ニケ… 翼ある少女 : 第14話「北条 智… 誤算と新たなる野望」
「どういう事なんだ、これは… 一体何でこんな… クソッ!」
自分の執務机を思いっきり蹴とばす北条 智…
ここは内閣情報調査室の特務零課の課長室… 北条 智の執務室だ。この男にしては珍しく荒れているようだ。北条は内線電話をコールした。
「私だ… 鳳を私の部屋に来させろ… すぐにだ!」
数分後、ドアのノックの音がした。すぐに北条が返事をする。
「入りたまえ!」
「失礼します、課長。お呼びでしょうか?」
「ああ、鳳… 大変なことになった… 上層部から『作戦ニケ』の中止を指示してきた。かなり上の方からの指示の様だ。この措置に逆らえば間違いなく、私は特務零課の課長ではいられなくなるだろう…」
これを聞いた鳳 成治の表情に、わずかに安堵の色が浮かんだ。これを北条が見逃すはずもなかった。
「どうした、鳳… お前は悔しくないのか? せっかく、ニケを追いつめたのにここまで来て作戦を中止だと言うんだぞ… お前は何か安堵しているんじゃないのか? 私にはそんな風に見えるんだがな…」
北条が椅子から立ち上がって鳳を問い詰める。鳳が重い口を開けて答えた。
「北条課長… 私は安堵してなどいません。私も今回の『作戦ニケ』の中止命令は不本意です。BERS特殊潜入部隊にも一名犠牲者が出ましたし、到底納得のいかない命令です。」
鳳の即答に北条は少し溜飲を下げ、椅子に座り直した。
「そうだろう。私も全く納得がいかない。どこから圧力がかかったのか…私は、今までのニケに関する情報のデータアクセス権限を剥奪されてしまった。そこまでの圧力を上層部に対してかける事が出来る人物とはいったい何者なんだ…?」
「私にも、さっぱり…分かりません。」
鳳が北条の独り言に近いつぶやきに対して答えた。
「あの老人… あのジジイの仕業ではないだろうか…? 鳳、あのジジイの素性はどこまで判明していたんだ?」
「はっ、報告ではあの老人は陰陽師の安倍賢生という人物だとの事です。ニケこと榊原くみの父方の祖父です。その方面においては、安倍賢生といえば稀代の大陰陽師であるとか… かの伝説の大陰陽師の安倍晴明に匹敵するほどの人物であるという事です。」
鳳がプリントアウトされた報告書を見ながら北条に答えた。
「ふうむ… 大陰陽師の安倍賢生…か。やはり手を回したのは十中八九ヤツで間違いないだろう。権力者をここまで動かすことが出来るとは…誤算だったな。敵に回したら恐ろしいジジイだな… まあ、もう手遅れだが。」
北条は机に両肘をつき、両手で鼻と口を押えるようにして考え込んだ。
「課長、今後どうなさるお積りですか? このまま『作戦ニケ』を続けることは不可能かと思われますが…」
「そうだな… ここらが潮時かもしれん…」
「はっ? 今なんと…?」
「この国の官僚としては、ここまでが限界だろうと言ってるんだ。『作戦ニケ』をこのまま続けることは確かに不可能となった。だが私自身は手を引くつもりは毛頭ない。となれば… 辞めるしか他はないだろう。違うか?」
北条が鳳 を見つめて質問する。
「確かにその通りです… それでは、課長はキャリアを捨ててしまうお積りなのですか?」
鳳の問いに北条は、
「ああ… もうウンザリだよ。こんな限界だらけの国家公務員はな。私は辞めるよ… 前から考えていた事だ。」
「それでは課長、その後はどうされるのですか?」
「ふむ、いくら私でも今後の当てもないのに失業者になるつもりはない。確実と言っていい当てはあるんだ。じつはな、鳳… 私はヘッドハンティングされているんだよ。」
「ヘッドハンティング…? 四菱重工ですか?」
「いや、確かに四菱からも誘いはあった… だが『作戦ニケ』に関しては、いくら四菱が日本の軍需産業のトップだとしても、日本の大企業の一つであることは変わらない事実なのだから、まさか国と事を構える訳にはいかんだろうな。」
「それでは、日本ではなく…」
「そうだ、ありがたい事にアメリカの情報機関からお誘いが掛かっているんだよ、この北条 智に対してな。どうだ、鳳… お前は私の右腕だ。私と一緒に向こうへ行かないか… ん?」
「はあ… あまりに突然の話なので、少し…考えさせてもらえませんか…?」
「ふん、まあいいだろう。だが、お前も私と同じで日本の窮屈な宮仕えは向いてないぞ。よく考えて返事をくれ。」
「はい、なるべく早いうちに返答させて頂きます。」
鳳が一礼して北条の執務室を出て行った。
「ふむ… 何かおかしいな…鳳のやつ。まあいい、あいつは有能だから捨てるには惜しい。向こうへ連れて行きたいところだが…いざとなったら、切り捨てるのもやむを得んか。」
北条は腕組みをして足を組み替えた。
「それにしても、大陰陽師の安倍賢生か、あのジジイにそれほどの力があったとは…見くびりすぎていたな。
とにかく、今までの『作戦ニケ』で得たニケに関する情報と、BERSの運用で得たノウハウはアメリカさんへの土産に是非とも必要だ。何としてでも、内閣情報調査室のデータベースにハッキングして、これまでに集めた『作戦ニケ』の情報を全て持ち出さなくてはな。こうなったら、自分で何とかするしかないか… 骨が折れそうだが今後アメリカでやっていく自分の身の保証を立てるために、やるだけの価値はある。
とにかく、現時点であれだけの政治的圧力が私の特務零課に加えられたという事は逆に言うと、我々のニケに対する追及が他の誰よりも先んじていたという事の表れと言える。これはマイナス面ばかりではないぞ。ニケの情報に関しては、うちが一番精通していた訳だ。この情報はアメリカがかなりの高い値段で買ってくれるだろう。」
北条の顔にいつもの不敵な表情が戻ってきた。彼らしい負けず嫌いな性格が垣間見える。
「BERS特殊潜入部隊の橘三尉にも声をかけてみよう… あいつはまだ役に立つ。それにヤツは個人的にもニケに対して恨みがあるだろうしな… ニケの戦闘データももっと欲しい。橘にニケのデータ収集と可能ならば捕獲をさせてみるか。キャリア官僚を辞める身だから何の気兼ねも無く、思いっきり好きなように行動出来るぞ。さよなら公務員というところで、パーッと派手にやらかしてみるか。一度後先考えない行動をやってみたかったんだ。
待ってろよ、ニケ… キャリア官僚の縛りから解き放たれる北条 智の恐ろしさを味わってみるがいい。」
北条は自分の携帯電話を取り出し、何者かに電話をかけた。内線電話を使うつもりは無いらしい。
「私だよ、橘三尉… そうだ、『作戦ニケ』は中止となった。私も同じだよ… うん、そこで君に提案があるんだが… 君はBERS特殊潜入部隊を率いて私についてくる気はないか? ああ、そうだ…私は日本を捨てるよ… アメリカに渡るつもりだ… 君にも一緒に来てもらいたいんだ… その前に君達にやってもらいたい事がある。ああ、その通りだ… ニケを追いつめて可能ならば確保する… これは君達にしか不可能だろう… 無理にやれとは言わんがね、こうでもしなければ君達は二度とニケとは戦闘出来ないだろうな… ああ… 私について来るならばね… 思う存分、ニケとやり合わせてやるさ… このままじゃ君達のメンツが立たんだろう… よし、それでいい… 追って、また連絡する… それまで待て… 以上だ」
電話を切った北条は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてつぶやく。
「これでいい… まずはBERS特殊潜入部隊どもをニケにけしかけて、向こうのデータを収集させる。それから、お前を捕まえてやる。待っていろ…ニケ。ふふふふ… 今から『作戦ニケⅡ』のスタートだ。」
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『次回予告』
朝の通学途中、榊原くみと親友の少女を襲う謎の男達…
卑劣なやり口の男達にくみの怒りが燃え上がる。
果たしてニケは…?
次回ニケ 第15話「くみの怒り… BERSとの対峙」
にご期待下さい。