクが貼ってある。やっぱり、学生時代に昔書いていた自分のブログだ。自分でもその存在を忘れていた。

日付は2005年10月と書いてある。もう17年前ってことか…。とんでもない時間の経過だ。デジタルな世の中にあって、瞬間、こうやってタイムカプセルのように自分の軌跡を見つけてしまうことがある。知らぬ間にリンクを踏んで読み進めている自分がいる。

タイトル:音楽に感謝

先日、行ってきた三重の野外レイブイベントは、自分にとって忘れられないイベントになった。大抵いつもめぼしいイベントには無謀にも一人で参加することが多い。大体基本的にいつも100%音楽目当てで行っている。そのときも僕は寝袋一つ持って会場をさがして、山道をトボトボと歩いていたんだが、幸運にも同じイベント参加者の人に車で拾われ無事会場に到着することができた。
その日会ったばかりの(胡散臭い格好をした)僕にテントを使わせてもらったり大変よくしてくれて、本当にありがたかった。でも、僕はふとこんな自分を不思議に思う。僕はそんなに積極的で社交的なほうじゃないし、人見知りもよくする。なぜ僕はこの日会ったばかりの人たちとこんなにも違和感もなく楽しく過ごせるのだろう、と。ですが最高の音楽に身をゆだねるうちに、そんな考えはすぐに吹き飛んでいきました。野外レイブに参加したことのある人はわかると思うが、レイブの会場にはまるで音の魔法でもかかったかのように一種独特の開放的で自由な雰囲気が漂っている。

そこには現実社会の悩みも束縛もありません。みなが音の波の前に丸裸にされてしまい、自分なり方法で音を楽しんでいます。ある人は音に身を任せて踊り狂い、ある人は目を閉じて空を仰ぎ、ある人は座り込んで周りの人たちを観察したりしている。別に音楽を楽しむだけじゃなくて、その空間を楽しんでいる人たちもたくさんいる。この人たちはただ「音」でつながっているだけでいて、尊重しあい何のしがらみもない。いや、この場にしがらみを持たせるようなこと自体を無粋に感じているのだ。皆の顔から笑顔の消える時は無く、ただゆったりみなで語り合いこの至福のひとときをかみしめている。
やがて夜がしらみ朝が来る。野外レイブでは朝は祭りの終わりではなく、リセットそして新たなリスタートみたいな意味合いを僕は感じている。屋内には無いこの自然の心地良さが野外の良さだ。人間はやっぱり自然を常に求めているんだなとこんなときに感じる。ふと帰りの電車から差し込む夕陽の光であったり、海でダイビングした後にのどを潤しながら眺める海の情景であったり、そしてこの自然に囲まれた山間で見るこの朝日。この美しい光景を見る僕の耳には美しい音が鳴っている。これ以上幸せな時間はない。
踊っている間もいろいろな幸せな瞬間があった。まだ年端もいかない子が親に連れられ笑顔で踊っていたり、知らない人にペットボトルに入ったビールを勧められたり(ぬるくても最高にうまかった)
踊り狂って勢いあまり転んでスピーカーにしたたか腰を打ち付けてしまった僕に、笑顔で手をさしのべてくれた人だったり(僕も照れ笑いした)
こんなにもあたたかく自由な雰囲気で音を味わったのも今までにないかもしれない。最近、あまりにも素晴らしい音の瞬間を感じたとき、「感動」よりもむしろ「感謝」という感情が芽生える。この素晴らしい音に感謝、こんな音を作ってくれたアーティストに感謝、そして今、こうして音を楽しめている、自分をつくってくれた周りに感謝。音楽を知れば知るほど、探れば探るほど、聴けば聴くほど、成長していくにつれてこうべをたれる稲穂のように、音楽に対しての謙虚な姿勢と深い感謝が芽生えてきた。それは全ての音に然りで、今までバカにしていた音やアーティストに対しても、深い尊敬と感謝の心が湧き上がってくる。
さて、この時にボアダムスのDJ EYEのプレイを堪能したのですが、本当に踊り狂わされて最高だった。トライバルから始まってディスコポップ、ソウルにロックにと、幅広い音のファッションショーを見せられたかのようなプレイ。今までも何度か見てきたけど、今回はシチュエーションもあってか、彼の底知れないパワーを感じるものだった。彼のプレイは僕のような音楽ジャンキーのバイブルといったかんじで絢爛絵巻のような音の博覧会のよう。いろいろなジャンルをまたがっていて、ホントに実験的でメチャクチャのようでいて、まとまっている。最初に聞いたときは衝撃ばかりが先をいって、暴力的で支離滅裂した混沌とした音の塊という印象でしたが、聴いていくうちに彼の音に対する愛のようなものを感じる。それはまさに僕の音に対する感謝のようなものでしょう。

読み終えて思わず感慨に耽る自分がいる。昔みたいにレイブなんかまるで行ってない。最後に行ったのはいつだろう。この時は確か、2005年とあるから、地元の信用金庫に内定をもらって、最後の学生生活を謳歌していた時だ。この時は、まだ幸せだっただな。文面に能天気ぶりが溢れている。その後、どういった人生を歩むことになるかも知らずに。

就職後、俺は入庫した支店の直属の上司に執拗にパワハラを受けて、俺は心身ともにすっかり疲弊して体調を崩し、自律神経失調症と診断された。夜も動悸が激しくなって眠れず、起きている間も微熱がずっと続いて、時折悪寒がする。何か食べるたびにひどいインスリンショックを受けたように血糖値が上下し、常にぼんやりとした意識に苛めれた。もうすっかり体は蝕まれて、もう昔のようにダイビングやレイブに行っていた活動的な自分になど戻れない。

休職期間を経て、結局2年でその後信用金庫はやめた。そこから心療内科に通院しながら、俺は今日の今日までいろんな仕事を経験して食い繋いできた。ラブホの作業員とか、風俗のキャッチとかデリヘルの運転手だとか、もう大卒のプライドとかクソもへったくれもない。同級生は皆結婚して、子供をもうけたり、自分の家など建てている。俺だけ時が止まっている。俺の周りはクソみたいな仕事にクソみたいな連中。ヘドが出るのを通り越して、もう何も出てこない。

音楽に感謝?体を壊してから、まともに音楽など聴いていないし、聴こうとも思えない。リンクに貼ってあった音楽も、もうすでにただの雑音にしか聞こえないのだ。音楽を聴きながら、観客と笑い合って踊っていた時代が俺にあったのだ。なんでだ、いつからこんな風になってしまったんだろう。

俺はもう決して戻らないことがあることに胸が締めつけられて、思わず咽び泣くように涙がこぼれた。
味わいたい、あの感謝と喜びの瞬間を、もう一度だけ。


https://www.amazon.co.jp/Planetary-Natural-LoveGas-Webbin’199999-DJ光光光/dp/B00001ZTI2/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=DJ+光光光&qid=1619837416&s=dmusic&sr=1-1-catcorr


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