ニケ… 翼ある少女:第33話「それぞれの思い… ニケよ、流星となってSLBMを追え!」
飛び立ったニケは背中に広げた銀の翼を鋭角に固定したまま、自身の飛行速度を瞬時に加速して超音速飛行で追跡態勢に入った。
そして、先に上空へ向かって飛び立ったSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を追尾するために速度をどんどん上げて上昇していく。
原潜『クラーケン』の発射したSLBMはトライデント級のD-5型(UGM-133 Trident-II)と呼ばれる固体三段式ミサイルである。
射出されたSLBMは、ミサイルの丸い先端からエアロスパイクという風切りが伸びることで空気抵抗を大幅に減らして飛行する。そして、やがて燃え尽きた1段目ロケットを切り離し、2段目のロケットモータに点火してさらに加速していく。
2段目のロケットモータが燃え尽きたら切り離し、ミサイル先端のカバーを投棄して3段目のロケットモータに点火し、宇宙空間で恒星の天体観測をしながら電子天体図と照合して自分の飛行位置を割り出し、ミサイルの飛行コースを液体スラスターロケットエンジンの噴射で細かく修正する。
そして、複数の核弾頭を搭載したバスの部分をスラスターロケットエンジンでさらに細かく姿勢を制御させつつ、目標の位置座標めがけて核弾頭に回転スピン運動を与えて落下していく。
こうして、SLBMに搭載された核弾頭は、目標の上空で炸裂して真下に広がる都市を破壊するのだ。
夜空に眩しく光り輝くSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)のロケット噴射の炎を追ってニケはさらにスピードを上げて超音速上昇を続けた。マッハ5…マッハ6を超えた。
先行して上昇するSLBMが一段目のロケットブースターを切り離した。二段目のロケットが点火されて、さらにSLBMは加速した。
すでにSLBMの速度はマッハ3に達していたが、さらに加速していく。これに後発のニケが追いつくためにはSLBMに数倍する速度で飛ばなくてはならない。
「あいつ… 速い…」
ニケは歯を食いしばって加速し続けた。超音速の上昇を続けるニケの身体には逆方向にすさまじい重力と空気との抵抗が襲いかかる。
「熱い…」
ニケの身体には大気との摩擦で生じる熱も加わる。ニケの着ている衣服が燃え尽きてしまわないのは、彼女が飛行する際に周囲の空気と共に移動しているからだ。
そう、ニケは自分を包む空間の空気と一緒に移動する。しかし、そのニケを包む空間が、彼女が凄まじいスピードで飛び続けることにより、それ以外の大気と摩擦し続けて高熱を生じ、数千度の熱を発していた。
外部から見るとニケの姿はものすごい速度で飛ぶ真っ赤な火の玉か、夜空を上昇する赤い流星の様であった。黄色いロケット噴射で上昇するSLBMと、それを追いかけて飛ぶ赤い輝きのニケ…
『ニケ… 頑張って』
たった一人で孤独な追跡を続けていたニケの頭に、母アテナの懐かしく優しい念波が響いた。
『ママ! 私…すごく熱くて苦しいの… アイツ、思ってたよりもずっと速い…』
『負けないで、私の愛する娘ニケ…
あなたがミサイルを止めなければ東京が消滅してしまう… あなた一人にこんな過酷な使命を負わせてしまって、ごめんなさい。でもニケ、これはあなたにしか出来ないの…
お願い、東京とそこに暮らしている人々を救ってちょうだい!』
アテナが娘のくみを想い、涙を流して祈る姿がニケの脳裏に浮かんだ。
『分かった、ママ… 泣かないで。ニケに任せて!』
「うおおおおおおっ!」
愛する母に決意の思念を送ったニケは、裂ぱくの気合を込めた雄たけびを上げながら、さらに凄まじい加速をかけた極超音速で飛行を続けた。
ニケの上昇するスピードはすでに極超音速と言われるマッハ10を超えていただろう。ニケの発する赤い火球はスピードをさらに増したことにより青白い輝きに変わった。
さらに加速しマッハ30を超えたニケは美しく燃える青白き流星となって、すでに2段目のブースターを切り離し再加速していたSLBMを極超音速を遥かに上回るスピードで猛追撃した。
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ここは内閣総理大臣官邸内の地下にある危機管理センターに設けられた「核テロ対策本部」である。
「総理、早くお逃げにならないと! 核ミサイルがここを目標に迫っているんですよ!」
核テロ対策本部の指令専用席に座った太田内閣総理大臣に対して、田中官房長官が真っ赤な顔をして怒鳴っている。
太田首相はそんな田中官房長官を横目でちらりと見て言った。
「バカかね、君は… 核ミサイルは目標上空で爆発してその都市を壊滅させるのだと、桂自衛隊統合幕僚長が言っておったではないか。
逃げ切れるはずが無いのに、一国の首相がジタバタしてどうするんだ。こんな時こそ、国を束ねる者としてどっしりと落ち着いていなければならんのだ。見苦しい真似が出来るか。」
しかし、そう言う太田首相の額にも大粒の汗が浮かんでいた。そして、両手は固く握りしめられ関節が真っ白になっている。
無理もなかった。北条の発射したSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の目標は、太田首相が現在いる首相官邸なのである。
「頼むぞ、ニケ… 東京を、いや日本国の中枢部を救ってくれ…」
太田首相は鳳 成治よりニケがSLBMを追って飛び立った旨の報告を受けていた。
首相官邸のヘリポートで海上保安庁の『オオミズナギドリ1号』に乗り込む直前に、会って少しだけ話をし激励の握手をした、あの可憐で青い瞳の美しい少女…榊原くみを思い出して、太田首相はすがるような気持ちで心の中で彼女に祈った。
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「北条艦長、これが東京上空に浮かぶ『クトニウス機関』の軍事用偵察衛星から送られてきているSLBMを撮影して映し出したライブ映像です。
何か赤い火球の様な物体が猛烈な速度でSLBMを追尾して上昇していきます。あれはいったい…
たった今、SLBMが2段目のブースターを切り離して再加速しました。しかし、赤い火球がブースター加速をさらに上回る速度で追い続けSLBMにどんどん迫っていきます。
火球の色が赤から青白い色に変化しました。まるで…青白い流星の様です。このままでは、SLBMは流星に追い付かれてしまう…」
偵察衛星からのライブ映像を発令所のモニターに映し出していた通信担当士官が、青い顔をして艦長である北条に報告した。
「むう… ニケの飛行能力がこれほどのものとは思わなかった。
しかし、素晴らしいな… なんて美しい輝きなんだ… それでこそ、私のニケだ。いよいよ君が欲しくなったぞ。」
この北条のつぶやきを聞いたチャーリー萩原が苦笑しながら言う。
「困りますねえ、艦長… 艦長は一体どっちを応援しているのです?」
北条はチャーリー萩原を振り返って、笑みを浮かべながら答える。
「私はいつでも強い者の味方だよ。東京を一発で壊滅させるSLBMの味方だが、それを止めることが可能な素晴らしい能力をニケが持っているのならば、それが敵だって素晴らしいじゃないか。
応援したくもなる。違うかね?」
チャーリー萩原は頭を搔きながら苦笑し、アメリカ人らしく肩をすくめてお手上げのポーズをした。北条はそのしぐさを見て笑いながら言った。
「ふっはっは! 面白いぞ、この史上最大の追跡ショーは。実に愉快だ… もっと私を楽しませてくれ、ニケ!」
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ここ内閣総理大臣官邸では、ある騒ぎが持ち上がっていた。ここに残っている者は皆、太田総理と同じ考えで逃げても逃げ切れるものでは無いならば、せめて最後まで職責を全うしようという勇気ある者達であった。
「太田総理、大変な事が起こりました…」
官邸で仕事を続ける勇気ある者の一人で事務方の職員が、太田総理に直接メッセージを届けに来た。
太田総理がその職員を首を傾げながら見つめて問い返した。
「何だね? これ以上大変な事態というのは、ちょっと私には考えもつかないが聞こう。言ってみてくれ。」
「はっ。これは気象庁からたった今届けられた通知なのですが、東京上空に異常なほど低い低気圧が突然に発生したとのことです。」
報告に来た勇気ある事務職員が、額の汗を拭きながら答える。
「意味がよく分からんな。台風かね? それにしても突然発生というのはどういう事だ…?」
太田首相は眉間にしわを寄せながらつぶやいた。
「気象庁の報告では、この突然発生した異常な低気圧の中心気圧の低さは超巨大台風並みの規模で902.3hPaです。これは現在までに日本国内に上陸した台風の中で、陸上における中心気圧の低さでは最も低い台風であるとのことです。」
「ふうむ… つまり、それだけ台風の勢力が強いということだな。それで…?」
太田首相が先を促した。
「はっ、その大きさというのがまた奇妙でして…それだけの低気圧でありながら大きさは、この首相官邸のある東京と千代田区がすっぽり収まる程度の小さなものなのです。しかし、瞬間最大風速は80m/sであるとのことで、これは『超大型の台風』でしかも『猛烈な強さ』という表現をさらに上回る規模だとの報告です。とにかく…すごい風が吹き荒れているとのことです。」
「それはおかしいな、君。それだけの勢力の台風ならば、この首相官邸でもただでは済まないだろう。しかし、君はそんな風を感じるかね?」
太田首相が首をひねりながら、その職員に対して質問した。職員はこの質問に対しての答えがあるらしく、即座に返答した。
「太田総理、じつはこの首相官邸が台風の中心に当たっているんです…つまり、台風の目ですな。
だから、この周辺は影響をほとんど受けていないんですが、外に出てみると凄いですよ。空なんかびっしりと黒い雲で覆われて驚くほどです。
ニュースで流れている千代田区の他の地域を映した映像を見ていますとすごい有様です。とにかく、気象庁からの報告ではこの台風が急に発生した事も規模においても、歴史始まって以来の前代未聞のゲリラ台風なんだそうです。」
太田首相はさらなる不可思議な天変地異にまで悩まされる事になり、『もう、どうにでもなれ』という、投げやりな気持ちになってしまっている自分を一国の首脳として心中情けなく思った。
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その頃、首相官邸の数百m上空では一人の少年が吹きすさぶ台風の中心に浮かんでいた。その少年こそ誰あろう、飄であった。
「くっそう… 賢生じいさんの呼び出しが来てから駆け付けたんじゃ遅かった。くみはもう飛び立っちまった。
俺のスピードじゃあ、絶対にミサイルにもニケにも追いつかないから、賢生じいさんから知らされた目標地点のこの場所で待ち構えているしかないな。」
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東京湾上空の海上保安庁のヘリ『オオミズナギドリ1号』の中では鳳 成治が首相官邸と無線で話をしていた。
「そうです、太田総理… そちらに現れたおかしな低気圧については、ご心配には及びません。
はい… そうです。ニケと同様にこちらの心強い味方です… はい… 私の父、安倍賢生が呼んだ者ですので… はい、説明はまた改めて行います。
はい、北条の原潜はSLBM発射後に急速潜航にてこちらの探知を振り切りました… 現在、海上自衛隊の哨戒機及び海上保安庁の巡視艇にて探査中であります。
はい… では、我々もすぐにそちらへ向かいます。
いえ… 私の父が一緒にいる限りは、この台風に関しては心配するに及びません… それでは後ほど…」
太田首相との通信を切った成治は、賢生に向かって頷いて言った。
「親父、飄君が首相官邸上空に現れて、すでに空中で待機してくれているようだ。しかし… 本当に彼の力を信用してもいのか?」
賢生は息子の成治の疑問の問いかけを鼻で笑った。
「ふん、お前は飄の恐ろしさを知らんのじゃ。彼奴は風神の倅ぞ。
その力だけなら親父の風神にも匹敵するんじゃ。
今、千代田区上空を覆っている低気圧は、超大型台風並みの勢力を持っておる。SLBM…かなんか知らんが、飄が捕まえさえすれば空の果てまで吹き飛ばしてくれるわい。」
「分かった… とにかく、俺達はニケと飄君を信じるしかないな。とにかく俺達は、急いで首相官邸に戻ろう!」
そして成治は、『オオミズナギドリ1号』の操縦士に首相官邸へと急いで飛ぶように命じた。
敵も味方も交えた、それぞれの特別な思いがニケに向けられている。
それらの思いを知ってか知らずか、ニケはただ東京を救う事のみを一心に考えながら光に準じる速度で飛び続けた。
あと少しだ…
負けるな、ニケ!
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『次回予告』
東京に向け発射されたSLBMを流星と化したニケが猛追撃する。
そして、首相官邸上空で待ち受ける飄。
皆の力を連携するために女神アテナがそれぞれの思念をつなぐ。
次回ニケ 第34話「思念ネットワーク… SLBMの東京着弾を阻止せよ!」に
ご期待下さい。