風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第29話「Combine成功! 飛べ!『黒鉄の天馬』!」
水竜にいくら30mmチェーンガンの機関砲弾を撃ち込んだところで意味の無い事を悟った二機の『AH-64R アパッチ改』のパイロットは、戦法を変える事にした様だった。
本来の最高速度では『AH-64R アパッチ改』が敵うはずの無い『黒鉄の翼』は、『ロシナンテ』とのCombineのために現在かなり速度を落としていた。
そのため二機の攻撃ヘリとしては、容易に水竜を躱すように『黒鉄の翼』の左右に回り込む事が出来た。
これで『黒鉄の翼』を二機の攻撃ヘリが間に挟み込む体勢となった。
「ヤバいぞ、挟まれた! 左右から狙い撃ちにされる!」
俺と助手席の鳳 成治は、HUD(ヘッドアップディスプレイ)に映し出された後方映像の『黒鉄の翼』と二機の攻撃ヘリを見ながら同時に叫んだ。
その時だ!
「キシャアアァーッ!」
空を揺るがす様な咆哮を上げた水竜が、自身で取っていた渦巻の体勢を解除した。
そして、透明な水流で出来た本来の竜の姿と化した水竜は即座にドーナツ状の水流の輪に形態を変え、『黒鉄の翼』の機体を中心に護るようにして取り囲んだ。
まるで土星を囲む輪の様に…
「ガガガガガガッ!」
一機の『AH-64R アパッチ改』が『黒鉄の翼』に向けて30mmチェーンガンを発砲した。
水竜が形作る激流の輪が即座に回転の角度を変え、『黒鉄の翼』に襲いかかる機関砲弾を全て水流に飲み込んだ。
この光景を見たもう一機の『AH-64R アパッチ改』が高度を変えた空域から発砲する。
「ガガガガガガッ!」
結果は同じだった。
狙われた『黒鉄の翼』には一発の砲弾も当たるどころか、かすりもしなかった…
水竜が作る輪は完璧に『黒鉄の翼』を防御していた。
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「いいぞ、水竜! その調子だ!」
『黒鉄の翼』を操縦する青方龍士郎は二機の攻撃ヘリを水竜に安心して任せ、『ロシナンテ』とのCombineに意識を集中させる。
「くそ… 『ロシナンテ』の落下速度が思ったよりも速い… 早くCombineしなければ! このまま『黒鉄の翼』の機首を下げ速度を上げる! 『黒鉄の爪』全開!」
青方龍士郎は『黒鉄の翼』の左右のティルトローターを微調整して機首を下げ、機体下部から伸びた左右の『黒鉄の爪』の三本爪を『ロシナンテ』のキャッチに備えて最大限に広げた。
今では落下しつつある『ロシナンテ』のすぐ真上後方に『黒鉄の翼』の機体が迫っていた。文字通り手を伸ばせば届く距離に…
「やるぞ! Let’s Combine!!」
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「来たぞ!『黒鉄の翼』が!
高速落下中の俺達の乗る『ロシナンテ』との一か八かのCombineが始まるぞ!」
俺は後方から頭上に接近してきた『黒鉄の翼』の存在を感じ取って助手席の鳳 成治に言った。
すでにロシーナの報告と後方カメラの映像で分かってはいたが、俺には青龍の考えと行動が何故だか理解出来たのだった。
理由なんて分からないが、同じ神獣同士の『シンパシー』とでも言うのか…まるでヤツの心と共鳴したかの様に、俺は青龍の接近を心で感じ取っていた。
「ガッ! ガギンッ! ギギーッ!」
「な、何だ? だ、大丈夫なのか…? おいっ!」
助手席の鳳 成治が喚く様に叫ぶ。
鳳が狼狽えて叫ぶのも無理もなかった。この俺達の乗った『ロシナンテ』はスーパージェットブースターを切り離してからも惰性で飛び続けているとはいえ、車体は徐々に落下しているのだ。
もう俺達が助かるためには、『黒鉄の翼』とのCombine…つまり合体して『黒鉄の天馬』になるしか残された道は無かった。
だが、今の音と衝撃はCombineし損ねた様だな…
『青龍よ、焦るな… お前に出来ないんなら誰にもどうしようもないんだ。力を抜いて、先祖代々受け継いだお前の神獣青龍としての誇りと根性を見せてくれ… 頼むぞ。』
俺は自分でも不思議だったが、気が付くと青方龍士郎に対して強く心で念じていた。
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「くそっ! 『黒鉄の爪』でキャッチし損ねた…
『黒鉄の翼』には…俺には『ロシナンテ』とCombineするのは無理なのか…?」
青方龍士郎は焦った…
落下する『ロシナンテ』を高速で飛行しながらキャッチするのが困難なのは始めから分かっていたが、この期に及んで絶対に失敗は許されないのだ。
自分の操縦と判断に『ロシナンテ』の乗員の命がかかっている…
そう思うと、よけいに青方龍士郎は焦らざるを得なかった。
その時だった…
『焦るな、青龍よ。力を抜け… これはお前にしか出来ないんだ。』
「はっ? 千寿さん?」
白虎である千寿 理からの思念が今、青方龍士郎の心に直接呼びかけて来たのだった。
『俺達神獣同士の精神が感応し合ったのだろうか…?』
青方龍士郎自身にも理解など出来なかったが、彼の焦る気持ちが徐々に納まっていった。心が綺麗に澄み渡り、身体から余計な力が抜けていくのが自分自身で分かった。
「ありがとう、千寿さん… 俺が必ず成功させて見せます。
今度こそ行くぞ! Let’s Combine!!」
「ガキンッ! ガキンッ!」
遂に、二本の『黒鉄の爪』の爪が落下する『ロシナンテ』の車体をしっかりとキャッチした。
「やった! 『ロシナンテ』をキャッチしたぞ!
Combine成功だ! やったぞっ!『黒鉄の天馬』の誕生だ!」
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「おい、千寿… 今の衝撃と、この感覚は…?」
助手席に座った鳳 成治が、俺の顔を青い顔で見つめながら掠れ声で聞いてきた。
俺達が乗る『ロシナンテ』の頼りなく落下していく感覚が完全に無くなったのだ。
『黒鉄の翼』の力強い爪にキャッチされて、安定した飛行へと変化したのが俺にも鳳にも分かった。
「ああ、やりやがった… 青龍の野郎、Combineを見事に成功させやがった。遂に『黒鉄の天馬』の完成だ!
俺の駄馬が、大空を羽ばたく『黒鉄の翼』を手に入れたんだ!」
俺は感動していた。
元々…風祭聖子による無謀としか言えない計画に、現実の滅茶苦茶な状況をものともせずに手動操縦で『黒鉄の翼』と『ロシナンテ』の合体をやってのけ、見事に無事成功させやがった。
青龍… まったく、とんでもないヤツだ。だが、ヤツだからこそ出来たんだ…不可能を成し遂げたんだ。
真っ逆さまに海に落ちるしか無かった俺の『駄馬』は、二基の高出力エンジンで飛行するティルトローターの翼を手に入れ、今この瞬間『黒鉄の天馬』として生まれ変わったのだ。
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「やった… 『ロシナンテ』をキャッチした! 合体が成功したんだ!」
青方龍士郎は、操縦桿にズッシリ来る重さを感じて叫んだ。そして…自分の操縦する機体は、もう『黒鉄の翼』ではなく『黒鉄の天馬』になったのだと実感した。
その時だった!
「キィ…シャアアァーッ!」
『黒鉄の天馬』の後方で水竜の鋭い叫び声が聞こえた。しかし声の調子がおかしい。
『黒鉄の天馬』を護るために取り囲んでいた水竜の水で出来た胴体が、青方龍士郎の乗る操縦席から見ている目の前で分断した。
「水竜っ! どうした?」
青方龍士郎が見た後方監視モニターの映像の中で、水竜の身体の一部が蒸発していた…
一機の『AH-64R アパッチ改』が発射した何かが水竜の身体に当たり、激しく燃え上がっていたのだ。
「スペードエース! 水竜はどうなってるんだ?」
青方龍士郎か合体に成功した『黒鉄の天馬』を右に旋回させた。大きな円を描きながら二機の攻撃ヘリと水竜の後方へと回り込むまで旋回を続ける。
『黒鉄の天馬』の操縦席の青方龍士郎に、目視で状況が確認出来るようになってきた。先ほどとは別の『AH-64R アパッチ改』が水竜に対し30mmチェーンガンを撃っていた。
「青龍! 敵が水竜に対し行った攻撃が判明しました。
一機の『AH-64R アパッチ改』が水竜に向けて発射したナパーム弾を、水竜が無効化しようと自分の体内に取り込んだ瞬間に、もう一機の『AH-64R アパッチ改』30mmチェーンガンの斉射で爆裂させた模様です。
見事な作戦と連係プレーと言えます…」
「馬鹿野郎! 何、感心してやがるっ! ナパーム弾は、確か使用を禁止された兵器だろう! そんな物を日本の領海上空で使いやがって!
『野衾』に続いて水竜までやられたんだぞ! くそ!
水竜! 戻れっ!」
青方龍士郎は右手に持った『時雨丸』に水竜を急いで呼び戻した。
大空に浮かび、瀕死の状態で二機の攻撃ヘリと対峙していた水竜の巨大な身体が消えていった。
「本当によくやってくれたな、水竜… お前のおかげで『黒鉄の天馬』が完成したんだ。ゆっくり『時雨丸』の中で休め…
くそ! こいつら許さんぞ!
スペードエース! 『超電磁加速砲』を用意しろっ!」
「了解! 『超電磁加速砲』用意。」
スペードエースの復唱と共に『黒鉄の翼』の操縦席の左前部装甲板の一部が開き、中から鋼鉄製の砲身がスルスルと伸びて来た。
レールガン(railgun)とは、弾丸を電磁気力(ローレンツ力)により加速して撃ち出す装置であり、現在世界中の各国で開発が進められている次世代の兵器である。しかし、アメリカ合衆国ですら実用兵器としては未だ完成に至っていない。
千寿探偵事務所の秘書であり、天才科学者でもある風祭聖子と彼女の頼りとする優秀なスタッフによって開発され既に完成した『超電磁加速砲』が、『黒鉄の翼』に実戦用に装備されていたのだ。
この『超電磁加速砲』から射出される20㎜の弾丸は、現在の戦車に装備されている50㎜クラスの砲弾の破壊力に匹敵する。
「『超電磁加速砲』準備完了。電圧チャージ完了。いつでも発射出来ます。」
「千寿さん、聞こえますか? 今から、うるさい蠅どもを叩き落します。あなたがダメと言っても、これだけは絶対に譲れません!」
青方龍士郎が固い決意を込めた声で、『ロシナンテ』の運転席にいる千寿 理に対して通告した。
『ははは… 誰が止めるだって?
俺は止めるつもりなんてサラサラ無いぜ。お前の手下の妖怪どもの仇討ちだろう? 俺もヤツ等には借りがある。自分で返したいところだが、今回はお前に譲ってやる。
その代わり、俺の分も含めてたっぷりと返してやれ!』
千寿から、思っても見なかった励ましとともに戦闘許可が出たのだ。青方龍士郎はニヤリと笑って千寿に返答した。
「ありがとうございます、千寿さん。
何、すぐ終わりますよ。ヤツ等に、この『黒鉄の天馬』を怒らせた事を後悔させてやります。」
その時だった。スペードエースが警告を発した。
「警告!警告! たった今、敵の『AH-64R アパッチ改』一機から空対空ミサイルのレーダー照射を受けました。」
「ヤバい! 一旦、この空域を離れるぞ! スペードエース、光学迷彩とECM(電子対抗手段)はどうなってる?」
青方龍士郎は即座に右に旋回し、急速で空域を離脱した。機体速度はティルトローター機である『黒鉄の天馬』の方が、ヘリの『AH-64R アパッチ改』を大きく上回っている。
だが… 空域離脱の際に一時的とはいえ、二機の攻撃ヘリに背後を晒す結果となった。
「光学迷彩システムは先ほどの30mmチェーンガンの損傷により、現在使用不可!
他のECM(電子対抗手段:Electronic countermeasure)に関しては問題無し! 囮も使用可能です!」
ステルス機能が損傷を受けたため、『黒鉄の天馬』は敵側から視認される事になる。
「警告! 一基の空対空ミサイル・サイドワインダー『AIM-9X-3R』が当機に向けて発射されました!」
スペードエースの警告を聞き、即座に操縦桿を前へ倒し機体を加速させながら青方龍士郎が叫んだ。
「よし!囮発射後、左へ急旋回するぞ!
フレア(Flare)を放出しろ!」
スペードエースは青方龍士郎が命令を言い終わらないうちに、機体後方下部から赤外線ホーミング誘導ミサイルである『サイドワインダー』に対して有効な囮となる高熱原体のフレア(Flare)を即座に放出した。
『黒鉄の天馬』の元の進行方向へ向かって、燃え盛るフレア(Flare)が飛んで行く。『サイドワインダー』の赤外線探知システムは、『黒鉄の天馬』よりも高熱を発するフレア(Flare)を認識し追尾し始めた。
やがてフレア(Flare)に追いついた『サイドワインダー』が凄まじい音と爆風を放って爆発炎上した
その間に『黒鉄の天馬』は旋回を終え、ミサイルを発射した『AH-64R アパッチ改』を正面にとらえた。
「『超電磁加速砲』の照準に敵攻撃ヘリをlock onした!」
青方龍士郎はヘッドアップディスプレイに映し出された敵攻撃ヘリを照準に捉えた瞬間、躊躇うことなく操縦桿に付いた発射スィッチを押した。
「『超電磁加速砲』発射!」
『黒鉄の天馬』の操縦席左前方の『超電磁加速砲』の砲口が火を噴いた!
一瞬後に一機の『AH-64R アパッチ改』の機体に穴が開いたかと思うと、すぐに爆発を起こし炎上したヘリの機体は回転しながら真下の海へと落下していった。
「一機撃墜! 次だ! 『超電磁加速砲』電圧チャージ!」
ヘリの一機撃墜を確認した後、青方がスペードエースに命令した。
「電圧チャージ完了! 次弾、いつでも撃てます!」
スペードエースから次弾砲撃準備完了の報告を聞いた時だった。
『ちょっと待ったあ! 青龍! もう一機は俺にやらせてくれ!』
『黒鉄の翼』の操縦席に真下の『ロシナンテ』からの無線が入り、操縦席中に響き渡る大声で千寿 理が怒鳴っていた。
『やっぱり、俺にもやらせろ!
あいつらには「ロシナンテ」も酷い目に遭ったんだ。このまま指を咥えながら黙って見てなんかいられるもんか。借りはきっちり返してやる。
青龍! 「黒鉄の天馬」の砲火系統のコントロールをこっちに寄こせ!』
********
俺は『ロシナンテ』の運転席から『黒鉄の翼』の操縦席にいる青龍こと青方龍士郎に向かって叫んだ。
『ロシナンテ』のフロントウィンドーに青方龍士郎の顔が映し出された。
「分かりました、千寿さん。今から黒鉄の翼』の火器管制システムを『ロシナンテ』に渡します。
操縦は僕に任せて、思いっ切りぶちかましてやって下さい!」
青方龍士郎が笑顔でウインクしながら言った。
「青龍… 話が分かる奴だな、お前は。
黒鉄の翼』の操縦はお前さんに任せるから頼んだぜ。あのうるさい蠅は、俺が代わって叩き落してやる。
よし、行くぜ!」
俺は右手で運転席ドア付属のアームレストに仕込まれたマウスを操作し、『ロシナンテ』のフロントガラスHUD(ヘッドアップディスプレイ)に映し出された残り一機の『AH-64R アパッチ改』に照準を合わせた。
「警告! 敵機の火器管制レーダーの照射を浴びました!
敵機より空対空ミサイル『サイドワインダー』が発射されます!」
ロシーナが警告を発した。
助手席の鳳 成治がミサイルに照準を合わせられた恐怖に狼狽え、緊張し切った叫び声をあげる…
「おいっ、千寿! ロックオンされたぞ! 何とかしろ!」
「うろたえるな、鳳! 俺を信じろ!」
俺はHUDに映し出された、正面に飛行する敵攻撃ヘリの左スタブウイングの兵装パイロンに取り付けられた『サイドワインダー』が、今まさに発射される瞬間を狙った!
「『超電磁加速砲』発射ッ!」
一瞬だった…
今まさに発射しようとしていた自機のミサイル『サイドワインダー』に俺の撃った『超電磁加速砲』の20mm砲弾の直撃を受け、パイロンに吊ったままのミサイルが爆発した敵攻撃ヘリ『AH-64R アパッチ改』は空中で粉々に砕け散った。
「イヤッホーッ! やったぜ!
見たか、鳳! 青龍、ちゃんと撃墜したぜ!」
助手席の鳳 成治を見ると、シートから浮かしかけていた腰を下ろし緊張から解放されて身体の力がようやく抜けたのか、助手席のシートに脱力した身体を預けると、ヘッドレストに頭を持たせかけて深い吐息を吐いていた。
『やりましたね、千寿さん! お見事です!』
無線を通じて、青方龍士郎の嬉しそうな声が『ロシナンテ』の車内に響き渡った。
「俺達、白虎と青龍の神獣タッグに牙をむくなんて…まったく馬鹿な連中だ。
よし、次は川田明日香とライラ&バリーの乗ったブラックホークを追跡だ。操縦はお前に任せたぜ、青方。」
俺はそう言うと運転席に座ったまま、いっぱいに伸びをした。
左横の助手席に座る鳳 成治は、さすがの日本唯一の諜報機関のボスであるヤツも、まだ放心状態のままだった。
無理もない… 自分自身の事なら命のやり取りを過去に何度も繰り返してきたヤツでも、他人に自分の命運を預けるという今回の様な事態は経験した事も無かっただろうからな…
こいつも目いっぱい頑張ってたな。さすがは俺の幼馴染みの旧友だけの事はある。
さあ、ライラにバリー…
お前らが『クラーケン』とかいう正体不明の何かに合流する前に、必ずこの『黒鉄の天馬』が追い付いてやるから待ってろよ。
【次回に続く…】